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第二話 三人の男達
しおりを挟むリスペルシャ王国から遥か東の地に、アストラスという国がある。様々な工芸品を手がける職人達が集う活気あふれる王国だ。
数年前までは職人達の労働環境があまり思わしくなく、出来上がる品も上質とは言い難い代物であった。しかし、とある貴族がそれを改善するべく尽力し、アストラス王国の工芸面は、たった数年の間に凄まじい発展を遂げたのである。
その貴族の名は、アレスティス・クラノス。
アストラス王国においてかなりの影響力を持つ、由緒ある伯爵家の当主である。地位も名誉も、明晰な頭脳も兼ね備えた彼は、しかしながら齢三十を過ぎても伴侶を迎えることができずにいた。
それは何故か。答えは単純明快。伯爵の容姿が酷く醜かったからである。
髪の毛は癖のない美しい金髪だったが、カッチリと筋肉の付いた見苦しい身体に高い身長。獣のようにギラついた大きな二重の赤い瞳。気味が悪いほどスッと通った高い鼻筋に、厚みのない薄くてこじんまりとした唇。
一般的に"美しい"とされている要素とはまるで正反対の容姿をしていた伯爵に、令嬢達は皆一様に眉を潜めた。
「いくら地位やお金があっても醜い男はごめんだわ!」ということらしい。
しかしながら、結婚というものを諦めかけていた伯爵は、ある日森で黒髪黒目というとても珍しい容姿をした少女と出会う。家がないという少女を保護し、屋敷に連れてきて話をするうちに、いつしか伯爵は少女に淡い想いを抱くようになる。
アメミヤ セイラ、と名乗った彼女は、花のように可憐な雰囲気の中に凛とした強さを秘めた、実に魅力的な少女だった。
そして彼女は優しかった。驚くことに、醜い伯爵を見ても一度として嫌な顔一つせず、それどころか醜い伯爵を"美しい"とまで言ってのけたのである。
出会いの日から約三年の月日が経ち、二人は結婚した。このときアレスティス、齢三十五。セイラ、齢二十一。完全なる年の差夫婦の出来上がりだ。
それから更に二年後、二人の間にセイラと同じ黒髪に、アレスティスと同じ赤い瞳をした可愛らしい女の子が生まれ落ちた。
二人は娘を目に入れても痛くないと言わんばかりに溺愛し、伯爵家に仕える使用人達も、敬愛する主人の子をまるで自分の子供のように可愛がった。
周囲にドロドロに甘やかされて育った娘は、我儘で傲慢な性悪お姫様か、あるいは一人では何も出来ないような甘ったれお嬢様に育つかと思いきや、案外手のかからないしっかりものの令嬢に育った。
両親と使用人達は「うちのお嬢さまは世話を妬かせてくれなくて寂しい!」と酷く嘆いていたが。
物心つくころ、父譲りの聡明な頭脳を持っていた娘は、自分の感性──特に"男性の見た目"に関する感性が、母以外の人間と全く異なっているということに気が付いた。
世間では、たっぷりと脂肪を蓄えた身体と低い身長、糸のように細い目と丸い鼻、大きく分厚い唇、というのが"美しい"男性の容姿とされていた。
反対に女性は、メリハリのある豊満な身体つき、ぱっちりとした大きな瞳に小ぶりな鼻、そして苺のような赤い唇こそが"美しい"と言われている。
女性に対する美の基準に違和感はない。しかし、男性に対する世間の感性が、娘には理解できなかった。
娘には、世間が"美しい"という男性が醜く、"醜い"と言われている男性こそが美しく思えたのだ。
父、アレスティスを美しいと言ってのけた母、セイラの感性をそのまま継いだ訳である。
そしてその件の娘は今、色々あって奴隷へと身を落とし、金貨7枚という大金で自らを買った御主人様の腕の中にいた。
「……あの、ルシウス様」
「ん?」
「先程も申し上げましたが、どうか下ろして頂けませんでしょうか」
ステラは「家に案内する」と言ったルシウスに、俗に言うお姫様抱っこの状態で運ばれているところだった。
「さっきも言ったが、君のような女の子を裸足のまま歩かせる訳には行かない。それにこの方がずっと早く歩けるからな」
ステラよりずっと背の高いルシウスは、その分当然歩くコンパスもステラより断然長い。
ルシウスの言う通り、この方が早く歩けるというのは間違いないのだが、果たして奴隷が仕えるべき主人に抱えられて運ばれる、なんてことがあっていいものなのか。
(いいわけないわよね……)
とは思うが、先ほどから何度声を上げてもルシウスは決してステラを下そうとしなかった。
「でも、これはさすがに……」
ステラが食い下がろうとすると、ルシウスは悲しそうに眉を下げてステラの顔を覗き込んだ。
「……君は私に触れられているのは嫌か?」
「……」
そう言われてしまってはもう何も言えない。
ステラはこのお姫様抱っこを辞めさせるのを断念し、そっと目を閉じて考え事にふけることにした。
(それにしてもさっきの奴隷商人……。私の感性がおかしいのは重々分かっているけど、それにしたってルシウス様を見たときの反応は明らかに異常だったわ)
普通、いくら容姿が醜くかったとしても、それだけで嘔吐するほど気分を悪くするだろうか。
(……何かあるのかしら)
脳みそを働かせて色々思考を巡らせていると、不意に肌を撫でる辺りの空気が変わった。
目を開けると、二人はさっきまでいた町中の路地を抜け、木が鬱蒼と生い茂る森の中にいた。
「もうすぐだ」
ルシウスの言葉通り、それからものの数分もしないうちに青い屋根をした二階建ての大きな屋敷が現れた。
「……大きい、ですね」
たかが奴隷一人買うがために金貨7枚も支払った男だ。かなり位の高い身分であろうことは予想していた。しかし、
(それにしてはこんな森の中の御屋敷に住んでいるのね)
屋敷自体も建てられてからかなり長い年月が経っているようだ。一応手入れはきちんとされているらしいが、手入れだけでは時の流れというものは隠しきれない。
「この屋敷には私の他に弟が二人住んでいる」
「弟さん、ですか」
「そうだ」
ルシウスはステラを抱えたまま屋敷の扉に手をかけた。鍵はかかっておらず、ギィ……という耳障りな音が静かな森に木霊する。
屋敷の中に入って扉を閉めると、ルシウスはようやくそこでステラを下ろした。
「ようこそ、我が家へ」
(……これはなんで返すのが正解なのかしら。お邪魔します?それともお世話になります……?)
なんと返せばいいのか分からず、とりあえずペコリと頭を下げておく。ルシウスはそんなステラを見てクスリと笑みを浮かべた。
「今日からここが君の家だ。屋敷の中はどこでも歩き回ってくれて構わないし、あるものは自由に使っていい」
「……わかりました」
ぐるっと辺りを見回しながらステラはそう返事をする。
「さて、と。ではとりあえず、あとの二人に紹介を……」
「ただいまー」
そのとき、明るい声と共に今し方入ってきた扉が開いて、ルシウスと同じ黒いマントを着た少年が現れた。
「ってあれ、ルシウスも今帰ってきたところだったんだ」
「お前もか」
少年はステラに気付いた様子もなく、黒いマントを脱ぎながらルシウスに問いかける。
「それにしてもいつもより随分早い時間だけど、何かあったの?」
「ああ。実はこの子を連れてきたんだ」
「この子?」
ルシウスの言葉で、初めて少年の視線がこちらに向いた。ばちり、と二人の視線が交わる。
少年は少し赤みがかった茶色の髪に、エメラルドのような深緑色の瞳をしていた。そしてその容姿は、ルシウスと同じく、一般的に"醜い"とされている要素が詰まったもの……即ち、ステラにとっては大層整った顔立ちをした美しい少年だった。
「え、あ、え?お、女の子……!?」
「はい。ステラと申します」
ポカンとしている少年に向かって小さく足を曲げて一礼すると、少年は何故かサァッと顔を青ざめさせた。
「ご、ごめん!俺、顔……!」
そして少年は慌てたようにマントのフードを被って顔を隠し、逃げるように外へ飛び出そうとする。
「カイル、待て。逃げなくていい」
「いやでも……!」
「この子は大丈夫だ」
カイルと呼ばれた少年は、ルシウスが放ったその一言でピタリと動きを止めると、恐る恐ると言った様子でステラの方を振り向いた。
再びステラと一瞬目が合うが、すぐにパッと逸らされてしまう。
「あ、あの……ほんとに大丈夫?具合悪くなったり、してない?」
「はい。大丈夫です」
「目眩とか……」
「ないです」
「気持ち悪くなったりとか……」
「ないです」
「ほんとに?」
「本当です」
「何処かでしたやり取りだな」と思いつつ、ステラはカイルの問いに答える。
すると、訝しげにステラを観察していた緑色の瞳が、両腕に嵌められた鉛色の枷に気がついた。
「……奴隷?まさか、この子買ってきたの?」
「そうだ」
「そうだって……!」
カイルが慌てたようにルシウスに詰め寄ろうとしたそのとき、
「……さっきから騒がしいぞ」
頭上から冷ややかな男の声が降ってきた。上を見上げると、アメジストのような紫色の瞳をした青年が、声と揃いの冷たい眼差しでルシウス達を見下ろしていた。
蝋燭の光を浴びて艶々と輝く銀色の髪に、陶器のように白い肌。高い鼻筋に形の良い唇。
声を聞いていなければ女性と勘違いしてしまいそうなほど綺麗な顔立ちをした美青年である。
しかしながら美しい青年はステラに気が付くと、その綺麗な顔を顰めてステラを睨みつけた。
「……ルシウス。何だその薄汚いのは」
彼の声、顔、気配から「敵意」という二文字がビシビシと痛いほどに伝わってくる。
「鳥、猫、犬ときて今度は人間を拾ってくるとはな。ルシウス、お前は一体何を考えているんだ」
「拾ったんじゃない、買ったんだ」
(反論するとこ、そこなのね……)
ルシウスの返答にさらに気を悪くしたように眉を潜めた美青年は、深くため息をついて顎を煽った。
「……ここで話していても時間の無駄だ。とっとと中に入れ」
「ああそうしよう。ステラついておいで。カイルもだ」
「はい」
「わ、分かった」
歩き出したルシウスとカイルの後ろ姿を見て、ステラはふと思う。
(ルシウス様は兄弟だと言っていたけど……三人とも全然似てないのね)
三人ともがそれぞれ息を呑むほど整った容姿をしてはいたが、三人の顔立ちや身体つきは全くと言っていいほどに異なっていた。
(……まぁ、理由はそのうちわかるかしら)
ステラは床に敷かれた赤い絨毯の柔らかい感触を足の裏で感じながら、ルシウス達の後を追った。
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