離縁を前提に結婚してください

群青みどり

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5.デート

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 ロイスとラーニナが馬車で二人になるのは、結婚式以来だった。


「まだ出発したばかりなのに、随分と楽しそうだね。それほど行きたかったのかな」

「申し訳ありません、大人げないですよね……」

「君の年齢を考えると年相応に見えるけれど、公爵夫人の自覚は持って欲しいな」


 ロイスの言葉が胸にグサリと刺さり、再び謝罪するラーニナ。



「別に責めているわけではないよ。君は今のところ、公爵夫人の役割を十分全うしてくれている」

「恐れ入ります」
「さすがはエメラルド公爵家の娘なだけあるようだ」

 ロイスの声に感情は篭っていない。
 形だけの褒め言葉だったが、それでもラーニナは内心嬉しかった。


「ロイス様の顔に泥を塗るわけにはいきませんから」

 しばらくして港に到着した。
 たくさんの人が行き交っていて、栄えているのがわかる。

 馬車が到着して降りると、二人は注目の的だった。
 アメジスト公爵家の紋章が入った馬車から出てきたのは二人の男女。

 近くにいた人たちは皆、アメジスト公爵夫妻だと認識し、一目見ようとその場で足を止めた。


「私たちは仲睦まじい夫婦を演じなければならない。ラーニナ、私の腕を掴むといい」

「お安い御用ですわ」


 ラーニナはすぐにロイスの腕をそっと掴み、微笑みかける。
 ロイスも笑みを返し、二人は歩き始めた。


(ああ、わたくしはなんて幸せなのかしら。堂々とロイス様に触れられる日が訪れるなんて!)


 周りの目など一切気にしていないラーニナは、ロイスとのデートを堪能していた。

 演技と評して隠す必要のない好意を全開にし、ロイスもそれを受け入れる。


 側から見れば互いに愛し合っている仲の良い夫婦。
 しかし実際はどちらも演技……という体だ。

 ラーニナは演技など一切していないのだが、彼女にとって今の状況は好都合だった。


 それから二人は店をまわったり、演劇を見たり、船に乗って海を眺めたり……と、長い時間をそこで過ごした。
 すっかり日は暮れ、帰る時間は迫っていた。


「ラーニナ、疲れてない?」

「お気遣いありがとうございます。わたくしは平気です。ロイス様こそ、仕事で疲れているのではないですか?」

「今日を楽しみに頑張っていたのだから私も平気さ」


 サラッと嘘を吐くロイスは狡い男だ。
 過去に何度、この甘い言葉で女性たちを虜にしてきたことだろう。


(まったく、ロイス様って罪深い殿方なのだから……)

 ロイスの言葉に頬を赤らめていたラーニナは、慌てて顔を隠そうとした時、近くで悲鳴がした。


「泥棒よ!誰か捕まえて!」

 二人は同じタイミングで悲鳴の方へと視線を向ける。
 年配の女性が倒れ込んでいて、手を震わせながらも伸ばし、必死に叫んでいた。

 その先には帽子を深く被った男が走っていて、偶然にもラーニナたちの方へと向かってきていた。


「怪我したくなかったら退け!」

 あっという間に距離が縮まり、男の標的にラーニナが入ってしまう。
 男は短剣を持っていて、誰も近づけないよう振り回しながら逃げていたが、その短剣がラーニナの元へ向けられる。


「ラーニナ、危ないから下がって」


 ロイスは近くに控えていた剣を抜き取り、ラーニナを庇うように男へかざそうとする。
 しかしその前に、桃色の髪が靡いた……とほぼ同時に、男の呻き声が聞こえてきた。


「弱い者を狙って傷つけるなど、恥を知りなさい」


 ラーニナは武器を使わず、生身で男を倒してみせた。

 彼女は剣術や馬術の他に、エメランド公爵直伝の体術も習得していたのだ。
 それが護身術として活かされていた。


 すぐに警備隊が到着し、男の身柄を確保。
 無事に襲われた老婦の元に盗まれた鞄が戻っていた。

 警備隊はロイスが犯人を捕獲したと思っていたが、多くの人たちがラーニナのことを目撃している。
 バレるのも時間の問題だろう。


 ラーニナはすぐに「ロイス様、怖かったですわ」と渾身の涙演技を披露したが、それで騙せる人間などいないに等しい。


「申し訳ありませんでした……アメジスト公爵家に多大なるご迷惑を」

「君に怪我がなくて良かった。それよりどうして前に出たの?」

「それは……」


(ロイス様はあの男を殺すつもりだっただろう。悪人に死の制裁を加えることに、なんの躊躇いもない人だから)


 ラーニナがロイスに助けられた時もそうだった。互いに男の血飛沫を浴び、彼女は人が死ぬのを前にして恐怖で震えていた。


(悪人を捌いているだけなのに、平気で人を殺める姿が人々に恐怖を与えてしまっている)


「人が死ぬのを見たくなかった?私が殺そうとしたから」

「……っ」


 全てを見透かしているような目を向けられ、ラーニナは肩をビクッと震わせる。


「悪人には死を持って制裁を、これが私の正義なんだ。君はこんな簡単に人を殺めてしまう私が怖いだろう」

「いいえ。怖くありません。わたくしはロイス様が心優しいお方だと知っております」


 あの日。
 ロイスは自身の上着をラーニナの肩にかけ、もう大丈夫ですと微笑みながら安心させてくれた。

 その優しさに、ラーニナは心を落ち着かせることができた。


「私が優しい……?」

「はい。だって先ほどもわたくしを守ろうとしてくださったのでしょう?ただ、今回の一件でロイス様の悪評がさらに広まってしまうと思うと、いてもたってもいられなかったのです」


 ロイスは自身の正義を貫いているだけ。
 そこには悪を許さぬという強い意志が感じられる。


「悪評にやられるほど、アメジスト公爵家は弱くないよ」

「単にわたくしが嫌だったのです。ロイス様の妻として、貴方の味方でいさせてください」


「……君が、私の味方?」
「ええ。わたくしはロイス様の味方です」


 ラーニナはニコッと優しく笑む。
 その姿にロイスは少し驚いた様子だったが、こうしてデートは幕を閉じた。

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