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第八話 悲運のバケモノ
しおりを挟む人も虫も植物も眠りについた真夜中のこと。薄暗い部屋のベットの中で、彼はふと目を覚ました。
一度眠ると朝まで滅多に起きることがない彼は、我ながら珍しいこともあるものだと思いながらゆっくりと身体を起こす。
灯りをつけていない部屋は、窓から差し込む月明かりによってぼんやりと白く浮かび上がっていた。
その光に導かれるように、彼はベッドを降りて窓の方へと歩いていく。
外を見上げると紺色のキャンバスの上には、色取り取りの小さな星屑達と、不気味なほど青白い三日月が描かれていた。
彼の宝石のように美しい瞳の中に、冷たい光を放つ三日月が映り込む。
(……そういえば、あの夜もこんな月が出てたっけ)
彼はそっと目を閉じて彼自身の過去に想いを馳せた。
彼はここリスペルシャ王国の南に位置するトルペという町で生まれた。
トルペは、周囲を山で囲まれており、その山間における湧水から作られた地酒が名産品とされている、言わば"酒の町"である。
そして彼の父の家は、その地酒を商う商家のうちの一つであった。
平凡な容姿に、これといって抜きんでた才能もなかった彼の父テオドルスは、幼い頃から隣の家に住む一つ年下のラーラという少女に恋をしていた。ラーラの方は、テオドルスの事を兄のような存在としか思っておらず、恋愛対象としては見ていなかったが、何年経ってもずっと一途にラーラを思い続けるテオドルスに絆され、やがて二人は結婚した。
彼の妻への溺愛ぶりは町でも有名だった。そんな二人の間に出来た愛の結晶──それが"彼"だった。
彼は、母ラーラの髪と目の色をそのまま受け継いで生まれてきた。その容姿はお世辞にも可愛らしいとは言えなかったが、それでもラーラは無事に生まれてきた彼を涙を浮かべて眺め、白い腕で優しく抱きしめた。
しかし不運なことにラーラは産後の肥立ちが悪く、彼を生んだ数週間後、若くしてこの世を去ってしまう。
テオドルスは愛する妻を失い三日三晩泣き続けたが、生まれてきた息子の為に……そして妻を失った悲しみを忘れる為に、今まで以上に身を粉にして働き始めた。
忙しいテオドルスの代わりに、乳母が彼の面倒を見ることが多かったが、テオドルスは時間がある時には何かしらの土産を片手に彼の部屋を訪れていた。
そうして季節は巡り、彼が六歳の誕生日を迎えてしばらく経った頃。一人で大人しく本を読んでいると、ふと窓の外から楽しそうな子供達の声が聞こえて彼はそっと家を抜け出した。
声のする方に歩いていくと、向かいの家の庭先で数人の子供達が楽しそうに笑いながら遊んでいた。
それまで、ほとんど父と乳母としか話したことのなかった彼は、初めて見る自分と年の近い子供の存在に嬉しくなり、思わず声をかけた。
「ね、ねぇ!もし良かったら僕も仲間に入れてくれないかな?」
すると、それまで楽しそうに遊んでいた子供達が、彼の顔を見た途端、皆一様に黙り込んでしまった。
あれ?と思いながら返答を待っていると、子供達の中で一番背の高かった少年がジッと彼を見下ろしながら答える。
「……やだね」
「え、な、なんで……?」
ポカンとする彼に、少年は顔を歪めて更にこういった。
だってお前の顔、本に出てきたバケモノの顔にそっくりだから、と。
幼いながらも自分の容姿があまり褒められたものではないということはなんとなく理解っていた。だが、面と向かって言われた「バケモノ」という言葉は、幼い彼の心を大いに抉った。
それから彼は子供達の声がしても外に遊びに行こうとはしなくなり、家の中で一人で絵を描いて過ごすようになった。
絵を描くということは、最初のうちはただの一人遊びのうちの一つに過ぎなかった。だがある日、テオドルスの似顔絵を描いてみせると、いつも疲れた顔をしていたテオドルスが、嬉しそうに笑って彼の頭を優しく撫でてくれたのだった。
たったそれだけのことが、彼にとってはとても嬉しく思え、彼は朝から晩まで何かに取りつかれたように絵を描くようになった。
そして、彼が十一歳になったとある夜のこと。真夜中にふと強い喉の渇きを覚えて目を覚ました彼は、水を求めてベットを降りた。廊下に出ると、母ラーラの部屋のドアの隙間から僅かに光が漏れていることに気がつき、足音を立てないようゆっくりドアに近付く。
そっと中を覗き込むと、そこには母のベットに腰掛けて項垂れている父の姿があった。
「……ラーラ」
母の名を呼ぶ父の声は、酷く震えていた。
「ラーラ、ラーラ。私の愛しいラーラ」
父はラーラの写真が入った古いペンダントを握りしめ、何度も何度も彼女の名を呼んでいる。
「……君に会いたいよ」
それは、テオドルスの心からの叫びだった。
「本当なら、君を失った時点で私がこの世界で生きていく理由なんてない。けれど、私にはあの子がいる」
あの子、とは間違いなく自分のことだ。父が心底愛した母と同じ目と髪を持って生まれた自分のことだ。
彼は無意識のうちにきゅっと固く自分の唇を噛んでいた。
「あの子は、君が残してくれたかけがえのない私の息子だ。だが……あの子を見るたびに、君がこの世にいないことを痛感して胸が苦しくなる」
その言葉を聞いた瞬間、彼の心臓はドクンと嫌な音を立てた。
「ふと考えてしまうんだ。もし……もしあの子が生まれてこなければ、君は今も私の隣にいてくれたのではないかと」
ドクン、ドクン、ドクン。どんどん激しくなる心臓と急激に冷たくなっていく手足。
(……そんな、)
後ろに2、3歩よろめいたことで、廊下の床がぎしりと嫌な音を立てた。その瞬間、部屋の中のテオドルスがハッと顔を上げる。
涙に濡れた父の鳶色の瞳と目があった刹那、彼はクルリと踵を返してその場から逃げ出した。
後ろから彼の名を叫ぶテオドルスの声が追いすがるが、彼は足を止めることなく、そのまま家を飛び出す。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)
テオドルスの言葉が耳の奥にこびりついて離れない。
わかっている。テオドルスが彼の為に身を粉にして働き、父親としてこんなにも醜い、バケモノのような彼のことを心から愛してくれていたことなんて。そんなことは痛いくらいに理解っている。
だからこそ、彼は酷く悲しかった。
『あの子を見るたびに、君がこの世にいないことを痛感して胸が苦しくなる』
────自分のこの容姿は、ただ醜いだけではなく、世界でたった一人しかいない、大好きな父親のことまで苦しめてしまうのか。
(ごめんなさい、ごめんなさい……!)
……本当は知っていた。テオドルスは上手く隠せていると思っていたのかもしれない。いや、もしかするとテオドルス自身も気が付いていなかったのかもしれない。
もう何年も昔から。恐らく、愛する妻を亡くしてからずっと。彼を見つめるテオドルスの顔は、どこか辛そうに歪んでいたのだ。
彼はそのことに気が付かないふりをしていた。まだ幼い彼の心が、その父の表情の意味を理解することを拒否したからだ。しかし、その拒絶はもう意味をなさなくなってしまった。
当てもなくただひたすらに走り続けていた彼は、道に転がっていた小さな石に気が付かず、躓いてベシャッと派手な音を立てて転んでしまう。
「いたい……」
掌と両膝から真っ赤な血がジワリと滲む。彼の瞳に透明な涙がいくつも浮かび、溢れた雫が彼の頬を伝って地面に小さな染みを作った。
「いたいよ……」
手が。足が。心が。身体中のあちこちが、痛い。
それでも彼は、彼の父が追いかけてくることを恐れてまた走り出す。
────自分はもう、父の元にいる事は出来ないから。
痛くても痛くても、彼はひたすら足を動かし続けた。
冷たい光を纏った三日月が、そんな彼の行く道を静かに照らし続けていた。
彼は静かに目を開け、再びあのときと変わらずそこに有り続ける白い月を見上げる。
暫く微動だにせず月を眺めていた彼は、徐にその辺に放ってあった筆とパレットを手に取ったのだった。
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コメントありがとうございます(*´ω`*)
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