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僕は結局
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僕は結局、音楽を再び始める事はなかった。
だけど、小説を読み、深い青の夜を継続させた。
自分からの創造はなくてのも、小説を読む事で芸術的な夜を生きいていた。
ある日、歌手をやめて初めて外食をした。
そこは居酒屋で、カウンターの席に座る。
カウンターは僕と、スーツを着た20代後半から30前半くらいの男の人だけだった。
「ふざけんなよ」
酔ったその男は下を向きながら、小さく呟いた。
「すみません」
40代くらいの店員の男が僕に謝る。
その客は店員と知り合いなのか、ただの常連なのかは不明だが、また始まったという雰囲気が店の人達の視線で分かった。
迷惑そうでありながら、どこか哀れむような視線。
僕は一気に緊張した。
嫌な気持ちにもなる。
他人の嫌悪は、怖い。
僕は勝手に、カウンターにいる男があのバンドの一人なのではないかと考えた。
「やってられるかよ」
また小さく呟く。
僕はまた嫌な気持ちになる。
店を出ようか迷ったが、ここにいて、その男の帰りを見届けなければならない気がした。
だから、ビールを一気に流し込む。
「どうしてこうなったんだよ...」
放たれたその声に、僕はつい男の方を見てしまった。
その声の最後の方はもう、薄れて震え、泣き声だったから。
どうしてこうなったのか。
僕が、彼らよりも知名度のある僕が、彼らの曲と似た曲を世に送り出したから。
また、バンドのメンバー達の笑顔が思い浮かぶ。
どうしても忘れられない眩しい笑顔。
静かに泣き出した男に、店員もさすがに
「泣かないでくれよ...大丈夫か?」
と声を掛けた。
「すみません」
とまた僕に謝るので
「僕のせいなんで...」
と訳のわからない事を言ってしまった。
「え?」
店員と泣いていた男もこっちを見る。
「すみません、僕も酔ってるみたいで。お会計お願いします」
そう伝え、急いで会計を済まる。
絶対に変な人だと思われた。
でも、店を出る前に一つだけ言葉にしてみたかった。
言葉にしたら、少し気持ちが楽になるかもしれないと期待して。
「ごめんなさい」
カウンターに座る男に投げ掛けるように言った。
男はこっちを不思議そうな顔をして見て、何も言わない。
店員には
「ご馳走様でした」
と伝えた。
店員は、あまり威勢の良くない感じでお礼を言った。
僕を不思議そうに、どこか心配そうに見ていた。
僕の気持ちはというと、もちろん楽になるわけはない。
アルコールで楽になっているように錯覚しているだけだった。
音楽とは全く関係ない、僕のこれまでの経歴など必要のない場所で仕事を始めた。
嫌になる事も多かったけれど、少なくとも自分が創造したもので誰かが傷付く事がないと思うと、心が落ち着いた。
僕を癒していたのは、過去の栄光でもなく、その後何度も発表された新作の小説だった。
物語を書き続けてくれた人。
僕の生きがい。
それから、時々思い出す、あの約束のようなもの。
「いつかまた、会いたいです」
「僕も会いたい。絶対に」
その場面を僕は何度、思い出しだことだろう。
図書館でのあの出会いは、現実の良い面を唯一見せてくれるものだった。
このままで良いのかと思う。
小説にばかり逃げている気がする。
ギターはもう押入れの奥に追いやった。
世間も僕を忘れつつあるだろう。
僕のファンは...
ファンの事を思うと胸が痛んだ。
押入れのギターを取り出そうとも思った。
でも、僕はもう戻れない。
僕は結局、僕を諦めた。
だけど、小説を読み、深い青の夜を継続させた。
自分からの創造はなくてのも、小説を読む事で芸術的な夜を生きいていた。
ある日、歌手をやめて初めて外食をした。
そこは居酒屋で、カウンターの席に座る。
カウンターは僕と、スーツを着た20代後半から30前半くらいの男の人だけだった。
「ふざけんなよ」
酔ったその男は下を向きながら、小さく呟いた。
「すみません」
40代くらいの店員の男が僕に謝る。
その客は店員と知り合いなのか、ただの常連なのかは不明だが、また始まったという雰囲気が店の人達の視線で分かった。
迷惑そうでありながら、どこか哀れむような視線。
僕は一気に緊張した。
嫌な気持ちにもなる。
他人の嫌悪は、怖い。
僕は勝手に、カウンターにいる男があのバンドの一人なのではないかと考えた。
「やってられるかよ」
また小さく呟く。
僕はまた嫌な気持ちになる。
店を出ようか迷ったが、ここにいて、その男の帰りを見届けなければならない気がした。
だから、ビールを一気に流し込む。
「どうしてこうなったんだよ...」
放たれたその声に、僕はつい男の方を見てしまった。
その声の最後の方はもう、薄れて震え、泣き声だったから。
どうしてこうなったのか。
僕が、彼らよりも知名度のある僕が、彼らの曲と似た曲を世に送り出したから。
また、バンドのメンバー達の笑顔が思い浮かぶ。
どうしても忘れられない眩しい笑顔。
静かに泣き出した男に、店員もさすがに
「泣かないでくれよ...大丈夫か?」
と声を掛けた。
「すみません」
とまた僕に謝るので
「僕のせいなんで...」
と訳のわからない事を言ってしまった。
「え?」
店員と泣いていた男もこっちを見る。
「すみません、僕も酔ってるみたいで。お会計お願いします」
そう伝え、急いで会計を済まる。
絶対に変な人だと思われた。
でも、店を出る前に一つだけ言葉にしてみたかった。
言葉にしたら、少し気持ちが楽になるかもしれないと期待して。
「ごめんなさい」
カウンターに座る男に投げ掛けるように言った。
男はこっちを不思議そうな顔をして見て、何も言わない。
店員には
「ご馳走様でした」
と伝えた。
店員は、あまり威勢の良くない感じでお礼を言った。
僕を不思議そうに、どこか心配そうに見ていた。
僕の気持ちはというと、もちろん楽になるわけはない。
アルコールで楽になっているように錯覚しているだけだった。
音楽とは全く関係ない、僕のこれまでの経歴など必要のない場所で仕事を始めた。
嫌になる事も多かったけれど、少なくとも自分が創造したもので誰かが傷付く事がないと思うと、心が落ち着いた。
僕を癒していたのは、過去の栄光でもなく、その後何度も発表された新作の小説だった。
物語を書き続けてくれた人。
僕の生きがい。
それから、時々思い出す、あの約束のようなもの。
「いつかまた、会いたいです」
「僕も会いたい。絶対に」
その場面を僕は何度、思い出しだことだろう。
図書館でのあの出会いは、現実の良い面を唯一見せてくれるものだった。
このままで良いのかと思う。
小説にばかり逃げている気がする。
ギターはもう押入れの奥に追いやった。
世間も僕を忘れつつあるだろう。
僕のファンは...
ファンの事を思うと胸が痛んだ。
押入れのギターを取り出そうとも思った。
でも、僕はもう戻れない。
僕は結局、僕を諦めた。
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