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ずるい妄想
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唇の真実はまだ続く。その頃には少しずつ日が暮れ始めていた。
「僕は、本当の唇の色を最大限に隠すことによって、この色を剥がした時の衝撃を大きくしたいと思ってる」
その時、ほんの一瞬。少年の純粋に狂気のようなものを見た気がした。
「剥がすって表現はちょっと……」
「僕にとって、本当の唇を見せるのはそれくらいの覚悟なんだ。おかしな考えだと分かってはいるよ。でも僕は元から、大切なことを隠したくなる傾向にあるから」
「そうなの?」
「うん。好きな小説とか、誰にも言ったことがない」
少年が栞を挟みもせずに本を閉じた姿を思い出す。
「それ、凄いね」
少年は凄いと言われたことを嬉しそうにした。
「僕は初めて好きな人ができたら、本当の唇を見せてから告白するつもりだ。真実の後出しはずるいから、せめて告白の前に見せて……試してしまうかもしれない」
「何を?」
「両思いだとしても、振られるにしても、その子がどんな風に僕のコンプレックスを見つめるのかを試したい。見逃したくない。その瞬間が全ての気がするんだ──引いたよね?」
引いたかどうかを確認してくるところが、ただの純粋というものは存在しないのだと思わせる。でも、そんな確認をしてしまうことこそ、純粋な恋を求めている何よりの証拠なのかもしれなかった。狂気の前段階と言う人もいるかもしれない。少年のただの可愛い夢物語だと微笑む人もいるかもしれない。それこそが真実の愛の始まりだと称える人もいるかもしれない。そして、最終的に狂気へと進まないのなら、それは間違いなく純粋の範囲と言っていいのだろう。
「引いてないよ。初恋への理想は人それぞれだから」
本当に私は引いていなかった。こんな風に真剣に、純粋に相手を見極めようとする少年がこの世にいることに驚いていた。すぐに吹き飛んでしまいそうな軽い恋こそが、その辺にいる少年がしてしまう初恋だと思っていたから。
「一度隠してしまうと、それを見せる勇気がなくなるんだ」と少年が言った。「そう簡単にリップを剥がせそうにないよ」
少年はその言葉で、唇の真実を語り終えた。そんな少年を見つめながら私は気づいた。思ったことを言えずに苦しんでいる人が勇気を出して何かを言う時。その時の涙目。私がそれを嫌いだったのは、何でも容易く言葉にしてきた自分を愚かだと感じたからだ。留めておけずに放ってきた多くの言葉は、私にとってコンプレックスだったのだ。私も伝えたい人と伝えたくない人を区別すべきだったと──
そんな心の内が届くわけもなく、少年は「ありがとう」と言った。
「話せてよかった。本当に……」
そこで一旦、二人の間や周りに漂っていた熱が去っていくようだった。去った熱は私のものでもあり、唇の真実を語って気持ちが高ぶった少年のものでもあると思えた。回りくどい少年と、ストレートな私。正反対過ぎて相性が抜群なのかもしれない。ストレートに訊く私のような人を求めていた少年。求めていたつもりはなかったけれど、少年の回りくどさや、そこから生まれる純粋に感化された私。
「もし、初恋の人が先に告白してきたらどうするの?」
私は思いついたまま訊いてみた。「まだ唇の真実を明かす準備ができてないのに、相手から告白されたら?」と催促するように訊く。
「考えてなかった」
少年は苦悩するように、眉間に皺を寄せた。
「考えてなかったなんて、それも凄いね。自分が告白するイメージだけをしてたってことでしょ? 告白される場面を妄想したりしない? 妄想だけは自由だし」
「……したことなかったな」
一生の不覚、とでも言いたげな表情になる少年。真剣に悩んでしまうものだから、私は励ますつもりで提案してみた。
「もし好きな人が先に告白してきたら、素直に喜べばいいだけだよ。喜んで受け入れて、せめてファーストキスの前に唇の真実を語るの。そして、赤いリップを剥がせばいいよ」
「そんなにあとでも、いいのかな?」
「いいんじゃない? 告白された側の特権的な? キスする時までは、告白された余韻に浸るの。せっかくの告白だからね。まあ、私が決めることじゃないけど」
少年は真剣に検討してくれているようだった。
「そうするよ。もし、初恋の人から先に告白されたら。絶対にそうする」
少年は私のせいで、自分から告白するという勇ましい想像ではない、告白待ち的なずるい妄想を手に入れたのだった。
暗くなり、私たちは公園を出ることにした。次の約束などすることはなく、名前も年齢もどこに住むのかも知らないままだ。ラッシーは少年と離れてしまうことを惜しそうにした。正直、私だって惜しかった。でも残念ながら、少年の方は惜しそうに見えなかった。見えなかったけれど、大切なことこそ隠したくなる傾向の表れであることを願った。願いながら、私は少年と別れた。
「僕は、本当の唇の色を最大限に隠すことによって、この色を剥がした時の衝撃を大きくしたいと思ってる」
その時、ほんの一瞬。少年の純粋に狂気のようなものを見た気がした。
「剥がすって表現はちょっと……」
「僕にとって、本当の唇を見せるのはそれくらいの覚悟なんだ。おかしな考えだと分かってはいるよ。でも僕は元から、大切なことを隠したくなる傾向にあるから」
「そうなの?」
「うん。好きな小説とか、誰にも言ったことがない」
少年が栞を挟みもせずに本を閉じた姿を思い出す。
「それ、凄いね」
少年は凄いと言われたことを嬉しそうにした。
「僕は初めて好きな人ができたら、本当の唇を見せてから告白するつもりだ。真実の後出しはずるいから、せめて告白の前に見せて……試してしまうかもしれない」
「何を?」
「両思いだとしても、振られるにしても、その子がどんな風に僕のコンプレックスを見つめるのかを試したい。見逃したくない。その瞬間が全ての気がするんだ──引いたよね?」
引いたかどうかを確認してくるところが、ただの純粋というものは存在しないのだと思わせる。でも、そんな確認をしてしまうことこそ、純粋な恋を求めている何よりの証拠なのかもしれなかった。狂気の前段階と言う人もいるかもしれない。少年のただの可愛い夢物語だと微笑む人もいるかもしれない。それこそが真実の愛の始まりだと称える人もいるかもしれない。そして、最終的に狂気へと進まないのなら、それは間違いなく純粋の範囲と言っていいのだろう。
「引いてないよ。初恋への理想は人それぞれだから」
本当に私は引いていなかった。こんな風に真剣に、純粋に相手を見極めようとする少年がこの世にいることに驚いていた。すぐに吹き飛んでしまいそうな軽い恋こそが、その辺にいる少年がしてしまう初恋だと思っていたから。
「一度隠してしまうと、それを見せる勇気がなくなるんだ」と少年が言った。「そう簡単にリップを剥がせそうにないよ」
少年はその言葉で、唇の真実を語り終えた。そんな少年を見つめながら私は気づいた。思ったことを言えずに苦しんでいる人が勇気を出して何かを言う時。その時の涙目。私がそれを嫌いだったのは、何でも容易く言葉にしてきた自分を愚かだと感じたからだ。留めておけずに放ってきた多くの言葉は、私にとってコンプレックスだったのだ。私も伝えたい人と伝えたくない人を区別すべきだったと──
そんな心の内が届くわけもなく、少年は「ありがとう」と言った。
「話せてよかった。本当に……」
そこで一旦、二人の間や周りに漂っていた熱が去っていくようだった。去った熱は私のものでもあり、唇の真実を語って気持ちが高ぶった少年のものでもあると思えた。回りくどい少年と、ストレートな私。正反対過ぎて相性が抜群なのかもしれない。ストレートに訊く私のような人を求めていた少年。求めていたつもりはなかったけれど、少年の回りくどさや、そこから生まれる純粋に感化された私。
「もし、初恋の人が先に告白してきたらどうするの?」
私は思いついたまま訊いてみた。「まだ唇の真実を明かす準備ができてないのに、相手から告白されたら?」と催促するように訊く。
「考えてなかった」
少年は苦悩するように、眉間に皺を寄せた。
「考えてなかったなんて、それも凄いね。自分が告白するイメージだけをしてたってことでしょ? 告白される場面を妄想したりしない? 妄想だけは自由だし」
「……したことなかったな」
一生の不覚、とでも言いたげな表情になる少年。真剣に悩んでしまうものだから、私は励ますつもりで提案してみた。
「もし好きな人が先に告白してきたら、素直に喜べばいいだけだよ。喜んで受け入れて、せめてファーストキスの前に唇の真実を語るの。そして、赤いリップを剥がせばいいよ」
「そんなにあとでも、いいのかな?」
「いいんじゃない? 告白された側の特権的な? キスする時までは、告白された余韻に浸るの。せっかくの告白だからね。まあ、私が決めることじゃないけど」
少年は真剣に検討してくれているようだった。
「そうするよ。もし、初恋の人から先に告白されたら。絶対にそうする」
少年は私のせいで、自分から告白するという勇ましい想像ではない、告白待ち的なずるい妄想を手に入れたのだった。
暗くなり、私たちは公園を出ることにした。次の約束などすることはなく、名前も年齢もどこに住むのかも知らないままだ。ラッシーは少年と離れてしまうことを惜しそうにした。正直、私だって惜しかった。でも残念ながら、少年の方は惜しそうに見えなかった。見えなかったけれど、大切なことこそ隠したくなる傾向の表れであることを願った。願いながら、私は少年と別れた。
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