どこに行ったの?私の天才!

あおなゆみ

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「天台さんは、ここに来てから長いんですか?」

空を見ながら彼が私に聞く。

「あ、えっと、二年になります。凡城さんは、今まではこの近くじゃなかったんですか?」

「駅を三つ超えてこっちに来ました。いつまでいるかは分かりませんが。これからよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ」

手を差し出してくる。
握手?
私も手を差し出す。
握手だった。

「アハハ」

笑っている。
私も笑う。

「なんかの条約を結んだみたいですね。へへ」

こうやって女を口説いてきたのか。

「あ、天台さんはどんなお仕事されてるんですか?」

凄く踏み込んでくる。
普通なら、近所の人とは程よい距離感を保ちたいもの。
それなのに彼は仕事まで聞いてくる。
お金持ちだから感覚が違うのかもしれない。

「スーパーのレジをしてます。バイトなんですけどね」

「あっそうなんですか!そうだ!そこってバイト募集してませんかね?」

まさか?

「してますよ。割とよく募集してます。常に人手不足みたいなところがありまして」

「僕、今、プー太郎なんです。ネットでも募集してますかね?」

「多分してると思いますよ。応募するんですか?」

「します!探してたんですよ。バイト。良かった~」

まだ受かった訳ではない。

 そんな事を話しているうちにアパートに到着した。
私達の部屋は二階なので一緒に外階段を登る。

「荷物持ってもらってありがとうございました」

「いいえ。仕事を紹介してもらってありがとうございます。今、調べてみて、応募しようと思います。そうだ、何かお礼させて下さい。今日の夜ご飯決まってます?良かったら作って持っていきますよ。実は料理は得意で」

「いえいえそんな申し訳ないです。ただ自分の働いているところを教えただけですから。気にしないで下さい」

「そうですか?じゃあ、はい」

荷物を渡された。
本当に大丈夫だろうか?
私が店を教えた事によって、私の職場に良からぬ事が起こったりしないだろうか。
不安になった。
不安を消したい。

「あの。お礼を貰うという訳ではないのですが、歌、聞かせてもらえませんか?」

「歌ですか?お安いご用です。今ですか?」

「はい。部屋にいます。昨日よりもっと小さい音で大丈夫です。聞いてますね」

 私は部屋に戻った。
彼の歌をもう一度聞きたかった。
私の記憶が正しければ、彼のいる部屋の隣は今、空き部屋だ。
迷惑にはならないはず。
こんな大胆な誘いをするほど、私は彼の声を求めていた。
 少しして、ギターの音が微かに聞こえてきた。
ワクワクする。

「うぉーうぉー」

壁に耳を付ける。
今日は小さい音だ。

「見つけたかもしれない 僕の居場所 朝昼晩 どれも頑張ろう」

もしかしてアルバイトの事かな?と思う。

「問題は面接だ 僕はなんだかよく だらし無く見られてしまうから ふざけてるように思われるから~」

その通りだ。
昨日初めて知った人なのにそう思った。

「楽天的だから楽ちんだよ 楽天的だから楽しいよ そうだ そういえば友達が出来たよ」

ん?

「お隣に その人に紹介してもらった所 受かるといいな~」

すると、

「ちょっと!何歌ってるの?」

と聞こえてきた。
あの人だ。
帰ってきたのだ。

「迷惑だって言ったじゃん。ここの壁薄いから結構物音聞こえるの。私はとにかく静かに暮らしてたの、今まで」

そんなに聞こえるのか?
私の隣の両方の部屋どちらからも物音をほぼ聞いた事がない。

「この声だって聞こえちゃうかもしれないから」

小さーい声で女が言う。
壁に耳を当てていたから聞こえた。

「ごめん。つい歌いたくなって。あ、今日の夜ご飯は何がいいですか?」

話を逸らした。
きっとニコニコしたあの顔で謝っているのだろう。
私は壁から離れ、部屋にあるギターを見た。
という事は...
私のこれまでのギターの音や歌も聞かれていたのか。
極力ギターは小さく、歌は鼻歌程度だったけれど、きっと聞こえていたのだろう。
恥ずかしい。
もうあの女に合わす顔はない。

 夕食はスーパーで買ったお刺身。
今日はドラマを観た。
何かから逃げたい気分になったからだった。
ドラマの2本目を観ているところで、インターホンが鳴った。
開けたくなかったが、ドアを開ける。
 凡城さんがいた。

「こんばんは~。さっきは歌が途中になってしまって」

「いいえ、そんな気にしないで下さい。私が無理なお願いしたからです」

「これ、良かったら」

そう言って、お皿に乗ったハンバーグを渡された。

「え?いいんですか?」

「多く作り過ぎたので」

またニコニコしている。

「あ、同居人の方は...?」

「今、お風呂です。あの人怖いでしょ?まあ良い人なんですけど、怒ったら怖いですね」

「そうなんですか。あ、ちょっと待ってください。すぐですから」

ハンバーグを自分の皿に移して、皿を洗い返した。

「ありがとうございます。頂きますね」

「あーすみません。そんな急がなくていいんですよ。それより!さっきアルバイトの応募しました!」

「面接の日決まりましたか?」

「明後日になりました。天台さんいますか?」

「いますけど...私の事は言わなくていいですからね。あの、あまり職場で目立たないタイプなので良い事ないですよ」

できれば知り合いという事がバレたくなくて、言わないようにしてもらった。

「そうですか。まあ、面接の段階では僕の余計な性格を見せないようにするだけですから。天台さんには迷惑かけないようにしますので」

ありがたい。

「そろそろ戻らなくて大丈夫ですか?」

「あー、凄く長風呂だから大丈夫ですよ。昔からそうなんですよ」

「昔からの仲なんですね?」

「いとこです。僕を唯一救ってくれる人ですね」

「そうなんですか」

「じゃあ、また。明後日会えたらこっそり目配せしますね。へへへ」

自分の部屋に戻っていった。
このポカポカする気持ちはなんだろう。

 ハンバーグはとても美味しかった。
今まで食べたハンバーグの中で一番好きかもしれない。

 私はポカポカした気持ちで、音楽制作ソフトを開いた。
何かが変わるだろうか。
彼と出会った事で何かが。
変わってほしい。
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