深い青を愛してる

あおなゆみ

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最初への結末

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「どうしてここが分かったの?」

図書館で僕に声を掛けてきた元恋人に、僕は問いかける。

「一旦出よう。ゆっくり話したい」

元恋人はそう言うと、僕の手を掴んだ。

 その瞬間、すぐに彼女を思い出す。
具合の悪くなった僕の手を引いた彼女。
僕はこの図書館に通い続けているが、彼女は姿を見せなくなった。
最後の日の予感が当たってしまった。
もう一年経つだろうか。


 あの日彼女と座った図書館の外のベンチに、今は元恋人と座っている。

「それで、どうしてここが分かったの?」

怒っているつもりはなかったけれど、若干不機嫌になっているのは確かだ。
思いがけず秘密がバレた気分だったから。

「本棚には並ばない本。すぐに手の届く机の上だったり、ベッドの横のサイドテーブルに置いてあった本」

僕は黙っていた。
僕にとっての秘密は秘密ではなかった。
元恋人は僕の愛読書を知っていた。

「ごめん。日記じゃないし、読んでも良いと思って読んだの。でも多分、日記と同じくらいプライベートな部分だったんだね」

何も悪くないのに謝る元恋人が、僕の心を切なくさせた。

「プライベートって。付き合ってたんだから、プライベートな部分を知るのは当たり前じゃん」

空元気かもしれないが、暗い雰囲気にしたくなくて明るく言った。
そんな僕を、少し安心したような表情で見ながら、

「確かに、そうだけど...」

まだ申し訳なさそうにしている元恋人を見て、僕は思い出した。
こういう所を好きになったんだった、と。
思いやりがあり、優しい所。
でも逆に言うと、空気を読むのに必死で、人の機嫌に敏感なのだ。
よく怒ってた姿も思い出すけれど、その表現さえも、僕を気遣うが故のものだったと今なら分かる。
怒れるくらいなら平気って訳じゃない。
僕に怒ることで隠せる弱さがあった。
隠せる人ほど、脆い事もある。
 そして、もう一つ思い出す。
そういった周りの気持ちを気にし過ぎる様子が、あまりにも理解できて、自分を見ているようだったから、似た者同士寄り添い合いたいと思った事。
一緒に変わりたいと願ったのが始まりだったのだと。

「こんな事聞くのは変だけど...別れようって言われた時、本当はどう思った?」

思いがけない僕の質問に、少し顔が赤くなるのが分かる。
答えに困っているようだ。

「何にも囚われずに、本音で言って欲しい。多分、ある程度の事なら分かるくらい一緒にいたはずだよ。そして別れた後の時間でもっと、分かるようになった事もある」

スラスラと言葉の出る自分に驚く。
最近まともな会話をしていなくて、会話が恋しかったのか。
話さない事で、心で整理できた言葉が溜まっていたのだろうか。

「安心したの...」

小さな声で元恋人はそう言った。
本音はいつも小さな声だった。
そう気付く。

「ああ。こんな事言おうと思って来た訳じゃなかったのに...別れようって言われて、ホッとしたの、私。もう、好きなのかも分からなくなってたから」

「僕ら、少しはマシになったかな。本音を言う方法を知れたからさ」

「うん。マシになったと思うよ」

二人で笑い合った。
長く残っていた傷跡が本格的に薄くなったような気分だった。

「探してくれたのも、あっさり別れを受け入れた自分が気にかかったから?」

そんな僕の問いかけに、次は素早く答えが返ってきた。

「うん。よく分かったね。でも、自分のせいだと思いたくなくて、自分を楽にする為に会いに来たの」

堂々と言う姿は、どう考えても出会った頃の姿とは違った。
僕は、一緒に変わりたいと願った最初に、結末をつける事が出来そうだ。


「あともう一つ言おうと思ってた事があって。多分、知らないまま過ごしてると思ったから」

元恋人の次の発言は、僕をまた良い方に導いてくれるものだった。
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