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転がして帰還

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「どうしたのだリク殿? 私はいつでもいいぞ!」
「はぁ……わかりました。それじゃ、行きますよ!」
「リ、リク様!?」

 楽しそうな声しちゃって……とにかく、シュットラウルさんの要求に承諾したように応え、近くに歩み寄る。
 俺が鞘で打つと思ったのか、大隊長さんは焦っている様子だけど大丈夫、そんな事はしないから。

「よし……結界!」
「お!?」
「は?」

 とりあえず地面に置いてあった剣を取って鞘に納め、イメージを固めて魔力を解放。
 残り少なくなってきた魔力、そろそろ限界が近いけど……ちょっとだけ無理をして、結界を発動した。
 シュットラウルさんは丸くなっているので、俺の事が見えないんだろう、期待感を孕んだ声を漏らす。
 大隊長さんはよくわからないといった様子だ。

「さて、これで大丈夫です。さ、シュットラウルさんを押して行きましょう」
「は、はぁ」

 俺が張った結界は、ワイバーン達が作った門までの道を確保するためのもの。
 これまで俺達の周囲を囲んでいた円柱状の結界の維持を止め、魔力の節約をしつつ、魔物達が道に流れ込めないように壁を作ったってわけだね。
 魔力消費としては、円柱の時とそう大差ないけど……維持よりも新しく発動した方が魔力を消費するから、ちょっと残りの魔力が心配だったりする。
 まぁ、門に到着するまでは大丈夫だろうから、なんとかなるか。

「リ、リク殿? 一体どうなったのだ?」
「はいはい、とにかく行きますよー」
「お、おー、おぉ?」

 丸くなったシュットラウルさんを、後ろから押して鎧ごと転がし始める。
 ワイバーンとは違って、鎧が引っかかるな……ちょっと力を入れなきゃいけないけど、これくらいは大丈夫か。
 大隊長さんも手伝ってくれるし。

「おぉぉぉぉぉ! リ、リク殿! これ、これは! 目が……!」

 ある程度転がって、魔物達の間にできた道に入る頃、シュットラウルさんから悲鳴のような声が聞こえた。
 そりゃそうだ……鎧に守られているとはいえ、中ではほとんど外の様子が見えない状態のシュットラウルさんが入って、回転しているんだから。
 人間って、結構回転に弱いからね。
 門に到着する頃には、立ち上がれなくなっているんじゃないだろうか?

「シュットラウルさんが自分で臨んだ事ですからね? それに、ワイバーンと同じようにしていたら、もっと厳しかったはずですから、これくらい我慢ですよ」
「……侯爵様、申し訳ありません!」

 他に方法がないわけじゃないと思うけど、魔力量の関係でとにかく門へ戻る事を優先させてもらう。
 鎧を着ている大隊長さんと協力してだから、進みはあまり速くない。
 謝りながらもシュットラウルさんを押している大隊長さんは、俺と同じく門を目指すのを優先してくれている。

「結界、でしたか。魔物達が、張り付いている状況の中を歩くというのは、生きた心地がしませんね。シュットラウル様を転がしているという状況もなのですが」
「まぁ、結界は透明で目に見えませんからね。向こう側の魔物がはっきりと見えてしまっています。大丈夫ですよ、結界が壊されたりはしませんから。シュットラウルさんはまぁ、仕方ないと思いましょう」
「リ、クど……ぐぇぇぇ……おぉおぉぉぉお? うっぷ……おえ……」

 キョロキョロとしている大隊長さんは、魔物がすぐそばにいるのに結界に阻まれて襲って来ない状況に、気が気じゃない様子。
 慣れていないと、いや俺も今の状況に慣れているわけじゃないけど……とにかく、透明な結界は頼りなくて不安になってしまうのかもね。
 大隊長さんが安心してくれるよう声を掛けながら、シュットラウルさんを転がして門への道を進んだ。
 頭の上に乗っかっているエルサは、何やら溜め息を吐いていたけど。

 あと、転がっているシュットラウルさんからは、悲鳴だけでなくえづきが聞こえてきたけど……鎧の中が大惨事になっていない事を願うばかりだ。
 いやまぁ、転がすのを止めてシュットラウルさんを歩かせればいいんだろうけど、多分この状態から立ち上がるのも時間がかかりそうだからなぁ。
 無理に丸まったせいか、鎧の一部に亀裂のようなものが見えたから……。
 転がしているせいもあるのかもしれないけど。

 もしかすると、立ち上がろうとしたら崩壊する可能性もあるかな?
 とにかく、こんな所で壊れた鎧の回収をしている時間もないので、シュットラウルさんには悪いけどこのまま転がして進む事にした――。


「うぅ……おえっぷ……」
「リク……侯爵様を連れて戻って欲しいとは頼んだが、これはさすがに」
「シュットラウルさんが望んだ事ですから。それに、俺にも余裕がなかったので、すみません」

 無事門までたどり着き、兵士さん達によって救出……もとい鎧を剥ぎ……いやいや、鎧を脱がされたシュットラウルさん。
 隅の方で両手両膝を地面に突いて、えづきを繰り返している。
 幸い、リバースする事はないようだけど、相当しんどそうだ。
 それを見ながら、俺はマックスさんに呆れ半分に見られて注意されていた……。

「リクに余裕がない?」
「まぁ、南側の魔物の殲滅、ワイバーンと戦ったりで……魔力がそろそろ危険域です。倒れる事はないですけど」
「そ、そうなのか。なら、仕方がない……のかぁ?」

 首を傾げるマックスさんだけど、それで押し通す事にした。
 魔力が危険域というのは、本当の事だからね。
 ちなみに、地面に突き刺さって埋まっているワイバーンは、今他の兵士さん達が協力して掘りだされようとしている。
 転がって来た時は、魔物の攻撃だと思って様子を窺っていたらしいけど、俺が戻って来て説明したから納得してくれた。

 最初、丸くなっているのがワイバーンだとは思わなかったらしいし……まぁ、それも仕方ない。
 ともあれ、俺が結界を解いた途端、できた道を埋めるように満たした魔物はしかし、ワイバーンの活躍……主にボウリング球もあって勢いを衰えさせていたので、盾部隊が押し返した。
 門の前には余裕ができているので、安全にワイバーンを救出できるってわけだ。
 さっき、ちょっと声を掛けたらボスワイバーンが何やら切ない声を漏らしていたけど……自分で抜け出せないのが、辛いのかもね。

 もう一体のワイバーンは寝ていた……あちらはむしろ、ボウリング球になるのが楽しかった様子でもある。
 ワイバーンにも、色んな趣味があるんだなぁ……。

「大丈夫か、ボスワイバーン?」
「ガァゥ……」

 助け出されたボスワイバーンに声をかける。
 ……地面から出られたのに、まだ丸まったままで寝ているワイバーンは方は置いておくとして……やり遂げた満足感が漂っているから、あのままでいいだろう。
 ボスワイバーンは、もう二度とあんな事はしないと言うように、項垂れて小さく吠えた。

 俺が打った背中は……ちょっと跡が残っているようだけど、概ね再生しているようだね。
 結構な時間が経っているのに、まだ完全に再生していないのはやっぱり強く打ち過ぎたからなんだろう、加減できなくてごめん。
 シュットラウルさんに同じ事をしなくて良かった……。


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