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簡易的な滑るための氷

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「よし……さらにこのお湯をっと!」

 一部を溶かすのではなく、全体を温めるように広げてもらったリーバーの炎。
 その上で、さらに触れたら火傷するだろう温度のお湯を、氷の上にぶちまけた。
 お湯はブワァッと一瞬だけ湯気や蒸気を広げ、凍った地面の表面を濡らす。

 リーバーがやってくれた炎と合わさり、ドライアイスにお湯をかけたような感じだ……大量の二酸化炭素が発生して危険なので、良い子はドライアイスにお湯を掛けたりしないようにしよう。
 なんて、誰に向かっているのかわからない事を考えながら、しゃがみ込む。

「……ん、よし! 上手くいってる!」
「リクさん?」

 指先で氷の端に触れて確かめてみると、既に温かかったお湯は冷たく、けれど表面を確かに濡らしていた。
 リーバーがやってくれた炎のおかげか、薄い膜を張るお湯……水の先にある氷の表面温度も、少し下がっている気もする。
 実際、濡れた表面が水をかけた時のように、すぐ凍るような事はなさそうだ。
 とはいえ、あまり長い猶予はなさそうだ。

「これが俺のしたかった事、だよモニカさん」
「氷を融かす? いえ、濡らすのが目的、なのかしら?」
「うん。濡らした理由は……こうして……」

 ずっと疑問符を浮かべ続けていたモニカさんに、表面を濡らした氷を示して見せつつ、グラシスニードルを付けていない靴のまま、上に乗る。
 そして……さっき魔力をニードルに流す実験をした時、ぬかるんだ土の上を滑るように移動した時に思いついた事を実行する。
 それはつまり……。

「まぁ、ちゃんとした靴じゃないから、ちょっと難しいし速度とかはでないけど……でも、転びにくくはあるかな?」
「リクさんが、氷の上を滑っているわ」
「俺がやりたかったのは、アイススケートっていう遊びなんだ。おっとっと……!」

 転びそうになるのを、腕を振ってバランスを取って耐えつつ、モニカさんに言った。
 アイススケート……遊びというか、運動競技の事だけど。
 でも、本格的なスケート靴があるわけでもなし、簡易的なものだから遊びって事でいいと思う。
 氷の上は滑りやすい……というのはまぁ当然の事なんだけど、温度が低すぎる場合、ましてやエルサが作ってあまり時間のたっていない氷だったからね。

 多分、あのまま滑ろうとしたら変に抵抗がかかったり、素手で触ったら皮膚がくっついたりしそうだった。
 だから、一番滑りやすい状況……氷の表面を融かすか、水を加えて水膜を作ったわけだね。
 おそらく隔離結界の外の氷は、昼間の気温が高くなった状況で長時間そのままなのもあって、表面が少しだけ融けているからよく滑ったんだろう、というのはまぁ置いておいて。
 水を撒くだけでいいかなと思ったけど、リーバーの炎やお湯を使う事になるとは思ってなかったのは想定外。

 まぁなんにせよ、あまり広くはないし専用の靴なんかもないけど、氷が一番滑る水膜を張った状態にする事で、簡易的なスケートリンクが完成したってわけ。
 放っておいたら、数十分くらいで水膜も全部まとめて凍りそうだから、長くは遊べないけど。

「ア、アイススケート?」
「うん。っと……結構バランスとるの難しいな。えっとね、俺のいた世界にはこういう遊びというか、競技があってね」

 氷の上でバランスを取りながら、モニカさんに簡単にアイススケートについて説明。
 とはいえ、競技的な説明は俺もよくわからないし、ほぼ経験した事がないので氷の上を滑って遊ぶ、というくらいしか言えないんだけども。
 何が楽しいのか、と聞かれたら何が楽しいんだろう? という、アイススケートが好きな人に失礼な疑問すら浮かぶ。
 まぁ、それは俺がよく知らないから、楽しさもわからないっているだけなんだろうけどね。

「リクさんのいた場所には、そういった事があったのね。アイススケート……氷の上を滑る。グラシスニードルの元になった、アイススパイクだったかしら? あれの発想とかも、ここから来ているの?」
「いや、あれはちょっと違って用途が違うんだけど……」

 アイススパイクの方は、同じアイスと付いていてスケートとは違う。
 というか、スケートで氷にスパイクを突きさして歩いたらいけないだろうし。
 あっちは登山とかから着想を得ているというか、そういうのもあったなぁって知識から皆に話したわけだからね。

「別の用途で、それぞれ氷の上を動くための道具があるのね。リクさんのいた場所は、今センテの周囲に広がっているような景色ばかりだったのかしら?」
「うーん、一部の地域では似たような場所もあるかもしれないけど……そういうわけでもないかな」

 今のセンテ周辺のように、辺り一面凍っているとかはほぼないかな? 氷というより、雪が厚く降り積もっている場所とか、大きな池が凍るくらいはあったと思うけど。
 まぁ、日本以外であれば地面がほぼ氷というのもあるけど……北極と南極の氷床とか、グリーンランドの氷床とか。
 考えてみれば、今のセンテ周辺はそれらと同じような事になっているのか。

「俺がいたところ……というか国は、四季というのがあってね。一年の中で暑かったり寒かったり……」

 温暖化とか寒冷化で、春夏秋冬が曖昧になって来ているけど今はそんな事を、詳しく話している状況じゃない。
 こういった話は、そのうちゆっくりとお茶でも飲みながら話したいかな。
 早くしないと、表面の水膜がまた凍っちゃうし。

「まぁ、今はそんな事より滑るようになっているうちに、モニカさんも……!」
「え、えぇ」

 話を戻し、モニカさんも氷の上に乗るよう促す。
 おそるおそる、足を乗せて体重を掛けていくモニカさん。
 グラシスニードルを何度も試した経験からか、解氷作業で何度も氷の上を歩いたからか、滑らないよう足を真っ直ぐ降ろしていた。
 けど……。

「きゃっ!」
「っとと!」
「あ、リクさん……」

 片足を乗せて体重をかけ、もう片方の足を上げた瞬間、モニカさんがバランスを崩して転びかけた。
 足下が滑る事もあるんだろうけど、おそるおそるやり過ぎて不安定だったからね。
 予想していたから、転びそうになるモニカさんの腕をつかんで引き寄せ、支える事ができた。

「もう少し、思い切りよく動いた方が体のバランスが取れるし、滑らなくて済むと思うよ。やり過ぎると、それはそれで危ないけど」
「え、えぇ、ありがとうリクさん」
「いえいえ、どういたしまして」

 注意する俺にお礼を言いながら、体を離すモニカさん。
 その際、両足を地面の氷に付けて再び滑りそうになったけど、なんとかバランスを保った。
 それはいいんだけど、なんだかモニカさんの顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか?
 庭の明り……篝火のせいかな? いや、さっきまでよりも赤く見えるような?

「大丈夫、モニカさん?」
「え、えぇ……なんとかね……」

 様子を窺う俺にから視線を逸らしながら頷き、足下を見るモニカさん。
 初めての事だから、緊張しているとかそういう事なのかも? それか、転びそうになって恥ずかしかったとかかな――。


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