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7.愛の言葉①
しおりを挟むある日の夜。
ふと目覚めてから中々寝付けなかった私は、外の空気が吸いたくなって部屋を出る。
「そういえば……」
セピア様と婚約することになったきっかけも、こうやって寝れない日に外に出たことが始まりだったなと思い出した。
今となってはあの時の自分の行動に、少しばかり感謝していたり。
「……はあ」
その理由はすでに自分でもわかっている。
私は──セピア様に惹かれているのだ。
これほど誰かに愛されたことはなく、最初は戸惑っていたけれど……徐々に心が溶かされていって、相手に落ちていくような、そんな感覚だった。
けれど、今の私はセピア様にふさわしくない。
貧乏貴族出身で、希少な神聖力もまともに使えない無能に、セピア様の隣に立つ資格などあるわけがなかった。
本物の聖女であることを公表すれば、私の立ち位置は大きく変わるだろうけれど……聖女様のように国に搾取され、奴隷のような日々を送るのは嫌だ。
ここしばらくの間、ずっとこのことを考えてばかりだったが、結論は未だに出せていない。
聖女と公表しないのなら、セピア様から離れるしかない。
そう考えると胸が締め付けられ、苦しくなる。
セピア様に関することばかり考えていたためか、気づけば外ではなく彼の執務室に来ていた。
すでに遅い時間のため、さすがに部屋で寝ているだろうと思ったけれど……まだ明かりがついていた。
「公爵様。そろそろアイリス様とパーティーに参加した方がよろしいのではないでしょうか。それに今回の招待は王室からです。そう何度も断るわけには……」
「私の話を聞いていなかったか?」
まさかセピア様がまだ仕事をされていたなんて。
それに誰かと一緒にいるようで、思わず息を潜めて盗み聞きしてしまう。
「……申し訳ありません。今回も不参加でお伝えしておきます」
「ああ。それにしても最近は招待状ばかり届いて面倒だな」
「今や国中で公爵様の婚約者であるアイリス様に関心が向いているようです」
「はっ。偉そうに品定めして、楽しむつもりだろう。そのような危険な場所に彼女を連れていけない」
パーティーの招待状……?
セピア様は私のためを思って断っているのだろう。
そんなの構わないのに。王室の招待を断って、公爵家の名に傷がつく方が困る。
「参加したいです、セピア様!」
「……アイリス、起きていたのか」
思わず執務室に入り、参加したい意思を示す。
セピア様は一瞬目を見開いたけれど、すぐに首を横に振った。
「いや、参加しなくていい」
「……セピア様は、私が婚約者だと公表するのが嫌なのですか?」
「なっ、それは違う!」
少し落ち込む素振りを見せれば、セピア様は勢いよく立ち上がって否定した。
「なら参加しても構わないですよね!」
かかった、と思いながら私は笑顔を浮かべてそう言った。
少しの沈黙の後、セピア様は諦めたようにため息を吐いた。
「……わかった、君がそう言うのなら参加しよう」
「やった……!」
不参加になってセピア様の足を引っ張らずに済みそうで良かった。
きっと私はパーティーで、セピア様に不釣り合いだとか色々言われるだろう。
けれど陰口など言われ慣れているし、そんなのどうってことない。
むしろこれをチャンスだと思い、周りに認められるよう行動できるかもしれない。
「この件の続きは明日話そう。それよりも、こんな夜遅くに屋敷を出歩いていて何かあったのか?」
「あ、いえ……特には。ただ目が覚めてしまって、外の空気でも吸おうかと思い……」
気がつけばここに来てました、とは恥ずかしくて言えなかった。
「セピア様こそこんな夜遅くまでお仕事されていたのですね! もしかしていつもですか?」
毎日こんな時間まで仕事をしていたら、いつか体を壊してしまいそうで心配だ。
「いや、今日はたまたま仕事が立て込んでいただけだ。そろそろ休もうと思っていた」
ちょうど仕事を終えたようで、セピア様は立ち上がった。
「では行こうか」
「……はい? 行くってどちらに」
「せっかくだ。今日は共に寝よう」
「……はいっ⁉︎」
まだ結婚しているわけではないため、今は違う部屋で寝ている。
今だって普通に別々で帰るつもりだったけれど、まさかそのように誘われるなんて。
「仮にも結婚する前なので、一緒に寝るのは……」
「大丈夫だ、君の嫌がることはしない」
「そ、そういう問題ではなくて……!」
いや、それもあるけれど!
普通に同じベッドで眠るなんてハードルが高すぎる。
「嫌なら仕方ない。では、眠る前に充電させてくれ」
「……へ」
セピア様は互いの指を絡ませるようにを左手を繋ぎ、右手は私の頬に触れる。
「この後すぐに君と離れなければいけないと思うと、耐えられそうにない」
これは少し……いや、かなり嫌な予感がする。
「たくさん充電しておかないとな」
強く握られた手からは、何があっても離さないという意思が感じ取れた。
うん、ここは私が折れた方が良さそうだ。
「やっぱり一緒に寝ましょうセピア様! 今すぐ!」
「……そうか。もう少し粘ってくれても構わなかったのに」
意地悪そうに笑うセピア様は、絶対に何か悪巧みをしていた。
大方予想はつくけれど……夜遅いということもあって、セピア様の危険度が増している気がする。
けれど一緒に寝ることを受け入れたから、もう大丈夫だと思っていた自分が甘かった。
「あの、セピア様……」
「どうかしたか?」
どうも何も……セピア様の寝室に着いて、すぐに寝るのかと思いきや。
現在、ベッドの脇でセピア様に後ろから抱きしめられていた。
こんなの話が違う!
「すぐ寝るのではないのですか……⁉︎」
「そのつもりだったが、少し惜しくなって」
「ひゃっ」
耳にキスをされ、くすぐったくて変な声がもれる。
夜特有の危ない雰囲気が感じ取れて、いつも以上にドキドキしてしまう。
「セピア様、これ以上は……」
「これ以上は?」
指でつーっと首筋をなぞられ、ゾクゾクした。
触れられた部分が熱い。
その熱が徐々に思考力を奪っていく。
「ん……」
指でなぞった部分に、今度は口づけされる。
その度に反応してしまい、声が出てしまう。
恥ずかしい……けれど、やめてほしくない。そう思ってしまうのは、夜のせいだろうか。
「セピア、様……」
ギュッとセピア様の服の袖を掴む。
自然とセピア様の名前を口にすると、目が合った。
「……その反応は、良くないな」
「……へ」
「あまり私を刺激しないでくれ」
最後に軽く頬にキスされたかと思うと、あっさり解放されてしまう。
これで終わり……? と物足りなさを感じてしまう自分がいて、それはそれで恥ずかしくなる。
そのままセピア様と同じベッドで眠……れずはずもなく。
興奮など簡単には冷めてくれない。
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