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舞う人

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 大学を出た僕を待っていたのは、意外な人だった。

「久しぶり。卒業おめでとう」

「父さん」

 身内から見てもスタイルが良く、ビシッと決めたスーツがよく似合っているその人は、約4年振りに会う父親だった。

「いつ戻って来たの?」

僕をジロジロ見ながら近づいてくる父さんは、歩き方もどこか普通の人とは違う。
僕の質問が届いているのか分からない。

「舞人、本当に大人になったな」

やっぱり質問は届いていないようだ。


 父さんは、僕の大学入学と同時にニューヨークに渡った。
詳しいことはよく知らないけれど、振付師としての仕事が向こうであるとのことだった。
母さんもついて行くのかと思いきや、

「お父さんのこと、嫌いとかじゃなくて、環境が変わるのが嫌なだけ」

と僕に説明した。
祖母から聞いた話だと、二人はそれなりに熱い恋をして結婚したらしい。
聞きたくないのに、話してくる祖母は、何だか楽しそうだったのを覚えている。

「4年も会ってなかったら、そう思うかもね」

「母さんの側にいてくれてありがとうな」

「別に、何もしてないよ」

「まあ、ありがとう」

何だか恥ずかしかった。
ダンサーの父さんは少しだけ、他の同年代の父親に比べると、現実離れしているというか、ロマンティックなところがあると昔から思っていたからかもしれない。

「もう完全に戻ってきたの?」

「ああ。たまに行くことはあると思うけど、拠点を日本に戻すよ」

「そっか」

父さんは急に、校内の方に視線を向ける。
そして再び僕を見た。

「お前、一人か?」

痛いところを突いてくる。

「まあ」

「俺も友達はいないタイプだったから、心配するな。ダンスだけが友達、みたいなさ」

「はあ・・・」

また恥ずかしいことを平気で言う。

「でもさ、舞人。その顔はさ、恋してる顔なんだけど」

「えっ?」

「好きな人、いるだろ?」

父さんは、当たり前のことを聞くみたいな顔をして僕を見ている。
そうだ。
愛情表現もそうだったけれど、どんな会話もストレートな人だった。

「いるけど」

「そうか。さて、どうする。二人で飲みに行くか?」

そうだ。
根掘り葉掘り聞いたりするタイプではないんだった。

「うん。行こっか」


 父さんが来てくれて、救われた気分だった。
葉山さんを傷付けた僕には、お酒も必要だったし、気兼ねなく話せる相手も必要だった。
 ロマンティックな父さんに気兼ねなく話せるかは正直分からないけれど、ただ一緒に居てくれるだけで落ち着く相手ではあった。


 父さんとの初めての晩酌。
僕も嬉しかったけれど、父さんも嬉しそうだった。
 僕が自分のことを話したがる息子じゃないのを理解した上で、自分のことを家族に話すのが大好きな父さんは、ニューヨークでの出来事を沢山話してくれた。

「タップダンス分かるか?この歳になって、始めたんだけど。物凄く楽しいよ。ダンサーだけど、音楽家にもなった気分で。激しいダンスはもう無理でも、タップダンスならゆっくりと、これからも楽しめそうだ」

「ダンサーってさ、昔出来たことが出来なくなるのが顕著に表れるでしょ?やっぱそういうのって辛いの?」

「うーん。多少はな。でも、そんな辛くないよ。新しいことが見えてくるし」

「ふーん」

「舞人。俺がダンサーだからその名前を付けた訳でもないんだ。お前には、心だけは舞うように、自由でいて欲しいと願っていたんだよ。大きくなってからは、言葉足らずな所があるけど、それでも、心だけはって思ってる」

また、ロマンティックな話の流れだろうか。
お酒を飲んでいるからじゃない。
父さんは、何気ない平日の朝でも、こういう話をよくしていた。
でも、僕の名前の話は初めてだ。

「多分、俺のことを、夢を持って逞しく生きる人だと思ってると思うけど、意外と舞人と変わらないんだよ」

「そう?」

僕と父さんは大違いだ。
どう考えても。

「先に言葉にしてくれたのは、母さんだった。夢の近道を教えてくれたのも、母さんだった。そんな母さんに出会って、変わったんだ」

僕は何と答えたらいいのか分からない。
ただ、格好良いと思った。
こうやって話してくれる父さんも、父さんの話す母さんも。

「舞人、時間はかかるかもしれないけど、自分の心の中だけでは、自由に踊れ。社会の荒波に揉まれても、心だけは。会社員とは違う父さんが言っても、説得力ないけどな。まあ、社会だけじゃなくても、恋でもそうだ。とにかく、父親として、初めてお前と飲む日には言おうと思ってたんだ」

少し恥ずかしくても、僕はどうしてもこの人に、この素晴らしいダンサーに、ロマンティックな父さんに憧れてしまうのだった。
どんなに自分と違っても、どうしても憧れるのは、いつだって父さんだった。
現実を見せられながらも、現実を悪くないと思わせてくれる存在。

「ありがとう」

僕は、照れながらそれだけ言うと、ジョッキに残っていたビールを一気飲みした。
父さんはそれを見て嬉しそうに、ビールのおかわりを2杯注文した。
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