深い青を愛してる

あおなゆみ

文字の大きさ
19 / 23

僕は結局

しおりを挟む
 僕は結局、音楽を再び始める事はなかった。
だけど、小説を読み、深い青の夜を継続させた。
自分からの創造はなくてのも、小説を読む事で芸術的な夜を生きいていた。


 ある日、歌手をやめて初めて外食をした。
そこは居酒屋で、カウンターの席に座る。
カウンターは僕と、スーツを着た20代後半から30前半くらいの男の人だけだった。

「ふざけんなよ」

酔ったその男は下を向きながら、小さく呟いた。

「すみません」

40代くらいの店員の男が僕に謝る。
その客は店員と知り合いなのか、ただの常連なのかは不明だが、また始まったという雰囲気が店の人達の視線で分かった。
迷惑そうでありながら、どこか哀れむような視線。
 
 僕は一気に緊張した。
嫌な気持ちにもなる。
他人の嫌悪は、怖い。

 僕は勝手に、カウンターにいる男があのバンドの一人なのではないかと考えた。

「やってられるかよ」

また小さく呟く。
僕はまた嫌な気持ちになる。
店を出ようか迷ったが、ここにいて、その男の帰りを見届けなければならない気がした。
だから、ビールを一気に流し込む。

「どうしてこうなったんだよ...」

放たれたその声に、僕はつい男の方を見てしまった。
その声の最後の方はもう、薄れて震え、泣き声だったから。

 どうしてこうなったのか。
僕が、彼らよりも知名度のある僕が、彼らの曲と似た曲を世に送り出したから。
また、バンドのメンバー達の笑顔が思い浮かぶ。
どうしても忘れられない眩しい笑顔。

 静かに泣き出した男に、店員もさすがに

「泣かないでくれよ...大丈夫か?」

と声を掛けた。

「すみません」

とまた僕に謝るので

「僕のせいなんで...」

と訳のわからない事を言ってしまった。

「え?」

店員と泣いていた男もこっちを見る。

「すみません、僕も酔ってるみたいで。お会計お願いします」

そう伝え、急いで会計を済まる。
絶対に変な人だと思われた。
でも、店を出る前に一つだけ言葉にしてみたかった。
言葉にしたら、少し気持ちが楽になるかもしれないと期待して。

「ごめんなさい」

カウンターに座る男に投げ掛けるように言った。
男はこっちを不思議そうな顔をして見て、何も言わない。
店員には

「ご馳走様でした」

と伝えた。
店員は、あまり威勢の良くない感じでお礼を言った。
僕を不思議そうに、どこか心配そうに見ていた。

 僕の気持ちはというと、もちろん楽になるわけはない。
アルコールで楽になっているように錯覚しているだけだった。


 音楽とは全く関係ない、僕のこれまでの経歴など必要のない場所で仕事を始めた。
嫌になる事も多かったけれど、少なくとも自分が創造したもので誰かが傷付く事がないと思うと、心が落ち着いた。


 僕を癒していたのは、過去の栄光でもなく、その後何度も発表された新作の小説だった。
物語を書き続けてくれた人。
僕の生きがい。
それから、時々思い出す、あの約束のようなもの。

「いつかまた、会いたいです」

「僕も会いたい。絶対に」

その場面を僕は何度、思い出しだことだろう。
図書館でのあの出会いは、現実の良い面を唯一見せてくれるものだった。

 このままで良いのかと思う。
小説にばかり逃げている気がする。
 ギターはもう押入れの奥に追いやった。
世間も僕を忘れつつあるだろう。
僕のファンは...
ファンの事を思うと胸が痛んだ。
押入れのギターを取り出そうとも思った。
でも、僕はもう戻れない。
僕は結局、僕を諦めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...