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第四話 悪夢
しおりを挟む────お前が来なければ、こんなことにはならなかったのよ!
トゲのような鋭さを持った甲高い声が耳の中で木霊する。
気がつくと、ステラは真っ暗な空間に一人ポツンと立ちつくしていた。辺りには何もない。静寂と、飲み込まれそうな深い闇だけがあるのみ。
(ああ……またいつもの夢だわ)
まるで霧がかかったようにボンヤリとしている頭の片隅で、かろうじて機能していた部分が冷静にそう判断を下す。そのとき、静寂を破ってまた別の"声"が暗闇に響いた。
────お前の存在は周りを不幸にする。
(うるさい)
────気味が悪いわ。だってほら、あの子のご両親も確か事故で……。
(うるさい)
────まるで……死神ね。
(……うるさい)
数ヶ月前。奴隷に堕ちたあの日から、ステラは度々この夢を見るようになっていた。
どれだけ歩いても走っても途切れることのない漆黒の闇。耳を塞いでもはっきりと聞こえてくる耳障りな声。
この夢の中でステラは何もすることが出来ない。暗闇を晴らすことも、理不尽な声に反発することも。
何度も同じ夢を見ているうちに、無駄な足掻きをせずに心を空っぽにして、悪意を含んだ声を、ただの音として聞き流すということを覚えた。
今宵もステラは無心で時が過ぎるのを待つ。
────コンコン。
そのとき、遠くの方から微かに何か固いものを叩くような音が聞こえた。
(……なにかしら)
ジッと耳を済ませる。
────コンコンコン。
意識を集中させるほどにその音がどんどんと近づいて来る。そして……
ステラはハッと柔らかなベットの中で目を覚ました。目蓋を持ち上げた途端、太陽の光が目に飛び込んできて思わずギュッと眉を寄せる。
一瞬今自分がどこにいるのかということを忘れて唖然とするが、すぐに昨夜の出来事が脳裏を流れた。
(……そうだった。私、彼らに買われたのよね)
三人の見目麗しい青年達に。それも金貨7枚という大金で。
(今は何時くらいかしら)
時計はないかと辺りを見回すが見つからない。とりあえずベットを降りようと身体を起こしたとき、
コンコン。
夢の中で聞こえた音が、部屋の扉の方から響いてきた。
「……ステラ?起きているか?」
ルシウスの声だ。
「あ、はい……!」
慌てて返事をすると「開けるぞ」という言葉と共に、穏やかな笑みを浮かべたルシウスが部屋に入ってきた。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おはようございます。はい、おかげさまで……」
「それはよかった。随分疲れていたみたいだな。本当は君が起きてくるまでそのまま寝かせてあげようと思っていたんだが、もう昼になってしまうからな」
「え!?」
パッと窓に視線を向けると、ルシウスの言う通り既に太陽は高い位置で輝いていた。
(やってしまった……)
まさか仕事開始初日から寝坊してしまうなんて。
ステラは未だに自分がベッドの上にいることに気が付いて即座に飛び起きる。
「大変申し訳ありませんでした。直ぐに昼食の支度を……!」
「いや、大丈夫だ。昼食なら既に用意してある。それに言っただろう。私は君に何か仕事をさせるつもりはないと」
またこれだ。この主人はどうしてもステラに仕事をさせたくないらしい。
「ですがルシウス様」
「なんだ?」
「奴隷というものは主人のために働くものです。働かざるもの食うべからずと言いますし。……寝坊した私が言えることではないかもしれませんが」
そう告げると、ルシウスは渋い顔をして腕を組んだ。
「しかし、君みたいな小さな女の子を働かせるというのは……」
「……小さな女の子?」
刹那、寝坊をして申し訳なさそうな顔をしていたステラの表情が一瞬で無へと化した。
ステラの変化の理由が分からず、ルシウスはキョトンと目を丸くしてステラを見つめる。
「ステラ?どうかしたのか」
「…………十七です」
「え?」
「私、十七歳です」
しばしの間、二人の間に沈黙が流れる。
「……それは本当か」
「本当です」
……再び訪れる沈黙。
「……ちなみにルシウス様は私のことを何歳くらいだと思っていらっしゃったんですか」
冷めた声でステラがそう問うと、ルシウスは気まずげにステラから視線を逸らした。
「正直なところ……十二前後かと」
「十二」
(……なるほど。仕事させる気はない云々は、私がまだ幼いと思っていたからだったのね)
顔には出さないが、ステラの心の中では怒りの炎が静かに燃え盛っていた。ルシウスは、踏んではいけないステラの地雷を見事に踏んでしまったのである。
能面のようなステラの顔をみてルシウスは慌てたように、
「いやその、私は普段女性と関わる機会がないものだから、愚かなことについつい見た目だけで判断してしまったんだ!だが、君の発言や振る舞いを見ればその考えが間違いだと気付けたはずなのに……!」
と謎のフォローを始める。悲しいかな、それが逆にステラの心を更に抉っているということにルシウスは気が付かない。
「……本当にすまなかった」
深く頭を下げて謝罪するルシウスの姿にステラの怒りがゆっくりと鎮火していく。
「……いえ、気にしていませんから。それよりルシウス様。そういうことですので、夕食からは私が作らせて頂くということでよろしいでしょうか」
「あ、ああ……分かった。だが、やはり今日ところは夕食も私が作ろう。ステラは明日から働いてくれればいい」
「……分かりました。ありがとうございます」
ステラの気配から怒りの感情が消えたのを察したルシウスは、ホッとした表情を浮かべると「食堂に案内しよう」と言ってそっと手を差し出した。
奴隷如きが主人にエスコートしてもらうわけにも行くまいと、ルシウスに差し出された手をステラは丁重にお断りさせて頂いたのだが、ルシウスが頑として譲らなかった。
身に余るエスコートを受け、連れてこられた食堂には、既に一人分の食事が用意されていた。
柔らかそうなパンが一つと、湯気と共に良い香りが立ち込めるトマトのスープ。そして色鮮やかな葉菜のサラダ。
「本当ならもっと沢山食べさせてやりたいが、今の君の胃のことを考えるとこれぐらいの量の方がちょうど良いだろう」
「ありがとうございます」
恐らくルシウスはステラの肉のついていない細い手足を見てそう判断したのだろう。
確かに、一般的な昼食にしては少ない品数であるが、数日につきパン一つというような生活下にしたステラからすればこれでも十分過ぎるぐらいだった。
「あの、ルシウス様」
「なんだ?」
「ルシウス様達は、昼食はもう召し上がられたのですか?」
「私はもう済ませた。レオンとカイルはまだだと思うが」
ルシウスはステラを食卓の真ん中の椅子に座らせると、自身もステラの向かいの席に腰を下ろした。ステラはナプキンを膝に敷きながら問いかける。
「レオン様とカイル様とは、一緒に食事を取られないのですか?」
「ああ。朝や夜は一緒だが、昼はいつもバラバラだ。カイルは大抵屋敷にいるが、私とレオンは仕事の日は町に出ているからな」
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「薬師……」
ステラが意外そうな顔をすると、ルシウスがそっと苦笑を浮かべた。
「……まぁとりあえず、冷めないうちに食べなさい」
ルシウスに促され、ステラは小さく一礼してトマトのスープに口をつけた。
「……美味しい」
トマトのほんのり甘い酸味と僅かな胡椒の絡みが口の中いっぱいに広がる。
温かいものが胃に入ったことで、身体が今まで長らく感じていなかった空腹感を思い出す。
あっという間にスープを飲み干し、他の料理にも手を付けていくステラを、ルシウスは穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。
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