涙の跡

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
6 / 21
Episode6

過去へ

しおりを挟む
「お引き留めしてすみませんでした」

雨が止み、話が一段落してから野島さんが言った。
沢山話をしてしまったのは私の方なのに、野島さんはペコリと頭を下げた。
私は、

「映画の話を普段話す事がなくて。久し振りに話すと止まらなくなりました。聞いて下さってありがとうございます」

とお礼をした。

「また、上映会でお会いしましょう。是非お時間ある時にでもいらして下さい」

会釈を何度か繰り返し、二人は別の方向へと向かい歩き出した。
「依子さん!」

野島さんの声。
私を呼んでいる。
振り返ると私の後ろを指差している。
指された方向を見ると、そこには虹がかかっていた。
綺麗だった。
野島さんを見ると野島さんはまたペコリと頭を下げ、

「またお引き留めしてしまいました。虹を見たのが久し振りだったので、つい」

と微笑む。

「私もです。綺麗ですね」

「はい。大雨の中話し掛けてくれて、映画の話をしてくれたお陰です」

「こちらこそ野島さんが呼んでくれなかったら、下を向いたまま虹には気付かなかったと思います」

もう一度、虹を見た。
こんなに長く眺めたのは初めてだった。
二人の会話はなんとも遠回りしているというか、丁寧すぎる気がした。
でもそれが私には心地良いとも思った。

 その日の夜には曲が生まれた。
歌詞も出来た。

 ふと母がよく歌っていた曲を思い出す。
なんとなく鼻歌交じりで料理をしている時に思い出した。
でも、歌詞は少ししか思い出せない。
 確か私が高校生の頃だったと思う。
私が

「誰の曲?」

と聞くと母は、

「もう少し大人になったら教えてあげる。でも、依子が音楽を続けていたら出会えると思う。その人に」

と言った。

その当時もパソコンで調べたけれど見つからなかった。

「誰も...泣かない...理想...そして歌う....」

今なら分かるかもと、覚えている歌詞の一部を検索してみる。
でも見つからなかった。

 母は料理をしている時、洗濯物を干す時、よくその歌を鼻歌交じりに口ずさんでいた。
2、3曲をリピートしていた気がする。
毎日のように聴いていたはずなのに思い出せない。

 そもそも私が音楽を始めたきっかけは母だった。

「友達にいらなくなったギター貰ってきちゃった」

と母がウキウキしながら帰ってきた。
私が中学二年生の頃。

母はギターを適当に弾き、即興で歌った。

「依子笑って~お母さんがギターを弾くわ~毎日~」

そう歌ったのはよく覚えている。

「依子、ギター弾いてみたら?かっこいいよ!絶対モテる!」

と言い、私にギターを渡した。
その日から私はあっという間にギターに夢中になった。
ギターを弾く事になり、そこで曲が、誰かによって作られている事に気付いたというわけだ。
母がギターを貰ってくれていなかったら、いつ気付いていたのだろう。
私の今までの人生は母にかなり影響されてきた。
理由は言うまでもなく、母が大好きだからだ。
憧れだった。
今でも憧れている。
永遠に追いかけてしまうと思う。
しおりを挟む

処理中です...