涙の跡

あおなゆみ

文字の大きさ
14 / 21
Episode14

知らない姿

しおりを挟む
 私にしたい話とはなんだろう。
ドキドキしていると野島さんが一枚の写真を見せてきた。

 写真には私の後ろ姿が写っていた。
その先の空には虹がかかっていた。

「勝手に撮ってすみませんでした。実はこの写真が何年か振りに...心から撮りたいと思った写真だったんです。依子さんを呼び止めた後に撮ったんです。依子さんが、僕が呼び止めなかったら虹に気付けなかったって、言ってたから...撮りたい瞬間が分かったというか。話してもいいですか?」

「是非聞かせて下さい」

「写真ってなくてもいいものでもあると思うんです。今はすぐなんでも写真に撮るけど、それは自己表示というか、自分を見せる為。でも、そうじゃない写真を撮りたいんです。依子さんが写真を撮り始めた頃の僕を思い出させてくれました。普段気付かない、奇跡のような瞬間を撮りたいんです」

野島さんはゆっくりと言葉を選びながら話していた。
私の胸は熱くなる。

「私も。私もそんな曲を作りたいと思っています。最近気付いた事です」

しばらく沈黙が続いた。
次の言葉を探してもいたけれど、私は同じ想いを分かち合った事に喜びを感じていた。

沈黙を破ったのは野島さんだった。

「お願いがあります。この写真を沢山の人に見せたいんです。いいですか?」

「はい。嬉しいです。是非お願いします」

「ありがとうございます。あ、そうだ」

野島さんはカバンからアルバムを出し、

「これ見て下さい。路上ライブの写真です」

私にアルバムを差し出した。
 港で二人組の少年がギターを弾き語っている写真や、今の私くらいの女の人が弾き語りをしている写真があった。

「あ、この人が最初だったんです」

と一枚の写真を指差した。
そこには、マイクを持ち、歌う、あの河村くんがいた。

「え?」

と驚きの声を出してしまった。
私の好きだった変わり者の河村くんだ。

「もしかして知り合いですか?」

「はい。ほとんど喋った事はないんですけど、同級生です」

「そうなんですか。彼、自分で曲作って歌っていて。本当に良い曲だったな。僕は凄く共感していました」

でも河村くんは歌が苦手だったはずだ。

「彼は恥ずかしがり屋で、演奏が終わってお辞儀をしてそそくさと帰るんです。僕がどうしても彼の事を撮りたくて、何度かお願いして承諾してくれた。色々話を聞いたら、初めは落語をしていたみたいで。おじいさんが病気で、元気づける為に色々な場所で練習して。ここで人気者になったらしいですよ」

 私はふとある事を思い出した。
普段真面目に授業を受けていた河村くんが、イヤフォンで何かを聴きながら授業を受けていたのだ。
一番後ろの一番端の窓側の席で、彼は片耳にイヤフォンを入れ、何かを聞いていた。
私は気付いていたけれど、他の人は絶対に気付いていなかったはずだ。
あまりにも上手く隠しながら聞いていた。
その時私は河村くんの前の席だったので、プリントを後ろに回す時に見たのだ。
もしかしてあの時、落語を聞いていたのではないかと、確定はできないけれど思った。

「その後、マイケルジャクソンに憧れて歌を歌いたくて、自己流で曲を作るようになったらしいです。この写真にも写ってますけど、ラジカセを置いて。自分でピアノ演奏したものをテープに録音して流していました」

「ピアノ弾けたんですか?」

「弾いてはいたんですけど、ジャーンって和音を弾いてるだけでしたけど。それがしっとりとしていて良かったです。歌も上手いというよりは独特で。売れるんじゃないかと思ってました」

「彼が今どうしているか知ってますか?」

「高校卒業して...カナダだったかな?向こうの大学に行きました。日本は満喫したから違う国に行ってみたいって。やってみたい事は山ほどあるから音楽はもういいって。変わってますよね。この写真がラストライブ。いやー、本当に僕は感動しました」

「河村くんの歌、聴いてみたかったです」

すると野村さんが小さな声で歌った。

「ここは僕の世界 誰も怒らない 悲しみに泣かない それはただの理想 分かってる だけど生きる そして歌う」

 この曲...
聞き覚えがあった。

誰も...泣かない...理想...そして歌う

私が良く聞いていた曲。
大好きな母が歌っていた曲。

「依子さん?」

私は涙を堪える事が出来なかった。

「それ、河村くんの歌ですか?」

「はい。そうです」

「出来れば、もう少し歌ってくれませんか?」

野島さんは低く響く声で、優しくその歌を歌ってくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...