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第3章 悲しみの表情の理由は
11話
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理花子はコンビニの制服を着ていた。
コンビニでバイトを始めたのは知っていたけれど、ここだとは思わなかった。
彼女は何かを尾田先生に伝えると、レジの奥、バックヤードに消えていく。
今の尾田先生の表情からは、何も読み取ることができなかった。
理花子が、尾田先生に言い寄られたと言ったのは、本当だったのだろうか。
でも、私は彼女の嘘を見抜くのに長けている。
そう思いたいが、そんなのは当てにならないのかもしれない。
その勘は、私の中で絶対的だったのに、それを信じられなくなるなら、私はどうしたら良いのだろう。
少しすると尾田先生は、おそらくコーヒーだと思う缶を二つ買い、外に出た。
少しすると私服姿の理花子も出てきて、缶を一つ受け取る。
腕を組んだり、手を繋いだらどうしようかと緊張したけれど、そんなことはなく、ただ二人は並んで夜の道を歩き出した。
私はあとをつける。
こんな私はおかしい。
これは誰かの影響を受けた行動なのか、誰かの真似をしているのか。
もしくは、誰かの感情が私の感情のように思えているのか。
先生が心配だから。
それをこの尾行の正当な理由にしようとしている。
まるで自分が優しい人間かのように。
二人が進むにつれ、私はどこに向かっているのかが分かった。
住宅街に入ると、二人の足音が聞こえるほど静かになる。
喋っているのなら、声も聞こえてきそうだ。
ただ、さっきから様子を見ている限り、会話はほとんどしていなく、二人が一緒にいる目的は”一緒に帰る“というその行為だけのように思えた。
「送ってくれてありがとう」
豪華な家の前で、理花子はタメ口で先生にお礼を言う。
「ああ。じゃあまた明日、学校で」
「はい」
理花子が中に入っても、尾田先生はしばらくその場から動かなかった。
動けずにいる、という方が正しい気もした。
不倫?
不倫にしては、堂々と家まで送っているし、空気感が違う。
奥さんとうまくいっていない?
一体なんだったのだろうか。
ようやく歩き出した尾田先生。
私は、尾行を続けた。
先生の歩く速度はやっぱり遅い。
先生は、学校のある駅まで電車で戻ると、駅から十分ほど歩いたところにある駐車場まで進んだ。
そして、停めてある車に乗る。
私は先生の遅すぎる歩みに、逆に疲れながら、そこまで尾行した。
車が発進すると、一瞬、タクシーに乗って追い掛けようとも思ったが、さすがにそこで留まった。
駅から離れた場所ではタクシーがすぐに捕まらないのが、幸いだったのかもしれない。
それ以上は、ダメだと分かっていた。
ここまでつけて来たのも、もちろん良いとは言えないが。
それから私はその行為を繰り返した。
最初を乗り越えれば、あとは慣れ。
最初が司くんと一緒だったせいか、続けることの罪悪感は少なく済んだ。
司くんとのデートは、怪しまれない程度に疎かにし、バイトを終えると私は、理花子の働くコンビニに行く。
司くんは司くんで友達の多い人だし、アルバイトもしているから、怪しまれることはなかった。
雑誌コーナー、もしくはイートインに先生がいれば必ず、店内には理花子がいた。
レジや商品の品出しなどをしている。
そして先生は彼女を家まで送る。
私は先生が車に乗り、発進させ、街の中へ消えていくのを確認して家に帰る。
そうすると、安心できた。
時々先生は、車に乗ってから、しばらく動かないことがあった。
運転席に座り、ただボーっとしている。
私はその時間に、先生の何か重要な部分を見た気になっていた。
動機もいまいち分からないまま、そんなことを繰り返す日々を過ごしていると、本格的に進路を決定しなければならない時期が近づいてきた。
私は就職希望だったが、こんな生活を、元担任を尾行するような、逆らえない同級生がいるような、彼氏以外に一等賞がいるような私が社会人になれるのか不安だった。
変化といえば、私が司くんとのデートを疎かにしていると思っていたが、大学受験の勉強の為、どちらかといえば私の方が疎かにされるようになっていること。
美容の専門学校に行くと言っていた理花子が、勉強のせいか、私の教室に来る回数が極端に減ったこと。
でもその二つの変化は、私に大きな影響を与えた。
まず、これまで司くんに会えていた時間に、会えないというのが思っていた以上に寂しいと気付いた。
キスしたいとかそんな、思春期の欲求なんかではなく、司くんの話を聞きたいとか、司くんを笑わせたいとか、そんな願望が私の中で声を上げていた。
そしてもう一つは、理花子が教室に来ない、私に構ってこないというのが、私の心を落ち着かなくさせた。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか。
私が、つまらなくなっただろうか・・・
あれだけ好きではないと、逃げたいと思っていた存在だったのに。
喜ばしいことなはずなのに。
中学からの何年もの習慣や、刻み込まれた感覚のせいで、落ち着かなかった。
だから、そういった望ましくない慣れを、どうにか自分から追いやる。
そうすれば、真実や本当に思ってたことが高速でコンピューターに打ち込まれる文字のように浮かび上がる。
理花子が私のところにくるのが怖かった。
友達だとは思えなかった。
対等とは程遠かった。
そして少しすればまた、臆病になったりもする。
来なかったら来なかったで、自分の悪口を言われている気がする。
あの嘘つきは、私のあることないことを誰かに話すのではないか。
ふたたび、真実を探す。
そうだ。
彼女は嘘つきだ。
離れていいんだ。
彼女のいない日常に慣れればいい。
それが私の望みなのだ。
彼女がいなければ、白瀬ちゃんともっと話せる。
そう言い聞かせ続けた。
真実と虚偽を頭の中は繰り返す。
ただ一つだけ残念なのは、理花子が話しに来ないせいで、仁井くんの進路を知ることができずにいることだけだ。
ここでまた、真実。
仁井くんは、理花子の彼氏なのだ。
変わらずそれは、事実。
久しぶりに司くんと休日にデートすることになった。
「なんか、久しぶりだよな。最近一緒に帰れてなかったし」
「勉強したくなったら言ってね。いつでも図書館に行ってもいいし、なんなら帰ってもいいからね」
私なりの気遣いだったのだが、司くん的には、そうは捉えられなかったらしい。
「沙咲、デート来たくなかった?就活、大変だよな」
「違う。ただ、受験の邪魔はしたくなくて」
会いたかった。
話したかった。
そう言えばいいのに、何も言って困ることはないのに。
言えば、司くんが笑顔を見せてくれると分かっているのに。
笑顔が見たくて、付き合ってるのに。
嫌いと言えない私は、好きとも言えなかった。
「邪魔なわけないだろ。むしろ、この為に頑張ってるのに」
「うん、ごめん」
その時の空気で感じた。
私はこんなだから、自分の意思がないように流されてきてしまったのだと。
私達は、初めてデートした日と同じように映画を観ることにした。
「今日は、沙咲が観たい映画が観たい」
私は恋愛映画を選び、司くんの反応を伺った。
でもそれは、私が選んだものを気に入らなかったらどうしよう、というものではない。
私が選んだものを気に入ってほしいという、願望からくるものだった。
「面白そう。でも、隣で泣いたらごめん」
司くんは、映画のストーリーを確認しながら、笑って言った。
「感情移入?」
ついその言葉を口にしたけれど、それは仁井くんを彷彿とさせる私のミスだったと気付く。
司くんは平気な感じで、
「そう。だって、映画はそういうもんだろ」
と言った。
「そうだね。でも、感情移入して観るタイプの映画と、異世界を楽しむタイプがあるよね」
「確かにそうだな。宇宙が舞台のファンタジーってなったら、感情移入よりも知らない世界へのワクワクが多い」
「うん。映画の中でだけは、違う世界に行ける」
「俺はどっちも好きだ」
「私も」
私は司くんに同調しながら、私達の間にある余計なものについて考えた。
それを無くしたい。
無くしたいと伝えたい。
実際に、無くなりつつある。
そのことに、気付かせたい。
司くんの思い違いだと、堂々と言える日が早く来てほしい。
私の一等賞は今、その価値を失いつつある。
仁井くんという共感は、いつか消える。
共感はそれを望んでしまえば、いつか悲しみや憎しみに繋がる。
共感を得られなかった時に、自分の見たくない姿を見ることになる。
だから、私は司くんが良い。
仁井くんじゃない。
仁井くんじゃなくて、あなたが好きだと、伝えたい。
結局映画は、お決まりの流れでエンディングを迎えようとした。
それなのに、司くんが号泣するものだから、私も、この作品の意図したところや、感動ポイントを探し出し、分かった気になる。
司くんの隣で、司くんのとは違う、どこか偽りの、同調の涙を流した私は、それでも満足していた。
エンドロールで、司くんは自分と同じように涙する私に気付き、満足しているように見えた。
映画の後は、ファミレスに寄ってから、何となく暗くなる前に帰ることになった。
歩きながら私は、今日中に解決しようと、勇気を出した。
「私・・・」
ちゃんと本当のことを、一つでも伝えよう。
私は、司くんのことが・・・
でも、司くんは私の声を遮って言った。
いや、私の声が小さすぎて届いてなかっただけかもしれない。
「詩音、大学行くって」
「え?」
司くんは少し気まずそうな顔をした。
「なんで伝えてるのかよく分かんないけど、まあ、そういうこと」
「うん」
「詩音とは、将来の夢とか、そういう話しないから詳しくは知らない。あ、さすがに夢まで真似されるって疑ってるわけじゃないんだ。ただ、そういうのってちょっと、照れ臭いっていうか」
「そっか」
やっぱり私達の間には、余計なものがある。
だから、その後に繋いだ司くんの手は、いつもよりどこか力が弱く、その弱さによって、私の何かを探られるようだった。
探られながら私は、大学に行くらしい仁井くんのことを考えていた。
二度目の、仁井くんを表彰台から引きずり降ろすイメージ。
前なら、いくら強く手を引っ張っても、びくともしなかった。
でも今は、私がそんなに強い力で引っ張らなくても、仁井くんは簡単に表彰台から降りてくれそうだった。
そもそも、その場所は仁井くんが望んだ場所じゃない。
そこに仁井くんの意思はない。
修学旅行のあの夜や、万引きしたことを告白したあの夜のせいで、私が勘違いしているだけ。
私が一方的に、勝手に決めた場所なんだ。
「司くん」
「何?」
「私が司くんの為に何か出来ることないかな?例えば・・・受験だから、合格祈願のお守りがほしいとか」
「お守り?えーっと。じゃあ」
「うん」
「呼び捨てしてほしい」
「うん」
「いいの?」
「うん。司」
あからさまに喜ぶから、私はただただ嬉しくて、何度でも、“司”と呼びたいほどだった。
コンビニでバイトを始めたのは知っていたけれど、ここだとは思わなかった。
彼女は何かを尾田先生に伝えると、レジの奥、バックヤードに消えていく。
今の尾田先生の表情からは、何も読み取ることができなかった。
理花子が、尾田先生に言い寄られたと言ったのは、本当だったのだろうか。
でも、私は彼女の嘘を見抜くのに長けている。
そう思いたいが、そんなのは当てにならないのかもしれない。
その勘は、私の中で絶対的だったのに、それを信じられなくなるなら、私はどうしたら良いのだろう。
少しすると尾田先生は、おそらくコーヒーだと思う缶を二つ買い、外に出た。
少しすると私服姿の理花子も出てきて、缶を一つ受け取る。
腕を組んだり、手を繋いだらどうしようかと緊張したけれど、そんなことはなく、ただ二人は並んで夜の道を歩き出した。
私はあとをつける。
こんな私はおかしい。
これは誰かの影響を受けた行動なのか、誰かの真似をしているのか。
もしくは、誰かの感情が私の感情のように思えているのか。
先生が心配だから。
それをこの尾行の正当な理由にしようとしている。
まるで自分が優しい人間かのように。
二人が進むにつれ、私はどこに向かっているのかが分かった。
住宅街に入ると、二人の足音が聞こえるほど静かになる。
喋っているのなら、声も聞こえてきそうだ。
ただ、さっきから様子を見ている限り、会話はほとんどしていなく、二人が一緒にいる目的は”一緒に帰る“というその行為だけのように思えた。
「送ってくれてありがとう」
豪華な家の前で、理花子はタメ口で先生にお礼を言う。
「ああ。じゃあまた明日、学校で」
「はい」
理花子が中に入っても、尾田先生はしばらくその場から動かなかった。
動けずにいる、という方が正しい気もした。
不倫?
不倫にしては、堂々と家まで送っているし、空気感が違う。
奥さんとうまくいっていない?
一体なんだったのだろうか。
ようやく歩き出した尾田先生。
私は、尾行を続けた。
先生の歩く速度はやっぱり遅い。
先生は、学校のある駅まで電車で戻ると、駅から十分ほど歩いたところにある駐車場まで進んだ。
そして、停めてある車に乗る。
私は先生の遅すぎる歩みに、逆に疲れながら、そこまで尾行した。
車が発進すると、一瞬、タクシーに乗って追い掛けようとも思ったが、さすがにそこで留まった。
駅から離れた場所ではタクシーがすぐに捕まらないのが、幸いだったのかもしれない。
それ以上は、ダメだと分かっていた。
ここまでつけて来たのも、もちろん良いとは言えないが。
それから私はその行為を繰り返した。
最初を乗り越えれば、あとは慣れ。
最初が司くんと一緒だったせいか、続けることの罪悪感は少なく済んだ。
司くんとのデートは、怪しまれない程度に疎かにし、バイトを終えると私は、理花子の働くコンビニに行く。
司くんは司くんで友達の多い人だし、アルバイトもしているから、怪しまれることはなかった。
雑誌コーナー、もしくはイートインに先生がいれば必ず、店内には理花子がいた。
レジや商品の品出しなどをしている。
そして先生は彼女を家まで送る。
私は先生が車に乗り、発進させ、街の中へ消えていくのを確認して家に帰る。
そうすると、安心できた。
時々先生は、車に乗ってから、しばらく動かないことがあった。
運転席に座り、ただボーっとしている。
私はその時間に、先生の何か重要な部分を見た気になっていた。
動機もいまいち分からないまま、そんなことを繰り返す日々を過ごしていると、本格的に進路を決定しなければならない時期が近づいてきた。
私は就職希望だったが、こんな生活を、元担任を尾行するような、逆らえない同級生がいるような、彼氏以外に一等賞がいるような私が社会人になれるのか不安だった。
変化といえば、私が司くんとのデートを疎かにしていると思っていたが、大学受験の勉強の為、どちらかといえば私の方が疎かにされるようになっていること。
美容の専門学校に行くと言っていた理花子が、勉強のせいか、私の教室に来る回数が極端に減ったこと。
でもその二つの変化は、私に大きな影響を与えた。
まず、これまで司くんに会えていた時間に、会えないというのが思っていた以上に寂しいと気付いた。
キスしたいとかそんな、思春期の欲求なんかではなく、司くんの話を聞きたいとか、司くんを笑わせたいとか、そんな願望が私の中で声を上げていた。
そしてもう一つは、理花子が教室に来ない、私に構ってこないというのが、私の心を落ち着かなくさせた。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか。
私が、つまらなくなっただろうか・・・
あれだけ好きではないと、逃げたいと思っていた存在だったのに。
喜ばしいことなはずなのに。
中学からの何年もの習慣や、刻み込まれた感覚のせいで、落ち着かなかった。
だから、そういった望ましくない慣れを、どうにか自分から追いやる。
そうすれば、真実や本当に思ってたことが高速でコンピューターに打ち込まれる文字のように浮かび上がる。
理花子が私のところにくるのが怖かった。
友達だとは思えなかった。
対等とは程遠かった。
そして少しすればまた、臆病になったりもする。
来なかったら来なかったで、自分の悪口を言われている気がする。
あの嘘つきは、私のあることないことを誰かに話すのではないか。
ふたたび、真実を探す。
そうだ。
彼女は嘘つきだ。
離れていいんだ。
彼女のいない日常に慣れればいい。
それが私の望みなのだ。
彼女がいなければ、白瀬ちゃんともっと話せる。
そう言い聞かせ続けた。
真実と虚偽を頭の中は繰り返す。
ただ一つだけ残念なのは、理花子が話しに来ないせいで、仁井くんの進路を知ることができずにいることだけだ。
ここでまた、真実。
仁井くんは、理花子の彼氏なのだ。
変わらずそれは、事実。
久しぶりに司くんと休日にデートすることになった。
「なんか、久しぶりだよな。最近一緒に帰れてなかったし」
「勉強したくなったら言ってね。いつでも図書館に行ってもいいし、なんなら帰ってもいいからね」
私なりの気遣いだったのだが、司くん的には、そうは捉えられなかったらしい。
「沙咲、デート来たくなかった?就活、大変だよな」
「違う。ただ、受験の邪魔はしたくなくて」
会いたかった。
話したかった。
そう言えばいいのに、何も言って困ることはないのに。
言えば、司くんが笑顔を見せてくれると分かっているのに。
笑顔が見たくて、付き合ってるのに。
嫌いと言えない私は、好きとも言えなかった。
「邪魔なわけないだろ。むしろ、この為に頑張ってるのに」
「うん、ごめん」
その時の空気で感じた。
私はこんなだから、自分の意思がないように流されてきてしまったのだと。
私達は、初めてデートした日と同じように映画を観ることにした。
「今日は、沙咲が観たい映画が観たい」
私は恋愛映画を選び、司くんの反応を伺った。
でもそれは、私が選んだものを気に入らなかったらどうしよう、というものではない。
私が選んだものを気に入ってほしいという、願望からくるものだった。
「面白そう。でも、隣で泣いたらごめん」
司くんは、映画のストーリーを確認しながら、笑って言った。
「感情移入?」
ついその言葉を口にしたけれど、それは仁井くんを彷彿とさせる私のミスだったと気付く。
司くんは平気な感じで、
「そう。だって、映画はそういうもんだろ」
と言った。
「そうだね。でも、感情移入して観るタイプの映画と、異世界を楽しむタイプがあるよね」
「確かにそうだな。宇宙が舞台のファンタジーってなったら、感情移入よりも知らない世界へのワクワクが多い」
「うん。映画の中でだけは、違う世界に行ける」
「俺はどっちも好きだ」
「私も」
私は司くんに同調しながら、私達の間にある余計なものについて考えた。
それを無くしたい。
無くしたいと伝えたい。
実際に、無くなりつつある。
そのことに、気付かせたい。
司くんの思い違いだと、堂々と言える日が早く来てほしい。
私の一等賞は今、その価値を失いつつある。
仁井くんという共感は、いつか消える。
共感はそれを望んでしまえば、いつか悲しみや憎しみに繋がる。
共感を得られなかった時に、自分の見たくない姿を見ることになる。
だから、私は司くんが良い。
仁井くんじゃない。
仁井くんじゃなくて、あなたが好きだと、伝えたい。
結局映画は、お決まりの流れでエンディングを迎えようとした。
それなのに、司くんが号泣するものだから、私も、この作品の意図したところや、感動ポイントを探し出し、分かった気になる。
司くんの隣で、司くんのとは違う、どこか偽りの、同調の涙を流した私は、それでも満足していた。
エンドロールで、司くんは自分と同じように涙する私に気付き、満足しているように見えた。
映画の後は、ファミレスに寄ってから、何となく暗くなる前に帰ることになった。
歩きながら私は、今日中に解決しようと、勇気を出した。
「私・・・」
ちゃんと本当のことを、一つでも伝えよう。
私は、司くんのことが・・・
でも、司くんは私の声を遮って言った。
いや、私の声が小さすぎて届いてなかっただけかもしれない。
「詩音、大学行くって」
「え?」
司くんは少し気まずそうな顔をした。
「なんで伝えてるのかよく分かんないけど、まあ、そういうこと」
「うん」
「詩音とは、将来の夢とか、そういう話しないから詳しくは知らない。あ、さすがに夢まで真似されるって疑ってるわけじゃないんだ。ただ、そういうのってちょっと、照れ臭いっていうか」
「そっか」
やっぱり私達の間には、余計なものがある。
だから、その後に繋いだ司くんの手は、いつもよりどこか力が弱く、その弱さによって、私の何かを探られるようだった。
探られながら私は、大学に行くらしい仁井くんのことを考えていた。
二度目の、仁井くんを表彰台から引きずり降ろすイメージ。
前なら、いくら強く手を引っ張っても、びくともしなかった。
でも今は、私がそんなに強い力で引っ張らなくても、仁井くんは簡単に表彰台から降りてくれそうだった。
そもそも、その場所は仁井くんが望んだ場所じゃない。
そこに仁井くんの意思はない。
修学旅行のあの夜や、万引きしたことを告白したあの夜のせいで、私が勘違いしているだけ。
私が一方的に、勝手に決めた場所なんだ。
「司くん」
「何?」
「私が司くんの為に何か出来ることないかな?例えば・・・受験だから、合格祈願のお守りがほしいとか」
「お守り?えーっと。じゃあ」
「うん」
「呼び捨てしてほしい」
「うん」
「いいの?」
「うん。司」
あからさまに喜ぶから、私はただただ嬉しくて、何度でも、“司”と呼びたいほどだった。
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