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治安良好なヘルサル

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 ――アマリーラさんとヴェンツェルさんによる、即興大食い大会が驚異の追い上げを見せたヴェンツェルさんの辛勝に終わり、話もそこそこに獅子亭を出る。
 ちなみに、食べた分は当然お金を払ったんだけど……二人共支払う時に顔が少し青ざめていた。
 マックスさんがおまけというか、多少割引してくれていたみたいだけど、それでもかなりの量を食べたんだから仕方ない。
 マリーさんが容赦なく徴収していたけど。

 ルギネさん達は、食べ尽くされた獅子亭の食材の買い出しと王都へ行くための準備をするらしく、カーリンさんとも一緒。
 ヴェンツェルさんは王軍駐屯地へと戻り、俺達は挨拶もそこそこにヘルサルをぶらぶらしている。
 明日も冒険者ギルドに行くなら、また獅子亭に寄る事になるだろうからね。

「さて、とりあえずヘルサルで行くべきところは行ったけど……」
「そうね。知り合いとかはもちろんいるけれど、改めて挨拶をする人にはしたわね」

 適当に道を歩きながら呟く俺に、答えるモニカさん。
 エルサは満腹になって満足そうに、俺の頭にへばりついて寝ている……気持ち良さそうだ。
 ヘルサルで他に行く所は特にないので、今は目的もなく歩いている。

 こういうのは久しぶりだなぁ。
 それと、一緒にいるアマリーラさん達はと言うと……。

「う……く。少し苦しいな……」
「無理して食べるからですよぉ、アマリーラさん? あんなに張り合わなくても良かったのにぃ」
「目が合ってしまったからな。負けられぬ戦いが始まる気がしたんだ……負けてしまったが。くっ自分の不甲斐なさが悔しい!」
「食べる量で負けただけで、不甲斐ないって意味がわかりませんよぉ?」

 なんて、ポッコリと膨れたお腹を抱えて少し苦しそうなアマリーラさんと、呆れ気味のリネルトさん。
 二人共、俺とモニカさんの後ろを歩きながら話している。
 というかアマリーラさん、目が合ったら勝負が始まってしまうのか? いやまぁ、なんとなく波長というか、ヴェンツェルさんとアマリーラさんの気がある意味が合ってしまったのかもしれないが。 

「まぁ、後ろの人達は置いておいて……やっぱりまだヘルサルの方が活気があるね」
「それはそうよ。センテはあんな事があったばかりだし、少し前まで非常事態だったんだから。それに、こちらは前より人が多くなっているからね」
「それもそうだね」

 ヘルサルを行きかう人達は、センテが魔物に囲まれる前よりさらに人が増えていて、ちょっと大きめの道を歩くだけで盛況なのがよくわかるくらいだ。
 増えている人の一部は、王軍の兵士さん達や森の魔物掃討依頼をこなした冒険者さん達なんだけどね。
 王軍の兵士さん達はさすがに顔を合わせる機会がなかったので、ほとんどわからないけど……武装した兵士さんが俺を見て黙礼したり、他の人達と変わらない格好の人達からも目礼をされたりしていたからなんとなくわかった。
 後者の人達は、非番で街に繰り出しているといったところだろうか、だから黙礼ではなく目礼なのかもしれない。

 冒険者さん達は、兵士さん程ガッチリとした武装はしていないけど、武器を持っていることが多いし、森の魔物掃討依頼の時やセンテで見知った顔もいるからね。
 そういう人達も、ヘルサルに暮らす人達と一緒に、俺を見て手を振ってくれたりする。
 何はともあれ、皆楽しそうに過ごしているのはいい事だ。
 それだけ、ヘルサルが活気づいている証明でもあるし、ヒュドラー達から多くの人を守れた証左でもある気がした。

「でもそうね……なんだか以前より、道行く人が明るい表情のような気もするわね」
「言われてみれば確かに」

 活気があるからとも言えるけど、店の人だけでなく道行く人のほとんどが笑顔で過ごしている気がする。
 まぁもちろん、喧騒のようなものもあって、笑顔だけでもないんだけど。

「おそらくですが……センテでの問題がほぼ解決された事。その解放感が大きいのでしょう……うっぷ」
「アマリーラさん、大丈夫ですか?」

 後ろを歩いていたアマリーラさんが、ポッコリしたお腹のまま話に参加してくる。
 食べ過ぎたせいなんだろう、こみ上げてくる何かを抑えるような感じではあったけど……。
 とりあえず、人通りの多い所で耐えられなくなったら行けないので、ちょっと別の場所に移動しようかな?
 あと、さすがに女性なのであまり食べ過ぎてポッコリしているお腹に関しては、視線を向けたり気にしたりしないようにしよう。

「し、失礼しました。問題ありません。みっともない姿をリク様にお見せするわけにはまいりませんので、気合で耐えます」
「アマリーラさんの自業自得ですからねぇ」
「そ、そうですか……」

 気合で耐えられるものなのだろうか? というのは思うけど、まぁアマリーラさんが問題ないというのなら、信用しようかな。

「解放感、確かにそういったのも感じられますね。あれだけの事があったわけですから、ほぼ平常時に戻った今は、確かに解放されたようなものですか」

 周囲を見渡しながらそう言うモニカさん。
 すぐ近くにヒュドラーやらレムレースやら、それだけでなく文字通り隣街のセンテが魔物に囲まれる非常事態。
 それが全て討伐され、さらに解氷作業も終わりが近付いてきているから、ようやくといった感じかな。
 ゴブリンが押し寄せたヘルサル防衛戦を経験して、ある程度慣れているから元々街自体は沈んではいなかったけど、それでも解放感のようなものはやっぱりあるって事か。

「それだけでなく、センテと共に現在のヘルサルの治安がかなり良くなった事も原因かもしれません」
「治安がですか?」
「はい。センテもヘルサルも、現在は王軍がそれぞれ常駐しています。センテは侯爵様の軍もですが……そんな状況で、悪巧みをするような者は多くありませんし、いてもすぐに捕まるのがオチですから」
「あー、それもそうですね」

 今はセンテに行っていた衛兵さんはヘルサルに戻っているけど、それに加えて大量にいる王軍の兵士さんが、街中を歩いているんだから悪い事もそうそうできないか。
 活躍した冒険者さん達がいてくれるのも、一助になっている気もするけど。
 治安が良くなれば、街の人達が喜ぶのは当然で、さらに言えば明るく毎日を過ごせるってわけなんだろうね。
 王軍が常駐しているのは一時的なものだけど、カーリンさんのように変な輩に絡まれてしまう人がほとんどいないのはいい事だと思う。

「と、いう話をリク様の下へはせ参じる直前、侯爵様から聞いたのですよぉ」
「こらリネルト! 余計な事を言うな!」
「ははは……成る程、そういう事ですか」

 付け加えるリネルトさんに、焦るアマリーラさん……結構、アマリーラさんっていい恰好したがるよね、いいんだけど。
 俺の下へ、という事は護衛という名目としてシュットラウルさんの傍を離れる前って事か。
 まだまだ解氷作業の途中だったけど、王軍はセンテもヘルサルもそれぞれにいたし、その頃からって事だろう。
 もしかしたらヘルサルの方は、魔物との戦いが終わったと聞いたヴェンツェルさんが、それも見越して動いたのかもしれないなんて考えた――。


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