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英雄を孤独にさせない

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 リクさんと一緒にいる事での無理は、でも大変な事だけど自分を見失ったがゆえの事じゃないわ。
 全力を出して、なおも絞り出し、さらに残った力を振り絞って、ようやくリクさんの隣に並ぶ事ができるの。
 それは、無理というよりもただただ一生懸命に……というだけかもしれないし、それでもリクさんに及ぶ事はできないんだけどね。
 でも傍から見ると、無理をしているように見えるかもしれないわ。

「リクさんを取り戻して、二度とこんな事が起こらないようソフィーやフィネさんと一緒に、説教しなくちゃ」
「私も、ですか?」
「そうよ。フィネさんだって、リクさんの無茶に巻き込まれている一人なんだから」
「リク自身は、自分が無茶をしているという自覚はほとんどなさそうだがな。それに、無理ヤムチャをしているのは私達の方だ。だがそうだな……連れ戻して、今後は無茶をしないよう説教しなければな。でないと私達の体がもたない」

 笑うソフィー、フィネさんはリクさんへの説教と聞いて、少し戸惑っていたようだけど……巻き込まれているんだから、言う権利はあるわよね、多分。

「しかし、英雄というのは伝え聞く話だと、孤独なものらしいが……リクは違うな」
「そういう話は、よくあるわね。孤独で誰にも理解されず……なんて」

 今この国で英雄と呼ばれているのは、リクさん一人。
 けれど、国の歴史や他国から伝え聞く話では、リクさん以外にも英雄と呼ばれた人はいた。
 そういった人達は、大体がその力の強さなどのために誰からも理解されず、または振る舞いによって孤独に過ごす事が多い……という話も伝え聞くわ。
 全てがそうだったかはわからないけれど、強すぎる力を国の王様が忌避したとか、横暴に振る舞うせいで人々から嫌悪されてしまったとか。

 大体は、英雄と語られるほどの活躍をしたのちの話ではあるけれど、リクさんは違う。
 発端はヘルサルで英雄と呼ばれてから……おそらく、父さんと母さんが一部にのみ伝わる伝説と呼ばれタコとも素地としてあったんだと思うけど。
 陛下が、リクさんの元お姉さんというのも大きいかしら……元とか生まれ変わりとか、記憶がとかよくわからない事もあるけれど。
 リクさんと女王陛下との間に流れる雰囲気を考えると、リクさんを忌避するような事は絶対にないわね。

「全員がリクのため、と思っているわけではないだろうが……それでもリクに助けられたから、今度は自分が。と思っているのもいるようだしな」
「そうですね……私はフランク子爵やコルネリウス様も含めて、助けられた側ですが。リク様には返しても返せない恩があるのも事実です。ならば、身命を賭して助け出す、取り戻すのが子爵家と私の本意だと確信しています。フランク様ならば、そう考えるかと」
「リクさん自身は、恩なんて考えてなさそうだけどね。でもそこがリクさんらしいと言えばらしいのよね」
「だからこそ、こうして多くの人々が集まっているのだろう。私は話を聞いた時、もっと反対する者がいると思ったぞ」

 シュットラウル様、マルクスさん、母さんやヤンさん達冒険者ギルドのマスターなど、人の上に立つ人達が決めた事だから、と従っている人もいると思うわ。
 そして、決定に不満を持つ人だって。
 でも、それでもほとんどの人が命令に従い、そしてリクさんを取り戻そうとしているのは、リクさん自身のこれまでの行いのおかげだなって思う。

 できる限り多くの人を助けようと行動して、怪我人の治療もしたリクさんだからこそ、ね。
 人を簡単に見捨てるような人だったら、ここまで皆が協力的になる事はないだろうから。

「では、各自全力を尽くす事を願う! これが最後の戦いだ! 絶対にリク殿を我々の元に取り戻すのだ!!」
「「「「「オォォォォォォォォ――!!」」」」」

 シュットラウル様の言葉に、決意と意気を込めた叫び……いえ、雄叫びを上げる兵士や冒険者。
 最後の戦い、という部分が響いたのかもしれないわね、リクさんを取り戻すための意気込みでもあるかもしれないけれど。

「リクさんはこれからのアテトリア王国には絶対必要な人物です。ここで失うわけにはいきません」

 とは、シュットラウル様の前に話していたマルクスさんの言葉。
 英雄だからとかだけでなく、国としても重要視されて必要とされているリクさん……本当にすごいわね。
 ただそれは、マルクスさんよりもシュットラウル様、そして侯爵軍と冒険者の人達の方が、実感として持っているかもしれないわ。
 だって、まだセンテが魔物に囲まれている頃、いつ到着するとも知れない王軍を待っているよりも、そして実際に到着した時よりも、リクさんが戻ってきた時の方が、皆の士気がすぐに実感できる程上がったのだから。

 南門の魔物をスピリット達によって殲滅した事だけでなく、リクさんがいるというそれだけで、全体の雰囲気や空気が変わったのを、皆が知っているわ。
 リクさんは、自分があまり活躍しない方がいいとシュットラウル様に言われたようだけれど、本当はちょっと違っていて、リクさんに全てを任せるわけにはいかないと、自分達の力で最後くらいはなんとかしてみせる、と考えていた人が多かったみたい。
 多分、シュットラウル様が変えて伝えたんだろう……リクさんに頼りきりにならないために、という考えもわからなくもないし、全く別の話になるわけでもないわけで。
 実際に、私は前線にいたからそういった声が聞こえたけど、さすがにリクさんに直接言うような人はいなかったみたいね。

「それじゃエルサちゃん、頑張ってね!」
「任せるのだわ。盛大にぶっ放してリクの結界を打ち破ってやるのだわ!」

 それぞれ配置につき始め、ずっと私が抱いていたエルサちゃんもふわりと浮かんで、所定の位置へ向かう。
 声を掛けて、意気込むエルサちゃんを見送った。

「それじゃ私達はこっちなの。いい、なの。フィリーナ、エルサ、そして兵士達。最後に私達なの」
「えぇ、わかっているわユノちゃん」
「最後の止めを任せてくれるのは、ありがたいな」
「渾身の一撃を、斧に込めましょう」

 次善の一手は、多くの兵士が使えるようになっているけれど、それを教えたユノちゃん。
 それから、十分な程に次善の一手を訓練している私やソフィー達に最後が任される事になった。

「クォンツァイタは持ったの?」
「えぇ、もちろんよ」

 確認されて、急遽クォンツァイタを取り付けた籠手をユノちゃんに見せる。
 ユノちゃんはいらないようだけれど、私やソフィー、フィネさんはそれぞれにフィリーナから渡されたクォンツァイタを持っているわ。
 次善の一手は魔力を使う。
 魔法は使わないから、枯渇しないように思われるけれど全力で魔力を武器に這わせたら、足りなくなる事もあるからね。

 全力をぶつけないといけないのに、連戦で万全じゃないから魔力が足りませんでした……なんて事にならないよう、籠手に取り付けて腕にはめてあるの。
 ちゃんとした物ではなくて、ただ布で巻きつけたようなお粗末な物なのはまぁ、準備を急いだからだけど。
 でも、ちゃんと魔力を使おうとすればクォンツァイタから、魔力の供給がされているのを確認しているから大丈夫。
 戦闘なら場合によっては取れる心配もあるけれど、今回は結界に次善の一手を撃ち込むだけだから、そんな心配もないからね――。


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