"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました

夢風 月

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第七話 描けぬもの

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 ステラがルシウス達と出会ってから、あっという間に数週間の時が経過した。
 今ではすっかりルシウス達との暮らしにも慣れ、毎日料理や洗濯、掃除などといった家事をこなしながら日々を過ごしている。

 ステラが1日のうちにやらなければならない仕事は案外少ない。

 朝、太陽が昇る前に起床し四人分の朝食と、二人分の持ち運び出来る形の昼食を作り、主人達を起こしに行く。
 数週間経っても、レオンは頑なにステラの作る食事を食べようとしなかった。一応毎日作り続けているレオンの分の料理は、いつも代わりにステラの腹の中に収まり続けている。
 
 朝食を終え、仕事に行くルシウスとレオンを見送った後は、屋敷内の掃除に取り掛かる。
 やたらと広い屋敷ではあるが、ステラが掃除するところは皆が共同で使うダイニングルームと浴室、その周辺の廊下と玄関ホールのみの為、あまり時間は掛からない。

 掃除の後はシーツやら洋服やらの洗濯。それが終われば、食材などの買い出しに町へと向かう。
 何度も通っているうちに、大体いつも行く店の主人達とはすっかり顔馴染みになった。

「こんにちは。いつものパン頂けますか?」
「おお、嬢ちゃん!いつもありがとな!」

 店主達は皆総じて人が良く、奴隷印を付けたステラを蔑むことなく、ステラが店を訪れるたびに明るい笑顔で出迎えてくれていた。

 買い出しを終えたあとは、その材料を使って、ステラとカイル二人分の昼食を作る。
 
 二人で昼食を取ったあとは、夕食を作り始める夕方まで、ステラは自由に過ごすことができる。
 と言っても、特にやることもやりたいことも無いため、大抵その時間は書斎で本を読んでいるか、ただひたすら何もせずボーッとしているだけだ。

「……暇だわ」

 今日もステラは書斎の椅子に腰掛け、すっかりページが色あせてしまっている本を眺めながらポツリと呟いた。

 この屋敷の書斎にある本は、過去の国の情勢を書き記したものや、経済についての本ばかりであり、十七歳の少女が楽しめるような物は無いに等しかった。
 屋敷にある本棚という本棚を漁り、ようやくステラにも楽しめそうな小説を2、3冊ほど見つけ出したが、そんな冊数では数日もあれば全て読み終えてしまうというもの。今では各小説の冒頭数ページ分を暗唱出来るようになった。

(いつも掃除している部屋以外のところでも掃除したいけど、ルシウス様に危険だからと言って止められてしまったし……)

 この屋敷で普段使われていない空き部屋は、もはや体の良い物置と化していた。一度チラリと覗いてみた物置部屋の中には、本当にありとあらゆるものが詰め込まれていた。

 錆に錆び付いた剣に、何かの紋章が刻まれた盾。やたらと大きな獅子の銅像。中に何も入っていない古びたタンス。異国の言語で書かれたどこかの国の地図。得体の知れない木製の人形のようなもの。見上げるほど高く積み上げられた色あせた布の山。美しいけれどもどこか妖しげな雰囲気漂う装飾品の数々……。

 正直なところ、絶賛物置部屋の探索をしたい欲に駆られたステラだったが、ルシウスに禁止されてしまったため、泣く泣く断念することとなっている。

(何か暇をつぶせること……)

 ジッと考え込みながら本のページをめくったとき、そこに描写されていた小説の一場面にハッと息を飲んだ。

(そうだわ、これがあったじゃない。何で今まで思いつかなかったのかしら)

 ステラは本を棚に戻すと、軽い足取りで厨房へと向かった。





「……カイル様。今少しお時間よろしいでしょうか?」

 約2時間後、厨房であるものを作り終えたステラは、それを持ってカイルの部屋の扉をノックした。

「……ん、ステラ?いいよ、入って」

 カイルの声を受け部屋に入る。

 部屋の中では、白いシャツにくたびれたクリーム色のエプロンを巻いたカイルが、パレットを片手に大きなキャンバスの前に立っていた。
 小さく開けられた窓から爽やかな風が吹き込み、白いレースのカーテンとカイルの赤茶色の髪をふわりと揺らしている。

 温かな太陽の光が差し込む部屋の中で、美しい少年が絵を描いているその様子は、まさに一枚の絵画さながらの美しさだった。

 静かにキャンバスを見つめていたエメラルドのような瞳がステラへと向けられる。二人の視線が交わった刹那、カイルがふわりと優しい笑みを浮かべた。

「ステラ、どうかした?」
「お邪魔してしまってすみません。シフォンケーキを作ったので、もしよろしければと思ってお持ち致しました」
「え、本当?食べたい!」

 カイルの瞳がパッと明るく輝いた。カイルはパレットと筆を置いてステラの元へと近づいて来る。

「わー、すっごい美味しそう……!」

 カイルがステラの手からシフォンケーキと紅茶が乗ったトレーを受け取る。

「わざわざありがとう」
「いえ。では私はこれで失礼します」
「あ、待って待って」

 ペコリとお辞儀したステラをカイルが慌てて引き留めた。

「よかったらステラも一緒に食べようよ」
「私も、ですか」
「うん。こんな汚い部屋で申し訳ないけど。どうかな?」
「……それでは、お言葉に甘えて」

 カイルに導かれ、ステラは窓際に置かれていた白樺製のテーブルに腰を下ろした。
 準備をしようとトレーに手を伸ばしたステラの手を押し留め、カイルが手際良くケーキを皿に移していく。
 
「よし、じゃあ食べよっか」

 用意を終えたカイルが、そう言ってシフォンケーキに手を伸ばした。

「……ん、美味しい。やっぱりステラは料理が上手だよね」
「ありがとうございます」

 ステラも自分で作ったケーキをそっと口に運ぶ。サクッとした外側と、ふわふわな内側のスポンジの加減がちょうど良い。味も決して甘すぎることなく食べやすく出来ている。
 シフォンケーキを作るのは久しぶりだったが、かなり美味しく出来たと、ステラは心の中で満足気に頷いた。

「本当に美味しいなぁこれ」

 シフォンケーキをいたく気に入ったらしいカイルによって、かなりの量あったケーキはあっという間に無くなってしまった。

「はー、美味しかった!」
「そう言って頂けて何よりです。では、私はそろそろ……」

 そう言ってステラが立ち上がったとき、先ほどまでカイルが描いていたキャンバスがふと目に留まった。

 青い空と、ズラリと並んだ見覚えのある店と看板の数々。透明な水を湛えた噴水と、道の向こうに見える何か植物の蔓を纏った銀色の大きな城。

 それは、リスペルシャ城下町のあの大通りを描いたものであった。

「すごい……お上手ですね」
「そうかな、ありがとう」

 カイルが画家だということはもちろん承知していたが、実際にカイルが描いた絵を見るのは初めてだった。

「いつから絵を描かれるようになったんですか?」
「……物心ついたときにはもう紙と鉛筆が友達だったかな」
「そうなんですか」

 ステラはジッとカイルの絵を眺めていたが、ふと何か違和感を覚えてそっと首を傾げた。そして視線を壁に立てかけられた他のキャンバスへ向ける。

 色鮮やかな花が咲き誇る庭園。青々とした木々が生茂る森の絵。暗い空に瞬く星と草原の絵。今にも動き出しそうな愛らしい動物達の絵。

「……人は描かれないのですか?」

 何気なくステラはそう尋ねた。すると、カイルの肩が小さくピクリと跳ねた。

「……うん。描かない、というより描けないんだ」

 ────人だけは。

 そう呟いたカイルの横顔は、何故だか酷く悲しげだった。
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