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50. 三河邸(1)
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川上雄之(かつゆき)にとって、この「芸術的なエントランス 」とでも呼ぶべき光景は子ども時代からなじみのものだったが、約半世紀の間全く同じという訳ではなく、むしろ頻繁にレイアウト替えが行われているのが普通だった。 それで、時には当時六十過ぎだった先代の三河滿匡(みつまさ)と、その娘婿で今思えば三十前でまだ若者然としていた三河洋信(ひろのぶ)が、新しい美術品のレイアウトを巡ってああだこうだと試行錯誤をしているところに行き当たることもあった。
そんなときはいつ洋信が気さくに玄関ドアを開けて信匡(のぶまさ)を呼んでくれ、彼が出てくるまでの間二人で新しい美術品についていかにも楽しそうに説明してくれるのだが、それはたいてい信匡が出てきても一向に収束する気配を見せることはなかった。 それで、子ども二人はしばらくそれなりに面白く聞いた後、隙を見て階段から脱出するのが常だった。
そんなことを思い出して覚えず微かに笑みを浮かべながらドアホンに近づいた川上は、脇に飾られている複雑な彫刻の施された重厚な額の縁に埃が溜まっているのに気づいて眉を潜めた。 よく見ると他の壺や彫刻にも埃が載っており、素人目にも位置がずれていると感じるものさえあった。
顔を曇らせながらボタンを押すと懐かしい音がして、やがて「はい 」と言う月子の声がした。 若干しゃがれた印象はあるものの、確かに月子の声である。
「突然お邪魔して、申し訳ありません。 川上雄之です 」
「まあ! あなた、雄之ちゃんよ 」
驚き慌てる声とともに、二人分の足音がしてかちゃりと鍵の開く音がした。
「雄之ちゃん! 」
「おお、どうした? 」
二人の老人が上品な部屋着に身を包んで、履物を履くのももどかしいといった風情でドアから飛び出してくるのを、川上は芯から嬉しい笑顔で迎えた。
「お久しぶりです。 お二人ともお元気そうで何よりです 」
「元気も何も、もうこんなに年を取ってしまいましたよ。 さあ、入って。 ご両親は、お変わりなく? 」
「お陰様で、そこそこ元気にしてくれています。 病院通いはしておりますが 」
「まあ、そりゃそうですよ。 この年になったら、どこも悪くない人なんていませんからね。 お父様は血圧でしたっけ? 」
「はい。 それと肝臓を少し 」
「ああ、そうだった。 昔から、お酒がお好きだったから。 この頃、控えていらっしゃる? 」
「入ってと言っといて立ち話をしかけちゃ、世話ないでしょう。雄之君 、この人の相手をしてちゃ、一歩も中へ入れませんよ。 さ、君はこっちへ来て。 雄之君、どうぞ 」
「まあ、ごめんなさい。 あんまり懐かしいもんだから。 さ、今度こそ入ってくださいな 」
「すみません、それじゃ失礼します 」
「もちろんだよ。 どうぞどうぞ 」
突然の邂逅で四十年方時を戻してしまったような二人に予想以上に歓待されて、 川上も少年に返ったような笑顔でドアの奥に消えた。
そんなときはいつ洋信が気さくに玄関ドアを開けて信匡(のぶまさ)を呼んでくれ、彼が出てくるまでの間二人で新しい美術品についていかにも楽しそうに説明してくれるのだが、それはたいてい信匡が出てきても一向に収束する気配を見せることはなかった。 それで、子ども二人はしばらくそれなりに面白く聞いた後、隙を見て階段から脱出するのが常だった。
そんなことを思い出して覚えず微かに笑みを浮かべながらドアホンに近づいた川上は、脇に飾られている複雑な彫刻の施された重厚な額の縁に埃が溜まっているのに気づいて眉を潜めた。 よく見ると他の壺や彫刻にも埃が載っており、素人目にも位置がずれていると感じるものさえあった。
顔を曇らせながらボタンを押すと懐かしい音がして、やがて「はい 」と言う月子の声がした。 若干しゃがれた印象はあるものの、確かに月子の声である。
「突然お邪魔して、申し訳ありません。 川上雄之です 」
「まあ! あなた、雄之ちゃんよ 」
驚き慌てる声とともに、二人分の足音がしてかちゃりと鍵の開く音がした。
「雄之ちゃん! 」
「おお、どうした? 」
二人の老人が上品な部屋着に身を包んで、履物を履くのももどかしいといった風情でドアから飛び出してくるのを、川上は芯から嬉しい笑顔で迎えた。
「お久しぶりです。 お二人ともお元気そうで何よりです 」
「元気も何も、もうこんなに年を取ってしまいましたよ。 さあ、入って。 ご両親は、お変わりなく? 」
「お陰様で、そこそこ元気にしてくれています。 病院通いはしておりますが 」
「まあ、そりゃそうですよ。 この年になったら、どこも悪くない人なんていませんからね。 お父様は血圧でしたっけ? 」
「はい。 それと肝臓を少し 」
「ああ、そうだった。 昔から、お酒がお好きだったから。 この頃、控えていらっしゃる? 」
「入ってと言っといて立ち話をしかけちゃ、世話ないでしょう。雄之君 、この人の相手をしてちゃ、一歩も中へ入れませんよ。 さ、君はこっちへ来て。 雄之君、どうぞ 」
「まあ、ごめんなさい。 あんまり懐かしいもんだから。 さ、今度こそ入ってくださいな 」
「すみません、それじゃ失礼します 」
「もちろんだよ。 どうぞどうぞ 」
突然の邂逅で四十年方時を戻してしまったような二人に予想以上に歓待されて、 川上も少年に返ったような笑顔でドアの奥に消えた。
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