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悲しいきっかけ
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「どうして急に薦めた本を読んでくれるようになったの?」
夕飯の時、父が緊張気味に聞いてきたのに、私はその答えを持ち合わせていなかった。
ラッシーの死が自分のせいに思えてならないから、ラッシーがいなくて寂しいから、彼のキスを覗き見てしまったから……全てが答えのようで、どれも違う感覚があったのだ。
「お父さんたちが薦めてこなくなったから、読みたくなっただけじゃない?」
そんな風に、私なりの思春期っぽく答えてみた。
「薦められすぎて読みたくなくなってたのか。それは悪かったな」
ようやく分かったのか、と思ったけれど何も言わずにいた。
「父さんも母さんも自分の言葉で伝えるのが下手だから、誰かの言葉を借りて大切なことを伝えたかったんだと思う。娘からすれば、意思のない親のように映ってたかな。でも、大切に思ってたんだよ」
父はその時、お酒を飲んでいないはずだった。テーブルの上には麦茶の入ったガラスコップが三つ。父のだけ中身がウィスキーなのかと疑ったけれど、家の中でウィスキーの瓶を見たことはなかった。
「あまりに薦められるから反抗したくなっただけで……別に、意思のない親だなんて思ってないよ」と私は言った。
「たくさん素晴らしい作品に出会って、色んな感情に出会って、自分なりの答えに出会ってほしくて……」と父が言った。その拙さは私の知っている父とは違う、誰かの言葉をそのまま借りた時の、自信のある様子ではなかった。だから、父が自分の言葉で伝え続けようとしてくれるのが嬉しかった。
母は箸を止め、父のことを真剣に見つめていた。父は自分の言葉を探し続ける。もちろん、完全なる自分の言葉など存在しないことを私は分かっている。何かに影響され、感化されながら、私たちは自分の言葉を見つけていくと思うから。
父は家族として慣れていた沈黙とは違う、ちゃんと向き合っているからこその沈黙のあとで言った。
「孫の手的な事だと思うんだ。読書も映画も、届かないところに届かせてくれるような、そんな──」
父はすぐに自分の発言に首を傾げた。母も父につられるように、ほんの少しだけ首を傾げた。だから、代わりに私が大きく頷いた。
「それをもっと早く教えてくれたらよかったのに」と言って、もう一度頷く。
「孫の手か……分かりやすいね」
フォローみたいな発言をしたあとで両親を見ると、二人は照れくさそうに笑っていた。たくさんの小説を読み、たくさんの映画を鑑賞してきたのに、こんな表現しかできなくてごめんね──そんな不器用で温かい笑顔だった。
穏やかな気持ちで両親と向き合えたそのきっかけは、ラッシーの死だったかもしれない。そうではないと思いたかったがこれもまた、そうである可能性を消せないのが現実だった。
夕飯の時、父が緊張気味に聞いてきたのに、私はその答えを持ち合わせていなかった。
ラッシーの死が自分のせいに思えてならないから、ラッシーがいなくて寂しいから、彼のキスを覗き見てしまったから……全てが答えのようで、どれも違う感覚があったのだ。
「お父さんたちが薦めてこなくなったから、読みたくなっただけじゃない?」
そんな風に、私なりの思春期っぽく答えてみた。
「薦められすぎて読みたくなくなってたのか。それは悪かったな」
ようやく分かったのか、と思ったけれど何も言わずにいた。
「父さんも母さんも自分の言葉で伝えるのが下手だから、誰かの言葉を借りて大切なことを伝えたかったんだと思う。娘からすれば、意思のない親のように映ってたかな。でも、大切に思ってたんだよ」
父はその時、お酒を飲んでいないはずだった。テーブルの上には麦茶の入ったガラスコップが三つ。父のだけ中身がウィスキーなのかと疑ったけれど、家の中でウィスキーの瓶を見たことはなかった。
「あまりに薦められるから反抗したくなっただけで……別に、意思のない親だなんて思ってないよ」と私は言った。
「たくさん素晴らしい作品に出会って、色んな感情に出会って、自分なりの答えに出会ってほしくて……」と父が言った。その拙さは私の知っている父とは違う、誰かの言葉をそのまま借りた時の、自信のある様子ではなかった。だから、父が自分の言葉で伝え続けようとしてくれるのが嬉しかった。
母は箸を止め、父のことを真剣に見つめていた。父は自分の言葉を探し続ける。もちろん、完全なる自分の言葉など存在しないことを私は分かっている。何かに影響され、感化されながら、私たちは自分の言葉を見つけていくと思うから。
父は家族として慣れていた沈黙とは違う、ちゃんと向き合っているからこその沈黙のあとで言った。
「孫の手的な事だと思うんだ。読書も映画も、届かないところに届かせてくれるような、そんな──」
父はすぐに自分の発言に首を傾げた。母も父につられるように、ほんの少しだけ首を傾げた。だから、代わりに私が大きく頷いた。
「それをもっと早く教えてくれたらよかったのに」と言って、もう一度頷く。
「孫の手か……分かりやすいね」
フォローみたいな発言をしたあとで両親を見ると、二人は照れくさそうに笑っていた。たくさんの小説を読み、たくさんの映画を鑑賞してきたのに、こんな表現しかできなくてごめんね──そんな不器用で温かい笑顔だった。
穏やかな気持ちで両親と向き合えたそのきっかけは、ラッシーの死だったかもしれない。そうではないと思いたかったがこれもまた、そうである可能性を消せないのが現実だった。
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