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誰かを犠牲にして逃げるという選択肢
しおりを挟む「とにかく、このままここで戦っていたら危ないわ。少し下がるわ……いえ、下がりながら戦うわよ」
「わかったわ、母さん」
息を整えるソフィーとフィネさんも、母さんの言葉に頷き、ジリジリと下がり始める。
飛来する魔法は、武器で打ち払い、時折魔法で相殺し……迫る魔物は私と母さんで動きを止めて、ソフィー達に止めを刺してもらう。
これまでにもやってきた戦い方だけど、距離を取りながらだから少しだけ余裕ができる。
ただ、複数の魔物達に睨まれている状態だから、背を向けて走り出すわけにも行かない……間違いなく追い付かれるから。
それに、思うように距離が取れずに焦れてしまう気持ちもある。
囲まれていない事が唯一の救いではあるけど……このままだと、侯爵軍の直接の援護が見込める場所まで下がるまでに、魔物達に距離を詰められて押し潰されてしまう可能性が高いわ……。
「……あまりやりたくなかったけど」
「母さん?」
魔物達を見据えながらも、後ろに下がっている中、母さんが小さく呟いた。
何かを覚悟したような、そんな口調に嫌な予感が膨れ上がる。
「私が残って、魔物達を引き付けるわ。その間に、モニカ達は一気に後ろに下がりなさい」
「なっ!」
「そんな!?」
「……」
母さんの言葉に、ソフィーとフィネさんが飛び掛かってきたオルトスを斬り伏せながら、驚きの声を上げる。
私は……母さんと同じく二人の後ろから見ている事や、冷静に努めようとしていたから、なんとなく予想していた言葉だったため、何も言えない。
今の状況、下がっている私達に対して、徐々に近付いて来る魔物達。
飛び掛かって来る魔物を退けてはいるけど、お互いの距離は縮まるばかり。
誰かが犠牲になって注意を引き付け、他の皆を逃がす……認めたくないけど、そんな手段が必要な状況なのだと、私自身も理解できた。
「わかっていると思うけど、このままじゃ四人共魔物に押し潰されるのを待つだけよ。それなら、一人の犠牲で三人を逃がす方が、この先のためにもなるわ。……こういう時は、私のような年長者に任せて若いモニカ達は、先を見据えるべきよ」
「そんな……マリーさんを犠牲になんて……!」
「言わんとしている事はわかりますが……冒険者として……いえ、騎士としてそれは看過できません!」
「ソフィー、フィネさん……」
母さんの言っている事は正しい。
今の状況で、誰か犠牲になる人物を選ぶとしたら私か母さんのどちらかだ。
ソフィーやフィネさんは、魔法が使えないから注意を引き付けるにしても、いくら武器を振り回したって限定的になってしまう。
私や母さんなら、広い範囲、多くの魔物に魔法をばら撒いて注意を引き付ける事ができるから……。
こんな、自分や母親を犠牲にする方法を冷静に考えているなんて、非情な人間と思われるかしら?
でも、私達はリクさんのように大量の魔物を蹴散らせる強さなんてない……覚悟は、一応決めて来ていたし、大きな戦いになれば成る程、こういった決断を迫られる事があるのだってわかっていたからね。
「……リクさんなら、どうしたかしら……? いえ、どうするのかしら……」
現実逃避と思われてしまうかもしれないけど、ヒュドラーと今も戦っているはずのリクさんに、思いを馳せる。
今は距離もかなり離れてしまって、魔物達が間に多くひしめき合っているからどうなっているかはわからないけど、きっと今もリクさん必死でヒュドラーと戦っているはず。
そんなリクさんだったら、こんな状況でも……リクさんの強さがなくても、決して諦めない気がするっ!
「……フレイムランス! はぁ、ふぅ……フレイムブラスト!」
「モニカ? 一体何を!」
「リクさん!」
「リク? リクは今もまだ、ヒュドラーと戦っているはずだが……?」
「モニカさん、急にどうしたっていうんですか?」
リクさんの顔を思い浮かべた途端、諦めの気持ちや悲しい気持ち、そんな気持ちに支配されていた考えが一気に晴れた。
私はリクさんじゃないから、不可能を可能になんてできない……けど、絶対に諦めないし、母さんを犠牲になんてさせない。
その思いで、近寄る魔物に魔法を放つ。
母さんやソフィー、フィネさんは、急になんの連携もなく魔法を使い始めた私に、戸惑うような視線を向けた。
「リクさんなら! 絶対に諦めないし、そんなリクさんに母さんを犠牲にして逃げたなんて、絶対に言えないわ! だから私も諦めない!」
「それは……そうだが……」
ソフィーも、母さん言われてから今の状況を正しく理解したのだろう、諦めないという私の叫びに戸惑いながらも否定的な表情をしている。
「他に何か、何か皆でこの場を切り抜ける方法があるはずよ! リクさんだって、これまで多くの絶望的な場面でも切り抜けてきたんだから!」
「ですが、リク様と私達は……」
フィネさんの言いたい事はわかるわ。
リクさんと私達は違う……エルサちゃんとの契約や、とんでもない魔力量がそれを示している。
けど、だからって諦めたら、私がこれから先リクさんと一緒にいる事、リクさんの顔を正面から見られないじゃない!
母さんを犠牲にしたら、絶対にリクさんは自分を責める……それは私達だって同じだけど、リクさんは一切悪くなくても、必ず自分が悪かったのだと思い込んでしまう。
それはさせたないし、リクさんに合わせる顔を失くしたくなんかない!
「私達とリクさんが違う……だから何だって言うの!? そんなのわかっているわ! けど、でもだからこそ、リクさんと一緒にいるためには同じ事はできなくても、状況を打破しなきゃいけないの! 諦めたらいけないのよ!」
「モニカ……あんた、そんなにリクの事を……娘の事を、わかっていなかったんだね」
叫びながら、周囲に何度も何度も何度も、魔法を放つ。
自棄になっているわけじゃない……的確とは言い難くとも、近付く魔物は私の魔法で確実に動きを止め、牽制されてくれている。
ほら、何もできないわけじゃないじゃない。
「見て! さっきから何度も放たれていた矢が、少なくなってきているの!」
侯爵軍から、私達やリクさんのいる場所を避けるように、降り注いでいた矢は今では数をかなり減らしている。
魔法も減っていて、先制の遠距離攻撃はそろそろ終わりが近付いているという事の証よ。
もちろん、これからもできる限り遠距離での攻撃がなくなるわけじゃないけど……これはつまり、侯爵軍が魔物とぶつかる前段階になっているという事でもあるわ。
そうすれば……。
「どれくらいかはわからないけど、でも耐えれば、耐え続けていれば後ろから多くの人が来てくれる! 私達は捨て駒じゃないの!」
「……センテが魔物に囲まれ、決死の覚悟でヘルサルまでの道を切り開くときもそうだったか」
「ですね。今ほどではありませんが、あの時も先行した私達に追随するように、侯爵様の兵が後詰めで魔物と戦ってくれました」
「私は、ヘルサル側で塞がれていた街道を切り開こうと、準備していたからその時の状況はわからないけど……モニカの言っている事は、よくわかったわ」
センテとヘルサルを塞ぐ街道を切り開く時、アマリーラさん達の協力のもと、魔物へと切り込んだのは記憶に新しいわね――。
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