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魔力を引き剥がすのは危険
しおりを挟む「さっきのは、今ある魔力を外へと誘導してあげただけ。魔力は自然と回復するの。それは、魔力貸与で得たとはいえ一度定着したのなら、多少減ったところでまたすぐに戻るわ。例えそれが、本来の許容量以上の魔力であってもね」
「つまりアンリさんはこれからも?」
「そうね、今は魔力が少ない状態だけど、しばらくすれば……量が多いから、数日はかかるとは思うけど。回復してしまえばまた同じ事が起こってもおかしくないわ。回復量は本人の許容量次第だから、完全に元に戻るまでは長くなっているけどね」
早い話が、本来備わっていた魔力に合わせた回復量は、魔力貸与されても変わらないって事か。
許容量というのが変わらないから、回復量も変わらないけど、量が多いから完全回復までは時間がかかるんだろう。
俺みたいに、自分で魔力量が増やせたのならまた許容量ってのも増えるんだろうけど……俺自身、自分の魔力の総量を受け入れている器のようなものが、大きくなっているのを感じるし。
ともかく、このままだとまたアンリさんはさっきみたいに、暴走して暴れたりする可能性があるって事か……。
「レッタさんの力でなんとかできませんか?」
「無理ね。いえ、正確には可能かもしれないけど、試した事がないわ。ただ、魔力貸与は他人の魔力を本人の魔力に上乗せする行為。だから、定着するかは魔力貸与された本人次第なところがあるの。私が誘導してあげて、定着しやすくしているとは言ってもね」
「それじゃ、もし定着している魔力を引き剥がそうとしたら?」
「一度定着すれば、それが本人がどう思っているかに関係なく、体は自分の魔力であると認識するようなの。だからそうね……腕を引き千切るとか、そんな事に等しいかもしれないわ。体がそうだと認識している物を、無理矢理引き剥がすんだから」
「腕を……」
「もしかしたら、もっとひどいかもしれないけど、ね。失敗した時にどうなるかは、リクもわかっているでしょ?」
「それはまぁ」
魔力貸与の失敗は、与えられた人物の死を招く。
レッタさんが血で例えていたけど、血液型の合わない他人の血液を輸血するのに近いのかもしれない。
そしてそれが成功した後、無理矢理引き剥がすのは血液を大量に抜くのに等しい、のかも。
はっきりとどうなるかわからなくても、失敗すれば魔力貸与する時とそう変わらない結果になるんじゃないだろうか、というのはなんとなくわかる。
「少しずつ、というのでも?」
多過ぎる血液細胞に対して、瀉血(しゃけつ)するという医療法があったはずだ。
……話に聞いた事があるくらいだけど。
よくわからないから、正しい方法かどうかはわからないけど……危険じゃない程度に少しずつ、多い魔力を取り除いていけばいずれは正常な魔力量に戻るんじゃないかなって。
まぁ、瀉血はあくまで原因を取り除くのではなくコントロールするのが目的、らしいけど。
「そうねぇ、絶対できないとまでは言わないわ。けど、どちらにせよ危険は伴うわね。やった事がないのだからどうなるかもはっきりわからないし。まぁ、お勧めはしないわ。リクがその子がどうなってもいい、と考えているのなら別だけど」
「……なら、駄目ですね」
「あら、すんなり諦めるのね?」
「当然です。俺自身なら多少はと思いますけど、アンリさんは危険かもしれない事を強硬はできません」
それをやったら、俺はクズ皇帝と変わらなくなってしまうと思うから。
アンリさんは実験体でもなんでもないからね。
綺麗事かもしれないけど、誰かの犠牲を強制するのは許容できない。
「ふーん、成る程ね」
「……なんですか?」
ニヤニヤとした表情で俺を見るレッタさん。
何か、変な事を言っただろうか?
「なんでもないわ。それで、リクはその子をどうするの? これから先も、場合のよってはさっきみたいに暴れる事だってあるかもしれない。そうなれば、本人がどう思っていようと周囲に何かしらの犠牲者が出るかもしれないわよ?」
「それは……確かに」
「私、私は……」
レッタさんと俺の話を、固唾をのんで聞いていたアンリさん。
さっきの事を覚えているからだろう、俯いて体を震わせている。
確かに正気を失った時のアンリさんは、咄嗟の事で体勢などが整っていなかったとはいえ俺を圧す程の力があった。
それがもし、他の人達に向けられたとしたら……その時、止められる人がいなかったら。
魔力が多いからと言って、いつまででも暴れられるわけではないし、疲れたりもするから永遠に暴れ続けるわけではない。
けどそれでも、動けなくなるまで暴れれば多くの人が巻き込まれるかもしれない。
しかもアンリさん自身、正気を失っていた時の事を記憶しているから、止まった時に何をしたのかを自覚して苦しむ事だってあるだろう。
まぁ、暴れて犠牲者が出た時点で、処罰されたりするかもしれないけど……ともかく、そんな事をアンリさんの身に起こしちゃいけない。
「そうですね……まぁこれまで、というか今回が初めての事だったみたいですから、そうそう起こる事じゃないのかもしれません。でも、絶対ないとも言い切れません」
「そうね。――そんなもしかしたらの可能性がある、危険な人物を、冒険者ギルドでは扱いきれないでしょう?」
もしかしたらレッタさんは俺を試しているのかもしれない。
いや、俺だけじゃなくこの場にいる全員を、かも。
とにかくレッタさんは、何を考えているのかわからない笑みを称え、俺から視線を外してベリエスさんを見た。
「……冒険者が問題行動を起こした場合、ギルドの責任にもなりかねません。その場合、国だけでなくギルドからも処罰が下るでしょう。そして、先程の様子を見る限り、とてもではありませんがそこらの冒険者でも取り押さえる事は不可能かと」
レッタさんの視線や問いかけを受けて、ベリエスさんは牢屋の鉄格子を見る。
そこには、アンリさんの足を拘束していた縄が数本の分厚い金属の柱に繋がれているままだ。
そしてその柱はそれぞれ、大きな力によって引っ張られたせいで曲がっている。
……一本が人の胴体くらいの太さなのに、あれを曲げるって相当な力だな、それだけ暴走したアンリさんが凄かったって事だろうけど。
あれを見たら、例え数人がかりでもアンリさんを取り押さえる事は不可能なんじゃないかと思える。
それこそ、高ランクの冒険者が集まらないと……もしかしたら、ヴェンツェルさんとかアマリーラさんのような、大剣を振り回す怪力系の人達ならなんとかできるかもしれないけど。
「つまり、もしもの事があればギルドは面倒見切れないって事よね。まぁ、それは仕方ないわ。組織である以上、個人の事情なんて完全には考慮されないし、手に負えないのなら尚更ね。――さてリク、そんな子を貴方はどうするの?」
やっぱり、レッタさんは俺を試しているのかもしれない。
表情は変わらず、笑みを浮かべているけど俺を見ているその眼の奥は鋭い。
多分だけど、ここで判断を誤ればレッタさんは今後協力というか、今のように話してくれなくなる気がする。
それでもロジーナもいるから帝国に戻る事はないんだろうし、レッタさんと親しくしたいとかは特に考えていないから、別にいいっちゃいいんだけど。
……いや、近くにいるなら普通に話くらいはしたいけどね、知人って意味で。
でも、冒険者ギルドも見放す可能性のあるアンリさんを、俺はどうすれば……。
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