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第五話 美の大国
しおりを挟む久しぶりのまともな食事で腹を満たしたステラはその後、ルシウスに連れられ、リスペルシャ王国城下の町へとやってきた。
あの屋敷でステラが生活していくにあたり、取り急ぎ必要なものを買いに来たのである。
昨夜と違い、街中はどこもかしこも沢山の人々で溢れかえっていた。
ステラは隣を歩く黒いマント姿の主人を見上げて小声で話しかけた。
「ルシウス様。今日は縁日か何かなのですか?」
「ん?何故だ?」
「凄く人が沢山いるので……」
するとルシウスはチラリと辺りをみて合点がいったというように「ああ」と頷いた。
「そういうことか。リスペルシャ城下の、特にこの大通りの辺りは毎日こんな感じだ。今日が特別というわけじゃない」
「そうなんですか。……わっ!」
十七年という人生において、こんな人混みに遭遇したことがなかったステラは、直ぐに人の波に飲み込まれてしまう。
歩いていたのとは全く別方向に身体が流されそうになり、焦ったところを、前を歩いていたルシウスの腕が伸びてきてグッと引き寄せられる。
「大丈夫か」
「は、はい」
「もうすぐしたらこの大通りを抜けて裏道に入る。そうすれば人混みもかなり落ち着くだろうから、それまで我慢してくれ」
ルシウスに手を取られたまま、ステラは人混みの中を進んでいく。ルシウスの後ろにピタリとくっ付いていれば、人の波に囚われてしまうこともなく歩くことが出来た。
ルシウスの言葉通り、それから2.3分ほど歩いた角を曲がると、人の数が先程までの半分くらいにまで減った。
「この辺りなら色々な店があるし、人も少ないからゆっくり見て回れるだろう」
「……ありがとうございます」
そうしてステラは、買い物という名目でリスペルシャ城下の町を探索していった。
「少し休憩しよう」
ルシウスがそう声を掛けたのは、もうすっかり太陽が西の空へと傾き、真っ青だった空が茜色に染まった頃だった。
「……はい」
げっそりとした顔でステラが頷く。
「長い時間歩き回っていたからな。疲れただろう」
「…………はい」
ステラの疲労の大半は肉体的ものではなく、精神的なものだ。
金銭感覚が狂っているらしいステラの主人は、ステラが視界に入れたものをとにかく片っ端から購入しようとするのだ。ステラとしては、別に欲しいものがあった訳ではなく、単に目についただけの物や、初めて見る物に対して視線が止まっていただけなのだが。
直ぐに財布の口を開けようとするルシウスを何度も宥め賺し、最低限必要な物を揃えられた頃には、ステラの精神的ライフはほぼ0になっていた。
丁度見つけた小さな噴水広場のベンチに腰掛け、ステラはホッと息を吐く。
ボーッと辺りを眺めていると、通りのさらに向こうに銀色の屋根をした大きな美しい建造物が建っているのが見えた。
「あれはリスペルシャ城。王族たちが住む城だ」
ステラが言葉を発する前に、隣に腰掛けたルシウスがそう教えてくれる。
「あれがあの青薔薇の城……」
世間には疎いステラでもその城については耳にしたことがあった。
リスペルシャ王国の城には、そこでしか咲くことのない青い薔薇が存在していると。
ここからでは遠くてよく見えないが、リスペルシャ城の外壁を、薔薇の蔓が城を守るかの如く張り巡らされているのだとか。
青い薔薇は"永遠の美しさ"と"悠久の時"の象徴とも言われている。
「この国はお城も街も綺麗なんですね」
ポツリと呟くとルシウスは少しの間逡巡した後、頷いた。
「そうだな。なんせこのリスペルシャは、周囲から"美の大国"と謳われるほど、国全体が美醜に対して特に厳しい。……それが物であっても、人であっても」
ルシウスの声がやけに重い。
「この国の民は、美しいものはどんな手を使ってでも手元に残したがる。だが反対に醜いものには激しい嫌悪を抱き、蔑む。だから、私たちの様な醜い者たちは、ひっそりと影に身を潜めて生きていくしかないんだ」
ハッと隣に視線を向けるも、ルシウスの表情はマントに隠れていて見ることができなかった。
昨日の夜も、今この瞬間も、ルシウスは黒いマントで自らを隠してしまう。まるで、人の目から己を守るかのように。
ステラにとっては見目麗しい外見であっても、周囲からみたら、蔑まれる対象となり得てしまうほどに醜い容姿ということになるのだ。
昨夜のガランのルシウスに対するあの異常なまでの態度も、そういう国民性が顕著に現れた結果だったのだろう。
「……たしかに私も綺麗なものは好きです」
ステラが声を発すると、サファイアのような青い瞳がこちらに向けられる。
「そりゃあ醜いものよりも、綺麗なもののほうが良いに越したことはありません。ですが、本当に大事なのは見た目では無いと思います。いくら見た目が良くても、造りがなっていない建物は崩れてしまいますし、性格が悪い人は周りから嫌われますから」
"貴方は醜くなんてない"
昨日、ステラが告げたその言葉は、ルシウスの心に届くことはなかった。
それは当然のことだ。これまで散々醜いと言われ、蔑まれながら生きていた人間が、出会ったばかりの少女の言葉を信じられる訳がない。人の心の中を覗くことなど出来はしないのだから。
人の価値観を他人が変えることはできない。周りがどう思おうとも、ステラがルシウス達を醜いと思うことが出来ないように。
ルシウスはキョトンとした顔でステラを見つめていたが、やがてフッと微笑み、おもむろに手を伸ばした。
「……!」
ポン、とステラの頭にルシウスの手が置かれる。
「ルシウス様、どうかなさいましたか?」
「……なんでもない」
なんでもないという割に、ルシウスの手は優しくステラの頭を撫で続ける。
(……不思議ね)
ルシウスの手は眠くなるような、それでいてどこか懐かしい温かさを秘めていた。
それから暫くの間、ステラはルシウスの気が済むまで黙って頭を撫でられ続けていた。
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