"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました

夢風 月

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第一話 出会いの夜

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 それは、とある満月の夜のことだった。

 四方を広大な山々に囲まれた自然豊かな王国、リスペルシャ。
 王国建国から今年で丁度300年という長い歴史を持つこの国では日夜、貴族や商人、庶民や冒険者といった様々な身分の者達で賑わいを見せていた。


 そんなリスペルシャ王国城下の町にて、男達に追われ死に物狂いで逃げ回っている一人の少女がいた。


 歳は14前後といったところだろうか。棒切れのように細い手足に、未だ成熟しきっていない凹凸の無い貧相な身体。

 夜の帳の様な漆黒の髪と、暗闇の中でもきらりと光る赤い瞳が印象的ではある。

 がしかし。髪の毛は何日も櫛を通していないであろうボサボサ状態。身につけている服も所々擦り切れて穴が空いている。おまけに顔や身体中が埃や砂に塗れている少女は、お世辞にも綺麗とは言い難かった。
 
 そしてその両腕には、少女には決して似つかわしくない、枷のような鉛色の輪が嵌められていた。
 本物の枷ほど重量はなく、身体の自由を奪うようなものではないが、この腕輪はそれを付けている者の"人としての権利と自由を拘束する"という意味を持っている。

 即ち、奴隷の印である。

 対して少女を追う男たちは、ゴテゴテした煌びやかすぎる服に趣味の悪い装飾品をこれでもかと言うほど身に付けた奴隷商人。

「はぁ……はぁ……小娘が舐めたマネしやがって!」
「くそ、待ちやがれ!」

(待てと言われて待つ馬鹿はいないわ……!)

 口汚く罵る男達を尻目に、狭い路地裏を右に左に曲がりながら少女はひたすら走り続ける。

 本来であれば男と女、それも成人した大人と子供、ということで直ぐにでも捕まってしまいそうなものだが、奴隷商人たちは揃いも揃って皆、腹にたっぷりの脂肪を蓄えた肥満体型。
 身軽な少女相手では到底追い付けるはずもなかった。

(このままこの入り組んだ路地であいつらを撒けば……)

 そのとき、突然曲がり角からヌッと真っ黒い影が現れ、少女は走ってきた勢いそのままにそのの側面に突っ込む形となった。

「う、ひゃ!?」
 
 ドンとぶつかった反動で体勢が大きく崩れる。

(転ぶ──!)

 来たる衝撃に備えてギュッと目を瞑るも、いくら待っても少女の身体が地面に叩きつけられることはなかった。

「……すまない、大丈夫か」

 頭上から恐る恐ると言ったような男の声が降ってきて、少女はハッと目を開ける。

 どうやら転びそうになったところを、ぶつかった真っ黒い何か──否、黒いマントを羽織った男に抱きとめられたようだった。

「ご、ごめんなさい……!」

 慌てて顔を上げた瞬間、黒いマントのフードから覗く、優しい光を讃えた群青色の瞳と目があった。
 サファイアを彷彿させる、吸い込まれそうなほど美しい鮮やかな青。

(綺麗……)

 少女はその瞳の美しさに一瞬息を飲むも、直ぐにハッと我に帰り男から身体を離した。

「思いっきりぶつかってしまってすみません。どこかお怪我はありませんか?」
 
 慌ててそう問いかけるが、男はジッと固まったまま答えない。

「あの……」

 不審に思った少女が首を傾げたそのとき、

「やっと追い付いたぞこのクソ餓鬼!」

 後ろから重たげな足音と共に、酒焼けしたような耳障りな男の声が聞こえた。

(しまった、こいつらのこと忘れてた……!)

 慌てて走り出そうとするが、それよりも先にぶくぶくと太った大きな手に腕を捕まえられてしまう。
 
「手間ァかけさせやがって……よっぽど痛い目にあいたいらしいな!?」

 今まで走っていたせいか、肩で息をする奴隷商人の脂ぎった顔が眼前に迫り、少女は「うっ」と小さく呻き声を上げた。
 
 この男、名をガラン・エレボスと言って、この大陸ではそこそこ名の知れた人物なのである。

 肉厚なまぶたに埋もれてしまうほど細長く小さな瞳。団子の様に丸々とした鼻に、赤々とした分厚い唇。
 その背丈は未成年の少女と頭ひとつ分程しか違わず、対して横幅は少女の3倍はあろうかと言うほど沢山の脂肪を抱え込んでいる。

 世に言うの要素をこれでもかと詰め込まれた見目。
 ────奴隷商人。それが、このガラン・エレボスという男に付けられた二つ名だ。

 しかし、そんなの顔を間近で見ても少女の頬が赤く染まることは無かった。それどころか、少女はガランを不快さ全開の眼差しでキッと睨みつける。

「離して!」
「黙れ!今この場で仕置きされたいか!?」

 掴まれている左腕にガランの爪がきつく食い込み、思わず少女は顔をしかめた。

「さぁ、来い!」

 思いの外強い力で引きずられ、何処ぞへ連れて行かれそうになったとき、

「待て」

 少女とガランのやりとりを黙って眺めていた黒いマントの男が、ガランに掴まれているのとは反対側の少女の腕を掴んだ。

「あ?なんだお前は」

 苛立ちを隠そうともせず、ガランはマントの男を睨みつける。

「どこの誰だか知らねぇが、俺の商売の邪魔をしようってんなら痛い目を……」

 そのとき不意に男が深く被っていたマントのフードに手をかけた。
 パサリ、とフードが落ちて、男の顔が露わになる。

 程よく日に焼けたシミひとつない滑らかな肌。形の良い眉に、スッと通った高い鼻筋。夜風に晒され、微かに揺れる少し癖のある美しい金色の髪。
 
 一瞬聞こえた声は、ハスキーで落ち着きのある低音だったが、どうやら彼はまだ年若い青年のようだった。
 
 青年の顔を見た途端、苛立ちに満ち溢れていたガランの表情が一変する。

「そ、その醜い顔と青い目は……!」

 ガランはパッと気分が悪そうに口元を押さえ、さっきまでとは違う、焦った様子で少女の腕を引く。

「は、早く来い!こんなバケモノと関わり合うなんてごめんだ!」

(バケモノ?)

 ガランが必死に少女を引っ張るが、青年もがんとして反対側の腕を離そうとしない。

「……君は奴隷なのか?」

 青年は、ガランの存在など目に入っていないかのように少女を見つめ、静かに問うた。

「ええ、ご覧の通りです」

 少女は青年の瞳を真っ直ぐ見つめ返して答えを返した。しばしの間、少女と青年の視線が重なり合う。

「……君は、私を見てもなんともないのか」
「え?」

 青年の口からポツリと溢れ落ちたその言葉の意味が分からず少女が怪訝な表情を浮かべたとき、青い顔をしていたガランが少女の手を離し、壁に手をついて盛大に嘔吐した。

「え!?」

 青年は、突然のことに固まってしまった少女の腕を引き、ガランから守るように背に庇う。

「はぁ……はぁ……クソ、おい小娘!早くこっちに来い!そんな醜い奴の近くなんぞにいて、死にたいのか!」

(醜い奴?)

 一体誰のことを言っているのかと少女は眉を潜める。

 袖口で口元を拭いながら叫ぶガランに対し、青年はおもむろに懐から小さな袋を取り出してガランの足元に放り投げた。

 ガシャリ、と金属同士が擦れるような音が響く。

「この子を私が買い取ろう。金はそれだけあれば足りるはずだ」
「え?」

 思わずパッと青年を見上げるも、背中からでは青年の表情を見ることは出来なかった。

「買い取るだぁ?」

 未だ気持ち悪そうな顔のガランは、足元に落ちた袋をまるで汚いものでも触っているかの様な手付きで拾い上げた。
 
「……なっ!?」

 袋を開いたガランは驚いたように目を見張る。

「き、金貨7枚だと!?」
 
 ガランが信じられないと言った顔で自分の掌を見つめている。ガランだけではない。少女もまた、目の前で起きていることが信じられず呆然とする。

 金貨7枚と言えば、大きな屋敷一つはゆうに買えるほどの大金だ。
 当然、奴隷一人を買うにしては破格すぎる金額である。
 
「その値段で何か文句はあるか」
「いや……」
「ならばもう私達に用はないだろう。とっとと失せろ」
「あ、あぁ……」

 ガランは礼とも言えぬ礼をすると、おぼつかない足どりで元来た道を引き返して行った。

「……はぁ」

 ガランの姿が見えなくなると、少女はほっとため息をついた。

 実は明日の夜、少女は闇市場で商品として競売にかけられる予定だったのである。

 奴隷というものは元々、主人に過酷な労働を強いられるものだ。そして使い物にならなくなったら、ボロ雑巾の様に捨てられる。特に成人していない女の奴隷は、変な性癖を持った貴族に買われ、慰みものにされることが多いという。

 結局はこうしてこの青年に買われてしまった訳だが、彼の瞳から悪意や下心は一切感じられない。

 少女は着ていたワンピースの裾をはたき落とし、服のシワをそっと撫で付けると、青年に向かって膝をつき、深々と頭を下げた。

「この度はあの奴隷商人から私を助けて頂き、ありがとうございました。奴隷という身分になってまだ日が浅く、慣れないこともあるかと思いますが、これからどうぞよろしくお願い致します」

 青年はその様子を見て慌てて少女の手を引いて立ち上がらせると、苦笑を浮かべて頬を掻いた。

「礼を言う必要はない。それと、私は君に奴隷として何か仕事をさせるつもりもないから安心してほしい」
「え?」

(……金貨7枚も出しておいて?)

 人間というのは、よほどのことが無ければ割りに合わないことはしないものだ。まだ短い人生の中で既にそのことを嫌というほど学んでいた少女は、青年に素直に疑問をぶつける。

「では、何故私をお買いになられたのでしょうか」
「それは……」

 青年がジッと真剣な眼差しで少女の瞳を覗き込む。

「……君は私を見てもなんともないんだろう?」
「なんとも、とは?」
「目眩がしたり、気分が悪くなったりは」
「いいえ、特には」
「だからだ」

 青年は困ったような、それでいて酷く悲しそうな笑みを浮かべた。

「君の存在は、私にとってとても貴重なんだ。私の顔を見ると、大抵の人間は気分を悪くするか、下手をしたら卒倒する。……私はこんな醜いバケモノのような見た目をしているからな」
「バケモノ?」

(……さっき、あの奴隷商人も同じことを言っていたわ)

 確かに、青年は一般的に美形と言われる要素が皆無の……即ち、美男子と名高いガランとは全く正反対の容姿をしていた。

 しかし、少女はジッと青年の青い瞳を見つめながらこう告げる。

「私は、貴方はと思います」

 少女の言葉に男は一瞬目を見張ったが、直ぐに苦笑を浮かべる。

「気を使わせてしまったな。いいんだ。自分の見た目のことは自分が1番よく分かっている」

(別に気を使っているわけではないのだけど……)

 少女は更に言葉を連ねようとしたが、まぁ出会ったばかりの人間の言葉を信じろと言う方が難しいだろうと思い直し、言いたかった言葉をグッと飲み込んだ。

「それにしても、私を見ても拒絶反応が出ないなんて、君は他の人達と何が違うんだろうな」
「……わかりません」

 実のところ、心当たりはなくは無い。というよりも、先程告げた言葉が答えだ。
 拒絶反応も何も、少女にしてみれば青年の外見はのだから、拒絶反応なんておこるわけがないのだ。

 むしろ──少女は青年の容姿をとても

(でもまぁ信じてもらえるわけないわよね)

 実際、先程の言葉は社交辞令として受け取られてしまった。

 黙って青年の顔を見つめていると、青年はハッと気が付いたように下ろしていたフードを被り直し、そういえば……と口を開いた。

「すまない。まだ名を名乗っていなかったな。私の名はルシウスと言う」
「ルシウス様」

 確かめるようにその名を繰り返すと、青年……ルシウスは静かに頷いてみせた。

「ああ。……それで、君の名前を聞いてもいいだろうか」

 刹那、少女の赤い瞳が僅かに揺れた。
 しかしその動揺は一瞬で影を潜め、少女は一礼と共に自らの名を名乗った。

「……ステラと、申します」
「ステラ、か。いい名だ」

 美しい青い瞳で、ルシウスはふわりと穏やかな笑みを浮かべた。



 今宵、醜さ故にバケモノと呼ばれた男と、1人の奴隷少女が運命的な出会いを果たしたのだった──。
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