無口な婚約者の本音が甘すぎる

群青みどり

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5.婚約者の甘い本音②

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「君は俺が婚約破棄を申し出ると思っていたのか?」
「今月の、会う約束がまだだったので……呆れられてしまったのかなと不安になったのです」
「約束……まだ手紙が届いていないのか」
「手紙、ですか?」
「ああ、誘いの手紙だ。今日中には君の家に届いているはずだ。遅くなってすまない」

 まさかの私の早とちりだった。
 いつもより誘いが遅いというだけで勝手に不安になり、アクア様の家に押しかけるなんて……迷惑も甚だしい。

「本当に申し訳ありません……」
「君は悪くない。俺が遅くなってしまったのが悪い」

 穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
 気まずくてアクア様の顔を見れないでいると、彼は小さく笑みをもらした。

「だが、おかげで良いものが知れた」

 アクア様の手が私の髪に触れる。
 エスコートやダンスの時以外は決して触れてこなかったアクア様が、初めて私に理由なく触れた瞬間だった。

「……っ、あの」
「俺はずっと勘違いしていた。君は婚約という義務感から、俺に接してくれているのだとばかり思っていた」
「義務感だなんて、そんな……」

 慌てて否定しようとしたけれど、アクア様の柔らかな表情を見て胸が高鳴る。

(そうだ、私はさっきアクア様に……好きだと口走ってしまったのだ)

 今更それを思い出して恥ずかしくなった。

「さっきの言葉、もう一度聞かせてくれないか」

 アクア様から私に頼み事をするなんて今回が初めてかもしれない。
 どこか愛おしそうに私を見つめる深い青色の瞳に吸い込まれそうだ。

「ずっと、アクア様のことが好きでした。優しいところも、私の前で見せてくれる微笑みも……アクア様の全部が大好きです」

 想いを言葉にするのは難しかったが、とにかく好きという感情を表に出した。
 自分の気持ちを伝えた直後、恥ずかしさに襲われる。

(アクア様の反応は……あっ)

 恐る恐るアクア様に視線を向けると、すぐに目が合ってしまう。
 思わず俯きそうになったが、その前にアクア様が嬉しそうに笑った。

「夢みたいだ」
「……え」
「何度この瞬間が訪れることを願っただろう。君に笑いかけられるたび、勘違いしてはいけないと自分に言い聞かせたことか」

 まさかアクア様も、私と同じようなことを考えていたとは思わなかった。
 私たちはかなり遠回りをしていたようだ。

「君が好きだ、リリアン。すぐに顔に出てしまう君も、眩しいほど明るい君も、全てが愛おしい」

 初めてアクア様の口から「好き」の言葉が聞けて、ようやく同じ気持ちだと実感が湧いた。

「私も夢みたいです。夢なら一生覚めないでほしいです」
「覚めてくれないと困る。君が信じてくれるまで何度も言葉にしよう……いや、行動で表した方が早いだろうか」

 アクア様は柔らかな表情のまま、そっと私の頬に触れる。
 それはまるで合図のように。

「今ならまだ間に合う。もし拒否するなら……」

 アクア様が全てを言い終える前に、私はゆっくり目を閉じた。
 そんなの答えは決まっている。
 受け入れ体制の私にふっと小さく微笑んだアクア様は、そのまま唇を重ねてきた。
 互いの気持ちを確かめ合った後、どこか気恥ずかしくて笑い合う。

「ああ、そういえば……今月の誘いが遅くなったのは、噂を打ち消すために色々と考えていたんだ」
「噂……」

 そうだ。
 いくらアクア様は信じてくれたからといって、周りも同じとは限らない。
 私の醜聞として責め立ててくる人もいるだろう。

「先日、君にドレスを贈っただろう?」
「はい。とても素敵で、着るのを楽しみにしていました」

 贈られたのは黄色をベースにしたドレスで、試しに着てみた時は家族や使用人にとても絶賛された。

「だが、来週の舞踏会では別に用意したドレスを着てほしいんだ」
「別の……ですか?」

 アクア様は別室に私を案内する。
 その部屋の中心には一着のドレスがあった。

(これって……)

 深い青色がベースの大人な雰囲気漂うドレスには黒のラインも入っていて、それはもうアクア様を表すような色をしていた。

「噂を打ち消すため……というのは建前で、ずっと君にこの色のドレスを着てほしいとと思っていた。当日はこれを着てくれないか?」
「……はい。絶対にアクア様に恥をかかせないとお約束します」

 私のために動いてくれたアクア様の優しさ、愛の深さを必ず無駄にはしないと心に決めた。



◇◇◇◇◇

 王宮舞踏会は大成功だった。
 私とアクア様が入場する前までは好き勝手言っている貴族が多かったらしいが、私たちが入ってくるなり皆黙り込んだという。
 アクア様の色をしたドレスを着こなすため、舞踏会までに何度も試行錯誤した努力が実って良かった。

「アクア様! おはようございます」
「……ああ」

 舞踏会を経て、私とアクア様の関係は大きく変わった。
 まずアクア様との会う頻度が増え、二人で過ごす時間が多くなった。
 それから──

「今日も綺麗だ」

 アクア様は私の手をとるなり、額に軽くキスされる。

(スキンシップが格段に増えた……!!)

 私に触れたりキスしたり……距離がとにかく近くなった。
 もちろん嬉しいけれど、これがなかなか慣れない。
 お互いの気持ちを確認し合えたことで、アクア様はもう我慢する必要はないと判断したようだ。

「どうした?」
「い、いえ……! 行きましょう」

 熱くなる顔を隠すように、アクア様の前を歩こうとする私を見て、彼はふっと笑みをもらす。

「君の愛らしい照れ顔は見せてくれないのか?」
「……っ、これ以上はお許しくださいませ……」

 以前よりも口数が増えたアクア様の本音は、今日も甘かった。

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