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魔法を撃ち消して治療

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「あれは……こっちにもいたのか! 確か……レムレースだったっけ」

 リネルトさんと話した後、南を目指していた俺の目に、八つの首があるもう見慣れた大きなヒュドラー。
 その首周りには、黒い霧のような何かがたゆたい絡み付いているようだった。
 ヒュドラーの首から後ろにも広がっている黒い霧は、北側で見たのと同じようなギョロリとしたまばたきをしない大きな目。
 間違いない、レムレースだ。

「嫌な予感がして、早めに走ってきたけど……リネルトさんが言っていたように、本当に連携しているみたいだ」

 途中、魔物の足止めをしている中で沸き上がる嫌な予感に背中を押されて、足止めのマルチプルアイスバレットを使う回数を減らし、南への到達を急いでいた。
 レムレースとヒュドラーを邪魔しないためなんだろう、ガルグイユの魔法は放たれていないようだし、キマイラなどの他の魔物はヒュドラーの近くに行かないようにしているみたいだね。
 ヒュドラーもレムレースも、お互いを邪魔しないように、お互いの魔法を撃ち消したりしないようにもしているみたいで、順番に魔法を吐き出しているのが離れて見ている俺にはわかる。

 ヒュドラーもレムレースも、魔法を放つ直前に数秒の溜めがあるんだけど、それを補い合うようにしているのは厄介だ。
 これじゃ、足止めをしているはずのユノやロジーナも、まともに反撃できていないだろう……というか、無事なのだろうか? 嫌な予感はこれだったのかも。
 ただ、お互いを補い合うのが厄介でもその分、ヒュドラーもレムレースも全力で魔法を吐き出せなくなっている部分もあるように思う。

 ヒュドラーが広範囲に炎をまき散らしていないし、溶岩石も吐いていない……酸も出していないか?
 レムレースの方は、霧のどこからでも魔法を発動し、さらに連続で放つのを北側で見ていたけど、その数が少ない……威力はやっぱりガルグイユよりも高いようだけど。

「これならなんとか、ユノとロジーナも耐えてくれている……かな。でもずっとは無理だろうから、急がないと!」

 観察しながらも走り続け、焦る気持ちを抑えてヒュドラーの前に降り注ぐ魔法の着弾点に近付く。
 そこにユノ達がいるはずだ……。

「あれは……アマリーラさん!? なんで!? くっ……多重結界!!」

 ヒュドラーに近付いて見えたアマリーラさん、怪我をしているみたいで誰かに支えられているようだ。
 そのアマリーラさんが、何故かユノとロジーナ達を引っ張って後ろに追いやり、前に出るのが見えた。
 走っている途中で準備していた多重結界、発動する枚数を多くしてレムレースやヒュドラーの前に出現させる。
 新しく発動された魔法は、その多重結界に阻まれてアマリーラさん達の所にはいかない……が、既に射出された魔法がまだ残っている!

「くそっ! 新しく結界を使うんじゃ間に合わない! こなくそぉ!!」

 もう魔法はアマリーラさんの近く……移動中であるために、結界のイメージを固めるのにほんの少し時間がかかってしまう。
 自分の目の前ならすぐなんだけど、離れている場所で誰かを守るための結界は、ちょっとだけ面倒だ。
 結界を諦め、足に力を込めてアマリーラさんと殺到する魔法の間に体を滑り込ませ、剣を振るった!

「ふぅ……なんとか……」
「さようなら……」
「さようならじゃないですよまったく。無理はしないで下さいよ」

 剣で魔法を切り払い、消滅させて一安心……と思ったら、アマリーラさんが何やら目を閉じて安らかに別れの言葉を呟いていた。
 いやいや、さようならって……縁起でもない。
 間に合ったんだから、ちゃんと生きていますよ? と伝えるために溜め息交じりに振り返りながら、アマリーラさんに話し掛ける……が!

「って、凄い怪我をしているじゃないですか!!」
「……」
「リクなのー!」
「ふん、やっと来たのね。まったく遅いったら……!」
「あ……あ……」

 アマリーラさんを見て驚きの声を上げる俺。
 だがアマリーラさんは何も反応を示さず、目を閉じたままだ……ユノとロジーナが騒いで何か言っているようだし、知らない冒険者らしき男性が、こちらを見て口をパクパクさせている。
 なんて、他の事に気を取られている場合じゃない!
 アマリーラさん、目や鼻、獣耳から血を流し、さらに右足は半分近く咬みちぎられているうえ、左腕も骨が見えかけている。

 この状態で、動いていたのかと思うのが不思議にとか奇跡とか思えるくらいの状態だ。
 流れる血は……ほぼ止まっているようだけど、お腹の部分に複数の刺し傷のような物があり、そこから血とは違う液体のような何かが流れていた……毒か!?
 近い物を、怪我人の治療をしている時に見た覚えがある……確かあれは、血の凝固と神経毒の複合だと聞いた。
 蛇毒とフグ毒を合わせたような感じかな? と俺は勝手に想像したけど、蛇毒は複数種類あるからちょっと違うか。

「すぐ治療を……! 結界……からのキュアヒーリング!」

 なんかもう、毒やら怪我やらで色々手遅れになりそうな、いや通常なら既に手遅れっぽい状態のアマリーラさんに、結界と共に解毒効果もある治癒魔法をかける。
 モニカさん達に使った範囲治癒とは違い、限定的な小範囲治癒だ。
 アマリーラさんの体のほとんどを結界で包み、その中を治癒魔法で満たす……魔力や治癒効果を外に逃がさず、全ての力を治癒に回すわけだね。
 イメージとしては、回復する液体に人の全身を浸けるような感じだろうか? 昔SF映画か何かで見た、ガラスの中に満たした液体で怪我を治療するのを参考にした。

 ちなみにだけど、治癒魔法をエルフの村で考えていた時に似たような事をしたら、ユノの髪の毛が数メートル単位で伸びてしまったのは、忘れたい思い出だったりする。
 あの時は、治癒魔法自体がちゃんとイメージできていなかったのが、失敗の原因だけど。
 怪我人収容所で治療に当たっていた時、思い出して使ってみたら瀕死の手遅れだった人も治癒できた……さすがに全員じゃないのが悔しいけど。

「よし……アマリーラさん、もう大丈夫ですよ?」

 細かい傷なども含めて、激しい損傷をしていた右足や左腕などが完全に治ったのを見て、結界を解く。
 毒も……お腹に開いていた小さな穴は塞がれているし、多分大丈夫。
 全身の血の気が失せていたのが、今は血色よくなっているからね。

 安心して、目を閉じたまま微動だにしないアマリーラさんの肩をポンポンと叩く……身長低めだから、頭をと思ったけどやめておいた。
 耳のモフモフも触ってみたい衝動にかられたけど、今はそんな事をしている状況じゃない。

「……え? あれ、リク様? えーと……ここは、夢? いえ、私はもう生きていないはずだから……あの世というものですか……」

 肩を叩かれて目を開けたアマリーラさんは、俺を見上げて目をクリクリとさせ、猫みたいな耳を忙しなく動かしている。
 くっ……だめだ、フサフサな毛で覆われている耳に手を伸ばそうとする衝動に駆られてしまう。
 なんとか衝動を抑え込み、あの世だとか夢を見ていると未だ勘違いをしているアマリーラさんを正すために声を掛けた――。


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