"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました

夢風 月

文字の大きさ
4 / 8

第四話 悪夢

しおりを挟む



 ────お前が来なければ、こんなことにはならなかったのよ!

 トゲのような鋭さを持った甲高い声が耳の中で木霊する。

 気がつくと、ステラは真っ暗な空間に一人ポツンと立ちつくしていた。辺りには何もない。静寂と、飲み込まれそうな深い闇だけがあるのみ。

(ああ……

 まるで霧がかかったようにボンヤリとしている頭の片隅で、かろうじて機能していた部分が冷静にそう判断を下す。そのとき、静寂を破ってまた別の"声"が暗闇に響いた。


 ────お前の存在は周りを不幸にする。

(うるさい)

 ────気味が悪いわ。だってほら、あの子のご両親も確か事故で……。

(うるさい)

 ────まるで……死神ね。
 
(……うるさい)


 数ヶ月前。奴隷に堕ちたあの日から、ステラは度々この夢を見るようになっていた。
 どれだけ歩いても走っても途切れることのない漆黒の闇。耳を塞いでもはっきりと聞こえてくる耳障りな声。

 この夢の中でステラは何もすることが出来ない。暗闇を晴らすことも、理不尽な声に反発することも。

 何度も同じ夢を見ているうちに、無駄な足掻きをせずに心を空っぽにして、悪意を含んだ声を、ただの音として聞き流すということを覚えた。

 今宵もステラは無心で時が過ぎるのを待つ。
 
 ────コンコン。

 そのとき、遠くの方から微かに何か固いものを叩くような音が聞こえた。

(……なにかしら)

 ジッと耳を済ませる。

 ────コンコンコン。

 意識を集中させるほどにその音がどんどんと近づいて来る。そして……





 ステラはハッと柔らかなベットの中で目を覚ました。目蓋を持ち上げた途端、太陽の光が目に飛び込んできて思わずギュッと眉を寄せる。

 一瞬今自分がどこにいるのかということを忘れて唖然とするが、すぐに昨夜の出来事が脳裏を流れた。

(……そうだった。私、彼らに買われたのよね)

 三人の見目麗しい青年達に。それも金貨7枚という大金で。

(今は何時くらいかしら)

 時計はないかと辺りを見回すが見つからない。とりあえずベットを降りようと身体を起こしたとき、

 コンコン。

 夢の中で聞こえた音が、部屋の扉の方から響いてきた。

「……ステラ?起きているか?」

 ルシウスの声だ。

「あ、はい……!」

 慌てて返事をすると「開けるぞ」という言葉と共に、穏やかな笑みを浮かべたルシウスが部屋に入ってきた。

「おはよう。よく眠れたか?」
「おはようございます。はい、おかげさまで……」
「それはよかった。随分疲れていたみたいだな。本当は君が起きてくるまでそのまま寝かせてあげようと思っていたんだが、もう昼になってしまうからな」
「え!?」

 パッと窓に視線を向けると、ルシウスの言う通り既に太陽は高い位置で輝いていた。
 
(やってしまった……)

 まさか仕事開始初日から寝坊してしまうなんて。

 ステラは未だに自分がベッドの上にいることに気が付いて即座に飛び起きる。

「大変申し訳ありませんでした。直ぐに昼食の支度を……!」
「いや、大丈夫だ。昼食なら既に用意してある。それに言っただろう。私は君に何か仕事をさせるつもりはないと」

 またこれだ。この主人はどうしてもステラに仕事をさせたくないらしい。

「ですがルシウス様」
「なんだ?」
「奴隷というものは主人のために働くものです。働かざるもの食うべからずと言いますし。……寝坊した私が言えることではないかもしれませんが」

 そう告げると、ルシウスは渋い顔をして腕を組んだ。

「しかし、君みたいな小さな女の子を働かせるというのは……」
「……小さな女の子?」

 刹那、寝坊をして申し訳なさそうな顔をしていたステラの表情が一瞬で無へと化した。
 ステラの変化の理由が分からず、ルシウスはキョトンと目を丸くしてステラを見つめる。

「ステラ?どうかしたのか」
「…………十七です」
「え?」
「私、十七歳です」

 しばしの間、二人の間に沈黙が流れる。

「……それは本当か」
「本当です」

 ……再び訪れる沈黙。

「……ちなみにルシウス様は私のことを何歳くらいだと思っていらっしゃったんですか」

 冷めた声でステラがそう問うと、ルシウスは気まずげにステラから視線を逸らした。

「正直なところ……十二前後かと」
「十二」

(……なるほど。仕事させる気はない云々は、私がまだ幼いと思っていたからだったのね)

 顔には出さないが、ステラの心の中では怒りの炎が静かに燃え盛っていた。ルシウスは、踏んではいけないステラの地雷を見事に踏んでしまったのである。

 能面のようなステラの顔をみてルシウスは慌てたように、

「いやその、私は普段女性と関わる機会がないものだから、愚かなことについつい見た目だけで判断してしまったんだ!だが、君の発言や振る舞いを見ればその考えが間違いだと気付けたはずなのに……!」

 と謎のフォローを始める。悲しいかな、それが逆にステラの心を更に抉っているということにルシウスは気が付かない。

「……本当にすまなかった」

 深く頭を下げて謝罪するルシウスの姿にステラの怒りがゆっくりと鎮火していく。

「……いえ、気にしていませんから。それよりルシウス様。そういうことですので、夕食からは私が作らせて頂くということでよろしいでしょうか」
「あ、ああ……分かった。だが、やはり今日ところは夕食も私が作ろう。ステラは明日から働いてくれればいい」
「……分かりました。ありがとうございます」

 ステラの気配から怒りの感情が消えたのを察したルシウスは、ホッとした表情を浮かべると「食堂に案内しよう」と言ってそっと手を差し出した。




 
 
 奴隷如きが主人にエスコートしてもらうわけにも行くまいと、ルシウスに差し出された手をステラは丁重にお断りさせて頂いたのだが、ルシウスが頑として譲らなかった。
 
 身に余るエスコートを受け、連れてこられた食堂には、既に一人分の食事が用意されていた。

 柔らかそうなパンが一つと、湯気と共に良い香りが立ち込めるトマトのスープ。そして色鮮やかな葉菜のサラダ。

「本当ならもっと沢山食べさせてやりたいが、今の君の胃のことを考えるとこれぐらいの量の方がちょうど良いだろう」
「ありがとうございます」

 恐らくルシウスはステラの肉のついていない細い手足を見てそう判断したのだろう。
 確かに、一般的な昼食にしては少ない品数であるが、数日につきパン一つというような生活下にしたステラからすればこれでも十分過ぎるぐらいだった。

「あの、ルシウス様」
「なんだ?」
「ルシウス様達は、昼食はもう召し上がられたのですか?」
「私はもう済ませた。レオンとカイルはまだだと思うが」

 ルシウスはステラを食卓の真ん中の椅子に座らせると、自身もステラの向かいの席に腰を下ろした。ステラはナプキンを膝に敷きながら問いかける。

「レオン様とカイル様とは、一緒に食事を取られないのですか?」
「ああ。朝や夜は一緒だが、昼はいつもバラバラだ。カイルは大抵屋敷にいるが、私とレオンは仕事の日は町に出ているからな」
「そういえば、レオン様のお仕事は……」

 昨日の夜、レオンは名だけ名乗って早々に立ち去ってしまったため、レオンの職業だけが不明のままだった。

「そうか、言っていなかったな。レオンはああ見えて薬師をしている」
「薬師……」

 ステラが意外そうな顔をすると、ルシウスがそっと苦笑を浮かべた。

「……まぁとりあえず、冷めないうちに食べなさい」

 ルシウスに促され、ステラは小さく一礼してトマトのスープに口をつけた。

「……美味しい」

 トマトのほんのり甘い酸味と僅かな胡椒の絡みが口の中いっぱいに広がる。
 
 温かいものが胃に入ったことで、身体が今まで長らく感じていなかった空腹感を思い出す。

 あっという間にスープを飲み干し、他の料理にも手を付けていくステラを、ルシウスは穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...