先を越されたファーストキス

あおなゆみ

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大切なコンプレックス

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 少年が唇の真実を語る前。私たちは並んでベンチに座り、ラッシーは私ではなく少年の足に擦り寄るように座っていた。そして少年は自分のことを、回りくどい人間だと前置きした。「回りくどくて話が長くなったらごめん」と言って、事前に謝ったりもした。

「もしかして、赤いリップも回りくどさの一環なの?」 

 私が訊くと、少年は「そうかも」と鼻に皺を寄せ、そんな自分に呆れてしまう的な困り果てた笑顔まで見せた。私はつい、やれやれ……と思いながら、その表情のバリエーションを楽しんでいた。ちなみに、その時点で既に少年の回りくどさは発揮されていた。本題に入るまでにそれなりの時間を要したからだ。性格の悪い私がその回りくどさに耐えられたのには一種の諦め(出会ったことのないタイプの少年を急き立てたところで、少年は純粋なマイペースを崩さない気がした)があったのだと思う。でもそれ以上に、私の欠点のような性質を喜んでくれた少年にわざわざ反抗する意味を失っていたのかもしれない。本題に入るのを、いつまででも待つことができたのだ。

 大人になって思うことだが、その時の私はまるで、一人っ子の自分に弟ができたような心持ちだったような気がする。気がするだけで、そういう心持ちを経験したことがない一人っ子の私だが、そんな気がしてならない。自分より幼い命である存在を弟、妹として受け入れる瞬間が来ないのが一人っ子と末っ子で、受け入れられる側にもなれないのが永遠の一人っ子なのだ。私はそういった当たり前のことを、一人っ子としての生活を全うしていた時代よりも、息子が生まれて現に息子が一人っ子の今、真剣に考えるようになっている。そして、あの少年は一人っ子だったのか、兄弟がいたのかを少し深く考えてみるのだった。答えを知ることは生涯でないだろうが、その時間はとても有意義に思えた。少年の純粋は一体、どのように芽生えて育ったのだろう。あの唇に塗られた赤は、赤に似合わず本当に純粋だったから──

「僕は恋をしたことがない」

 まだまだ本題に入らないのかと思っていたら、その発言こそ唇の真実に直に繋がるものだった。

「初めて恋をしたら、その相手にだけに本当の唇を見せたい。その子に見せる僕の大切なコンプレックス。本当の僕を知っている人。たくさんの人が知っていることの価値は低いから」

 つい見つめてしまった少年の唇から、本来の色を想像することはできなかった。できたとしても、ただの想像でしかない。

「つまり、本当の色を他の人に見られないように隠してるの? 初恋のために?」

 赤いリップは、大切なコンプレックスを守るための役割だったのだ。

「僕のコンプレックスを好きでいてくれる人。僕の心を好きなってくれて、そんなコンプレックスなんてどうでもいい、むしろ可愛いって思ってくれる人に出会いたいなって」

 少年の純粋さは、十四歳の私からしても無謀なものに思えた。自分さえも愛せないコンプレックスを愛してもらおうなんて無理だと。それとも少年は、自分のコンプレックスを愛しているのだろうか──

「最初はただ、コンプレックスを隠すためだけのリップだった。強い意思なんてなかったよ」

「強い意思……」

 私は最初に少年を見た時、その赤いリップは少年の意思とは関係のないところで始まったものだと思っていた。例えば、息子ではなく娘が欲しかった母親が冗談で幼い息子にリップを塗ったとか。歳の離れた姉が何かしらの罰ゲームとして可愛い弟にリップを塗ったとか。そういうきっかけだと予想していたのだ。でもその予想にしては、少年は成長しすぎていたし、唇の真実とタイトルをつけたあたりから、意思の持ち主は少年自身であるかもしれないと思い始めていたのだ。
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