上 下
881 / 1,811

神の試練

しおりを挟む


「……ちょっと、これって……!?」
「ぐぬぬぬぬ……があぁぁぁぁぁぁ!!」

 自分の口から、獣のような声が出ているのを自覚する。
 だけど、何を叫ぶのか自分でもよくわかっていない状態になってしまっているので、容赦して欲しい。
 とにかく、叫びながら一歩……前へと足を出す。
 前へ進む意思を持った方が、かかる重圧が軽くなる気がしたから……後ろに下がるのは、心よりも体が耐えれられそうにないからでもあるけど。

 前のめりに、少し体を傾けて……元々耐える時に前傾姿勢になっていたかな? ともあれ、重い体を動かしてなんとか一歩、前へと進んだ。
 そうして、前に出した右足で地面を踏みしめた瞬間、体内で爆発的な力が溢れている事に気付く……。

「え、あれー。ちょ、ちょっと待って……」
「リクー、そのまま行くのー!」
「……ちょっとまずそうなのだわ。アルネ、非難なのだわー」
「え、あ、わ、わかった!」

 周囲で、アルセイス様の戸惑いやユノの声援、エルサが離れてアルネと一緒に距離を取った事も、なんとなく理解できた。
 だけど、それらに反応する前に、体内……体の奥底から溢れんばかりの力を、押しとどめる事はせず、そのまま体にかかる重圧と一緒に弾き飛ばすイメージで、放出!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃー!」
「さすがリクなのー!」
「くっ、うぅ……これは激しいな」
「良かったのだわー、離れていなかったら直接私があれを受ける所だったのだわ」

 溢れる力と重圧、それと共に自分でもよくわからない何かが外に出る感覚と一緒に、喉から声を振り絞って大きく叫ぶ。
 獣のような、およそ人間が出す声ではなさそうな音が、自分の耳にも聞こえるが、だからといって体内から外に向かって激しく放出される力によって、言葉を出す事すらできない。
 目を見開き、絞り出すように声と共に力を放出、目に入る周囲の光景は、荒れ狂う風に耐えるようにしているアルネとエルサ。
 アルセイス様は軽く飛ばされかけて、何とかとどまっているような状態……唯一、ユノだけは平気そうにしていた……。

「はぁっ! ぜぇ! はぁ! はぁ……」
「お、おさまった、のか?」
「そのようなのだわ。なんとか飛ばされずに済んだのだわー」
「おー、さすがリクなの! アルセイスの干渉を全部吹き飛ばしたの! でも、大丈夫なの?」
「ユノ様ー、私の事も心配して欲しいのですけどー?」
「アルセイスは自業自得なの。リクを試すのなら、最初だけで良かったしわかっていたはずなのに、必要以上にやるから反撃されただけなの!」
「うぅぅ……確かにそうですけどー……」

 少しだけ後、力やら何やらをすべて体外へ放出終わった俺が、空気を求めて荒い息を吐く。
 周囲には、もう荒れ狂うものはなにもなく、俺達が来た時と同様の静寂と平穏が広がっていた……一部、アルセイス様とユノが騒がしいくらいか。
 アルネやエルサは、距離が離れていた事もあって飛ばされたりせず耐えられてようだけど、アルセイス様は最後の方で何かの塊が顔に直撃したような動きで、弾き飛ばされて地面に仰向けで倒れていた。
 体が求める空気を吸いこみながら見回すと、広場から外へはなんらかの結界みたいなものがあるらしく、木々には影響はなかった様子。

 広場の方に荒れ狂っていた力は、何事もなかったかのように消滅して、さっきまでの事が嘘のような静寂だ。
 まぁ、アルセイス様が倒れているので、嘘でもなんでもなく実際にあった事なんだと示してくれているけど……。

「はぁ……なんとか、なった……かな?」
「リクは見事に、アルセイスの課した試練に打ち勝ったの! それどころか、アルセイスに反撃までして倒したとも言えるの!」
「え、いや……必死だったし、反撃するとまでは考えていなかったんだけど……」
「強烈な一撃だったわよー? まさか、試練を課した神に反撃する人間がいるとは、思っていなかったわー」
「だから、それはリクの事を甘く見たアルセイスが悪いの。圧を与えて耐えるくらいだけだったら、反撃されなかったの!」

 落ち着いてきた呼吸から、重圧やら何やらがなくなっていつもの状態に戻っている事に気付いて、呟く。
 すぐにユノが、両手を上げながら俺をの周囲を駆け回っているけど……喜びの表現と思っておこう。
 ともあれ、アルセイス様の試練をなんとかクリアしたみたいだね。
 強烈な一撃とか、反撃には心当たりがないけど……もしかして、溢れるような力を放出した時、塊をぶん投げるイメージもしたりしたからだろうか? そういえば、アルセイス様は何かが顔に直撃したような感じだったし、放出する先もアルセイス様に向けてって考えていたような……。

 アルセイス様から課せられた試練だったし、跳ねのけるならそちらだと思っただけだったんだけど、何やらやらかしてしまっていたらしい。
 謝っておいた方が、いいかな? 神様だし。

「えっと……ごめんなさい?」
「そんな取ってつけたような謝罪は、いらないわー。ユノ様の仰る通り、私もやり過ぎたのは確かだし、おあいこって事にしておくわねー。まさか、私の試練をここまで見事に打ち破るとは思っていなかったわー」
「打ち破ったのは、試練どころじゃなくアルセイスごと打ち破ったの」
「ユノ様ー、それは言わないで下さいよー」
「アルセイスがやり過ぎなければ、そこまででもなかったの! 神なのだから、おとなしく負けを認めるの!」
「いや、勝ち負けとか、そういう事じゃないんじゃ? ただ、アルセイス様の試練を受けたってだけで。まぁ、急だったからせめてもう少し、心構えとかさせて欲しかったけど……」
「うぅぅ……奇襲みたいになったのに、あれだけやり返されたら、私の負けを認めるしかないじゃないのー」
「だから、さっきからそう言っているの! リクの勝ちなの! リクはこれで、神を打ち負かした人間になるの!」
「えぇ……打ち負かしたとか、そんな話なのか?」

 なぜかはよくわからないが、負けを認めたくないアルセイス様と、俺が勝ったと言い張るユノと言う構図になっている。
 俺としては、急に来てびっくりしたけど、ともあれアルセイス様からの試練を乗り越えた……くらいにしか思っていないんだが……。
 というか、神を打ち負かした人間って、何か仰々しいような……下手をしたら、英雄とか言われるよりも不相応な気がするんだけど?

「というか、さっきのでそんな事になるのか?」

 確かに、俺が放出した力の塊のようなものが、アルセイス様に直撃していたように見えるけど……反応でそう見えただけで、実際に塊は不可視だったのでよくわからない。
 それだけで神に勝った事になるとは思えず、ユノに聞いてみた。
 どちらかと言うと、重圧を受けた俺の方がやられそうだったし、今も全身をなんとなくだるさが包んでいるから、ダメージが大きいと思うんだけどね。

「もちろんなの。アルセイスはエルフの魔力を介して顕現しているけど、触れる事はできるの。でも、実際に剣で斬っても痛みとかはないはずなの。へっちゃらなの」
「ユノ様、さすがに剣で斬られたら痛くなくても、気分は悪いですよー?」
「でも、純粋な魔力なら話は別なの。まぁ、魔法は効き目がほとんどないけど……わかりやすく言うと、精神的な存在の神には何物にも変換していない魔力が有効なの」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

罪からはそう簡単に逃げられませんよ~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:17

梓山神社のみこ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:426pt お気に入り:0

窓側の指定席

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,435pt お気に入り:13

私のわがままな異世界転移

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:45

melt(ML)

BL / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:13

傾国の王子

BL / 完結 24h.ポイント:560pt お気に入り:12

飯がうまそうなミステリ

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:639pt お気に入り:0

結婚詐欺

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:44

憂鬱喫茶

ホラー / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:0

処理中です...