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怪しい男を捕縛

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「何かやった人が逃げているんだろうけど、物騒だなぁ」
「うるさいから、さっさと捕まるべきなのだわ」

 衛兵さんを見送り、ドップラー効果のように小さくなっている声を聞きつつ、頭にくっ付いているエルサを撫でながら話す。
 そして、適当な話をしながら衛兵さんが走って行ったのとは反対方向、大きめの通りの横道に入った。

「……リク様」
「わかりました」

 横道に入ってすぐ、建物の開け放たれている木窓から小さな声が聞こえ、それに頷く。
 そして、何事もなかったように通り過ぎて、別の通りへと出た。

「なっ!!」
「はーい、おとなしくしてくださいね~」
「……よし。リク様、上手くいったようです」

 通りへ出てどちらへ歩き出そうか……なんて、平常を装いながら立ち止まって顔を巡らせていた時、後ろから何者かの声。
 さらに女性の間延びした声と、窓から聞こえたのと同じ声が聞こえ振り返る。

「くっ……! このっ!」
「暴れるなっ!」
「ぐっ……ふっ!」
「手荒な事は……まぁ、暴れていたから仕方ありませんけど……」
「はい、おとなしくさせました」

 俺が振り返ると、リネルトさんが後ろから羽交い絞めにしている男性が、逃げようともがいていた。
 おとなしくさせるためだろう、アマリーラさんが拳をみぞおちあたりに一撃……くぐもった声を出して、ぐったりと動かなくなった。
 捕まえるために仕方ないとは思うけど……拳を握ったまま、こちらにいい笑顔で振り向いたアマリーラさんは、ちょっと怖かった。

「……計画通りに行きましたね」
「そうですね。まぁ、ようやくといった感じですけど。ただ、本当にこの人がそうなのかは、確かめないといけません」
「人ごみに紛れるのが上手かったですからね~。見かける日と見かけない日もあって、さらに手を打ってようやくですよ~」
「やっと、あの茶番も終わるのだわー」
「茶番って、最初は結構面白そうだったじゃないかエルサ」
「……ぐ、うぅ……」
「おっと、何はともあれ気が付く前にさっさと運んでしまいましょう」
「はっ」
「はい~」

 気絶して、動かなくなった男性を縛るリネルトさんを見ながら話していたら、目を覚ましそうな声を漏らしたので、別の場所へ運ぶために移動を開始した。
 エルサが茶番と言ったり、リネルトさんが手を打ったと言ったり、俺が計画通りと言っているのは、実は囮になると決まってから打ち合わせしていたからだ。
 怪しい人物をアマリーラさん達が発見した場合、直接俺に伝えるのは怪しまれて逃げられそうなので、本当に俺をつけていたり監視しているのかの確認も含めて、一芝居打ったってわけだね。
 実は先程通りを横切った衛兵さんも、仕込みだったりする。

 アマリーラさん達が怪しい人物などを見つけたら、衛兵さん達を動かして捕り物を演じてもらう。
 その衛兵さん達が向かった方向と逆側に、アマリーラさん達が潜んでいるので、そこで合流。
 さらに人通りの少ない横道を使う事で、ふるいにかけたってわけ。
 まぁ、普通にアマリーラさん達が待っていてくれると思っていたから、建物内の窓から声をかけられた時は、驚きを隠すのに苦労したけど。

 そうして、俺が道を抜けるのに合わせてマークしていた人物をアマリーラさん達がやり過ごし、窓から外に出て後ろから捕まえた……という流れだ。
 囮になる事が決まってからアマリーラさん達と考えた事だけど、怪しい人物を特定するまではともかく、特定してから捕まえるまで、こんなにすんなりいくとは思わなかった――。


「うぅ……」
「意外と起きないものですね。そろそろ、話を聞きたいので起きて欲しいんですけど……」
「アマリーラ様の拳が突き刺さりましたからね~、臓物をぶちまけて数日動けなくなてもおかしくないですよ~」
「私も加減くらいは知っている。少しおとなしくさせるためだったのだから、そこまではしない」
「あはは……」

 お世話になっている宿に男を運び込み、一室を借りて椅子に座らせる……気絶した人間、と言うだけならベッドに寝かせるんだけど、尋問する相手だからね。
 もちろん、椅子にがっちり縛り付けてあるし、部屋にも結界を張って内外の声は聞こえ失くしており、部屋の中で何かあっても宿が壊れる事はない。
 それはともかく、運び込んでからしばらく経っても、時折声を漏らすくらいで男が起きる気配がない。
 結構、深々と拳が突き刺さっていたからなぁ……。

 運び込む際、リネルトさんとアマリーラさんがそれぞれ足を持って、地面を引きづりながら運んだんだけど……もしかしたらそれが原因で起きないくらいのダメージを受けたとか、あるかな?
 ちなみに男は、年の頃は二十代くらいで、なんの変哲もない人間に見える……これで、クラウリアさんみたいに全身をローブで隠しているとかだったら、怪しさ大爆発なんだけど。
 まぁ、人に紛れて誰かを監視するのに、そんな怪しい恰好をしていたらもっと早く見つけられたか。

「おい! 貴様、リク様がこうしてここに都合をつけて下さっているのだ。さっさと目を覚ませ!」
「いや、俺は別に……暇とは言わないですけど」

 目を覚まさない男に、アマリーラさんが焦れたのか肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
 俺自身、暇ではないけど調査も停滞しているし、ハウス化も終わったしで忙しいわけでもないんだけど……。

「……この! 起きろ!」
「ちょ、ちょっとアマリーラさん?」
「リク様、こうなったアマリーラ様は止まらないので、見ておくしかありませんよ~」
「そ、そうなんですね……」

 揺さぶっても声をかけても目を覚まさない男……ついにアマリーラさんが、両頬を平手でたたき始めた。
 要するに往復ビンタだね、叩かれるたびに、右へ左へと顔を向けさせられるのはかなり痛そうだ。
 さすがに止めようと声をかけたけど、首を振ったリネルトさんに止められた。
 アマリーラさん、クールな印象があったんだけど……意外と直情型なのかもしれない。

「う、うぅ……」
「ふぅ、ようやく起きたか……」
「お疲れ様です、アマリーラ様」
「……ちょっとやり過ぎな気がしますけど、まぁ、いいか」

 呼びかけられた声か、それとも痛みか……多分痛みが勝っているだろうけど、男は両頬が腫れるくらいになってようやく意識を取り戻した。
 いい運動をした、というように額の汗をぬぐう仕草をするアマリーラさん。
 怪しい動きをしていたのは間違いないけど、これでこの男が最近のセンテ周辺での異変に関わっていなかったら、ちゃんと謝って治療してあげようと思う。

「おい、男。お前は何者だ……」
「ご、ごこは……いっだいどご……うぅ、動け、ない?」

 目を開けて顔を上げた男を問い詰めるように、睨みながら低い声を出すアマリーラさん。
 横で聞いている俺も少し怖いんだけど……それはともかく、男は周囲の状況に戸惑うのでいっぱいいっぱいのようで、しかも頬が腫れ上がっているから少し喋りづらそうだ。
 険しい表情をしているのは、頬が痛いからだろうけど。

「お前の身柄は拘束させてもらっている。言え、何が目的でリク様を尾行していた!」
「びごう……お、おではぼぐでぎだんで……!」


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