無口な婚約者の本音が甘すぎる

群青みどり

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4.婚約者の甘い本音①

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「アクア様が私のことを好きかもしれないの」

 王宮舞踏会が開かれるまで一週間を切ろうとしていたある日。
 私は友人に恋愛相談をしていた。
 あれからアクア様には会えておらず、未だに本音は聞けていない。

「あら……以前までは、『どうしたら女性として意識してくれるのか』と本気で悩んでいたけれど、随分と進展したのね。いったい何をしたのかしら?」
「特に何かしたわけでは……ただ、アクア様に──」

 私は友人に一通り説明する。

「それは高確率で貴女に好意を寄せているわね」
「私の勘違いじゃない……?」
「ええ、恐らくは。それにアクア様はいつも貴女の前ではよく笑っているじゃない? それが恋愛的な意味を持つのだとしたら納得ね」

 私はアクア様の笑顔を見るたびに嫌われていないと安心するだけで終わっていたが、その姿も私に対する好意から来ていたのかもしれない。

「そっか……アクア様も私と同じ気持ちかもしれない……」
「てっきり噂のせいで落ち込んでいると思っていたけれど、二人の仲は深まっていたのね」
「噂って……?」
「あら、何も知らないの? 今、社交界では貴女が他の殿方と浮気していたのがバレて、来週の王宮舞踏会でアクア様が婚約破棄を申し出るだろうという悪い噂が流れているの」
「う、浮気⁉︎ そんなことしていないわ……! それに婚約破棄って……」
「誰かが意図的に流したのでしょうね。たとえ嘘だとしても、火のないところに煙は立たないというから、貴女に何かしら問題があると印象付けるつもりじゃないかしら」
「そんな……」

 ここ最近アクア様のことで頭がいっぱいで、そのような噂が流れていたなど全く気づかなかった。
 もう打つ手はないということだろうか。
 このままだと私のせいでアクア様に迷惑がかかってしまう。
 それにもしアクア様がその噂を信じてしまったら……?

(そういえば、まだ今月の誘いが来ていない)

 過去に舞踏会に参加した月も、それとは別に会っていたというのに……浮かれすぎて重大なことを見逃していた。

(もしかしてアクア様は……)

 いくら噂とはいえ、そのような醜聞が広まってしまった私に呆れてしまったのかもしれない。
 だとしたら本当に婚約破棄をされてしまう……?

「……っ」

 不安になった私はすぐに友人と別れ、アクア様の家へと向かう。
 事前の連絡もなしに会いに行くなど無礼だとわかっていたけれど、一刻も早く会わなければと思った。
 幸いにもアクア様は屋敷にいたようで、使用人がすぐに取り合ってくれた。

「リリアン、突然どうしたんだ」

 屋敷の前でソワソワしながら持っていると、走ってきてくれたのか、少し息を乱しながらアクア様がやってきた。

「……っ、アクア様……」

 もし会わないと突っぱねられたらどうしようかと思っていたため、アクア様の顔が見られて安心するあまり足の力が抜けてしまう。
 そんな私の腰に手を伸ばしたアクア様に支えられ、膝をつかずに済む。

「とりあえず中に……」
「……さい」
「リリアン?」
「私のこと、嫌いにならないでください……浮気なんてしてません……私が好きなのは今までもこれからもアクア様だけです」

 もしアクア様が噂を耳にしていたらと怖くなり、泣きながら訴える。
 嫌われたくない、突き放されたくない。
 これからも私のそばにいてほしい。

「君は、俺がそのようなくだらない噂を信じていると思っているのか?」
「へ……」
「泣かないでくれ。ひとまず中に入ろう」

 アクア様はそっと涙を拭ってくれ、私を部屋へと案内してくれた。

「これは……」
「ホットミルクに蜂蜜はいつもどの程度入れるんだ?」

 使用人が部屋に持ってきてくれたのは、ホットミルクと別添えの蜂蜜だった。
 いつだったか、アクア様に話したことがある。

(ホットミルクに蜂蜜をたっぷり入れて飲むと、心が落ち着いてよく眠れるから、辛いことや悲しいことがあった時に飲んでいるって)

 しかしそれは何気ない会話の一部に過ぎない。
 それをアクア様は覚えてくれていたのか。

「まずは心を落ち着かせるといい。話はそれからだ」
「……ありがとうございます」

 私が取り乱してしまったからか、アクア様は隣に座って蜂蜜を入れたミルクを渡してくれた。



「……美味しい」
「追加で入れなくて大丈夫か?」
「じゅ、十分です……! お気遣いありがとうございます」

 甘いもの好きとはいえ、過剰摂取はよろしくない。
 ミルクを飲んだことで少し落ち着きを取り戻すと、今度は羞恥心に苛まれる。

(私、アクア様の前で泣くだなんて……なんという失態だ)

 チラッと横目でアクア様を見る。
 いつもは向かい合って座ることが多いため、なんだか変な気分だ。

「落ち着いたか?」

 私の視線に気づいたのか、アクア様は優しく微笑む。
 いつもより距離が近くて変に意識してしまい、顔が熱くなった。

「も、申し訳ありません。お恥ずかしい姿を……」
「構わない」

 直後、二人の間に沈黙が流れてしまう。
 聞きたいことがたくさんあり過ぎて、上手くまとまらない。

「君が心配している噂について、確かに俺の耳にも届いていた」

 先に口を開いたのはアクア様だった。
 やっぱりアクア様も噂について知っていたようだ。
 一瞬不安になったけれど、先程のアクア様の言葉を思い出す。

「もう一度言っておくが、俺はその噂を一瞬たりとも信じたことはない。いつも真っ直ぐで嘘をつけない君が、そのようなことをする人ではないことぐらい知っている」
「……はい」

 その言葉を聞けて、ようやく安心する。
 アクア様は噂ではなく私を信じてくれたのだ。

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