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第11幕)望み≠願い
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狂気の夜は終わりを迎え、朝が来て昼を越え、時刻は午後の三時を少しだけ過ぎた頃。もう二度と動く事はなく、徐々に不自然な形を増していくのであろう、以前はたしかに優矢だった筈が今はもはや優矢ではないとも言える、異様に冷えきった優矢のすぐ傍で、こちらもある意味では以前の方がたしかに奈美であったと言っても良いのであろう奈美が、極上の幸せに包まれながら取り込んだ洗濯物を一つずつ一つずつ丁寧に畳んでいた。
「えへへー♪」
その奈美は、時折その優矢を見つめては自身のお腹に手を当て、傍に居る事を実感しながら幸せに満ち溢れた微笑みを浮かべるという動作を何度も何度も繰り返しているのだが、まさにそのとおりで奈美は今、間違いなく幸せの中に暮らしていた。
「ねぇ、アナタぁー」
奈美が照れながら話しかける。
「アタシがもうすぐお誕生日だって事、覚えててくれてる?」
少し甘えるように。
「とうとう、三十路に突入だよぉー」
そして、溜め息を一つ。
「でも、でも、年齢なんて関係ないよって言ってくれたよね? 随分前の事だったけど、アタシはちゃ~んと覚えてるんだから」
再び、甘えるように。
「ああーっ、そんなの忘れてたとか言うつもりでしょー? 知らないフリしたってダメなんだからね」
まるで、会話を楽しんでいるかのように………いいや。楽しみながら話し続ける。
「あう、う………今日も冷えるね。ホントに暖冬なのかな。ねぇ、アナタ。寒くない? アタシは寒いの苦手。って、知ってるよね? あ、そうだ。あのさ、もうすぐ終わるから、そしたら、そしたらさ、その………そっちに、行ってもイイ?」
そして、甘えた声でそう告げると、可愛く微笑み、
「って言うか、ダメって言われても行っちゃうもぉーん。えへへ………すぐに終わらせちゃうから待っててね」
会話を終えたかのように、ではなく。会話を終えて。洗濯物を畳む手を速めた。
「うんしょ、うんしょ………」
自身でも信じられないくらいに幸せな奈美の脳裏に、今日この時に至るまでの様々な記憶が浮かび始めた。
………。
………。
奈美は幼い頃からずっと身体が丈夫ではなかった。なので、すぐに風邪をひいたり、ひくと必ずと言っても間違いではないくらいにこじらせたり、高熱が何日も続くといったような事態に常に苛まれていた。そんな時、両親が共に殆ど家に居ない毎日だったので、看病するのはいつだって優矢だった。
そういう状況であった為に奈美は学校を休む事も多く、故に外に出る機会も少なかったので人見知りな性格が極端に激しくなってしまい、接する相手は自然と優矢に限定されていった。
奈美が望めばいつだって傍に居てくれようとしてくれる優しい優矢とのほぼ二人きりの毎日を暮らしていく内に、奈美は優矢さえ居れば構わないと思ってしまうまでに優矢のみを欲するようになっていった。そしていつからか、奈美は優矢を意識するだけでドキドキと胸が高鳴っている自分に気づく。
例えばあれが欲しいとか、あれがしたいとか、あれが食べたいとか、あそこに行きたいとか、そういったささやかな贅沢を話し合うだけだったとしても、そのどれもが優矢と一緒にそうしたいと望んでいた。
とは、言うものの。
何をするにも優矢と二人きりであったのは両親が共稼ぎで家に殆ど居ないからという理由であって、決して両親に愛されていなかったのではなく、分け隔てなく人並み以上の愛情を注いでくれたと奈美は今でも思っているし、少なくとも奈美にとって両親は、理想の夫婦でもあった。だからこそ、気づいてしまったのだ。その理想に自分と優矢を当てはめて夢に見ていたから。奈美は優矢を愛してしまっていたのだ。そして、それが戸惑いから切なる望みに変化するのに時間はさほどかからなかった。
奈美が自身の想いにもっと正直になりたいと思い始めたのは、詰まるところ恋人の先にある夫婦という関係性にまで発展させたいと望み始めたのは、両親が事故で揃って亡くなった頃だった。丁度と表現して良い事ではないのだが、重なってしまった事で助長されたのは間違いない。それは、奈美は小さな養護施設で働くようになって少し経った頃で、まだ学生だった優矢は唯一親交のあった母の両親である母方の祖父母が預かる事になったのだが、優矢とこの家で二人きりで暮らす事を密かに望んでいた奈美は、優矢への想いは隠してではあったがその旨を祖父母に伝え、何か困った事があった際は助けてほしいと頼んだ。そして、奈美の体調も心配だった優矢も当然と言えば当然の事、その考えに同調した。すると祖父母は、可愛い孫二人を心の底から心配しつつもそれを自立心と受けとり、少しでも困った事があれば遠慮なく連絡するようにという心優しい条件の元、快く了承した。
こうして二人は、表面上は姉弟でも実は夫婦の契りを交わした仲という禁断の毎日を、家の中では誰にも憚る事なく、あからさまに求め合い、それはそれは仲睦まじく幸せに暮らしていたのだが、徐々に徐々にすれ違いを見せ始め、優矢が想いを思いで抑えだし、それを見誤って焦ってしまった奈美が暴走し、その暴走の結末に絶望して自殺未遂まで引き起こし、優矢の誤解を招くに至り、それが決定的な引き金となって離れて暮らすという事に繋がってしまった。
駆け引きを間違えて独りぼっちになった奈美は、優矢に棄てられてしまったと思い悩んで深く悲しみながらも、それでも尚・・・・優矢を諦めるつもりは全くと表現しても、それは間違いではないという程にまで皆無であった。
虚無な日々が続き、もはや愛想笑いの仕方さえ忘れてしまいそうにまでなっていたある日、奈美の脳に心を躍らせる考えが浮かんだ。奈美にとってまさにそれはクモの糸であった。希望の光を見つけたと思った奈美は、時間が少しでも早く進んでくれる事を望みながら独りぼっちの日々をすごし、やがて待ち望んでいた両親の命日を迎える。
漸く優矢に再会する機会を得た奈美はそこで、何かあった時の為に連絡できるようにしておこうという表向きの理由を持ち出す事により、優矢の携帯電話のナンバーとアドレスを手に入れる事に成功した。
優矢にメールを送信する。
優矢から返信が届く。
優矢に電話する。
優矢の声を聞く。
そういった機会を少しずつ確実に増やしていき、繋がりを実感すると、毎日が劇的に楽しくなっていった。しかしそうなると、次第に次が欲しくなる。それが叶うと、更なる次が欲しくなる。そこまではまだ、些細な幸せを健気に望んでいただけだと言えたかもしれない。が、しかし。この結末に至るキッカケとなったアイテムに巡り合った時、奈美の心に趣の違う新たな欲望が芽生えた。
望む世界は同じでも、
見える景色が変わった。
がらり、と。
そして、それはすぐに独占欲へと膨らみ、どうすればそれを達成できるのかという考えに囚われていく。それにより、望むゴールが少しだけ変わり、それが原因で精神が壊れていくそのスピードが増してしまった。
独りきり、奈美は考える。
ユウヤはもうお嫁さんだとは思ってくれないだろうし、恋人だとさえ思ってはくれないだろうけど、まだ姉だとは思ってくれてる筈だ。両親が結婚という形を選んだのだから、だから赤の他人なんかではないのだから、例え露見したとしてもそこまで邪険にはしないだろう。何よりも、ユウヤは誰よりも優しい。現に、ユウヤに邪険な扱いをされた覚えもない。だから、そこを突けば自分だけのモノにできるかもしれない。自分の意のままにできるかもしれない。けれど、もうこれ以上は嫌われたくないし、可能であるのならば再び………ううん。絶対に愛してもらいたい。
しかも、永遠に。
心変わりする事なく。
奈美は更に考える。
アタシ達には沢山の想い出がある。特にこの家にはそれが詰まってる。姉と弟というカードを捨てずに我慢してきた事も効果を増大してくれるだろう。姉であるというカードは諸刃の剣、言い換えればジョーカーなのだ。このカードがある限り、ユウヤはアタシを見捨てる事はしない。だからこそ、沢山の想い出と思い出が詰まってあるのだ。だから、それを思い出させるように仕向け、更に情で訴えれば、優しいユウヤならきっと受け入れてくれる。妊娠を企んだあの時だってそうだったし、以前はあんなに愛してくれたのだから。でも、これでは今までと変わらない。時間が経てばまた捨てられてしまうのと同じ事になってしまうかもしれない。もうそんなのは絶対にイヤだ。魂胆が露見してはならないのだ。嫌われた状態で独占しても後悔するだけ………。
そんなの絶対にイヤだ。
もうこんな毎日はイヤだ。
奈美は遂に辿り着く。
では、ユウヤに永遠に愛してもらいつつ独占するにはどうすればイイのか? それは、愛してくれてると判ったその時に、殺してしまえばイイのだ。そうすれば、ユウヤが心変わりしてアタシを捨てるなんてコトはもう起きない。そして、その上で独占できる………ふふふ。
完璧だよ、うん。
と、奈美は思った。
元々が既にもう不安定な精神状態で長い日々をすごしてきた奈美は、このようにしてどんどん壊れていき、遂に待ち侘びた狂気の夜を迎えるに至った。
優矢への愛情が勝ってしまって何度か計画が破綻しかけたが、最終的にはうまく運ぶ事ができたと言っても良いであろう運びとなった。あの夜のあの時、もうサイコパスまで僅か数ミリといった状態にまで陥っていた奈美は、今だと思うや否やそれまで完璧に隠し続けていた独占欲を剥き出しにし、更にはそれをあからさまにまで解放させた。すると、自由を得たその独占欲は、アッと言う間に奈美を支配し、支配したその瞬間から優矢の背中をジーッと見据えていたその表情がスーッと豹変していき、奈美は誰かに話しかけられたかのように一つ頷く。奈美はこの時、完全に崩壊した。
もうすぐだ。
もうすぐ自分のモノになる。
自分だけのモノになるんだ。
落ち着け。
落ち着いて行け。
冷静に狙いを定めるんだ。
奈美を支配し続ける独占欲は、キッチンにあるのとは別にその日の朝から用意して隠し持っていた刃物をパンツのポッケから取り出させ、鞘を抜き、柄をしっかりと掴ませながら優矢に向かって足を出させ続け、その勢いを増していき、丁度振り返った優矢に突き立てたその刃物と共に飛び込んだ。
優矢の身体に鋭利な刃がズブズブとめり込んでいく感触を実感した時、もう完全に壊れている奈美は、不意に優矢が自分の中に入ってきてくれる時の感触を思い浮かべた。奈美は何故かその時、入れるのも迎えるのも同じ感触なんだなと妙に納得した。そして、こう思った。優矢は今、幸せに違いないと。何故ならば、優矢が入ってきてくれる時、奈美はいつだって幸せだったから………そう思えると、奈美は漸く安堵を感じた。
ユウヤはもうこれで、
アタシを嫌いにはならない。
だから安心して、
自分のモノにできる。
これで、
アタシのモノだ。
奈美が優矢に刃物を突き刺した事は誰も知らない。当事者の優矢でさえ気づいていない。優矢に嫌われずに独占欲を満足させる事に成功した奈美は、その瞬間にその顔をニヤリと歪ませた。
うふふ………。
嬉しくて声が震えた。嬉しくて嬉しくて声が震えを増していった。嬉しくて嬉しくて嬉しくて声を上げて笑ってしまいそうになったので、奈美はそれを必死に耐えた。何を言っているのか判らないくらいに声が震え続けた。
ねぇ、ユウヤ?
二階、行こっか。
もしも、その時の奈美の歪んだ表情を誰かが見たとしたら………その誰かはその表情を決して忘れられないだろう。毎夜、悪夢として浮かんできては魘されるという形で。或いは、不意に脳内を支配するトラウマという形で。
奈美の歪んだその笑顔は、
もう人間のそれではなかった。
刃物を深く突き刺した個所を隠すように優矢に寄り添った奈美は、二階にある優矢の部屋に行く時も、優矢のベッドに揃って倒れ込んだ時も、ベッドやシーツや優矢や奈美が徐々に赤く赤く染まっていっても、絶対に優矢に嫌われてはいないと確信していた。
これでもうずっと一緒だね。
アタシの、ユウヤぁ………。
完全に壊れてしまっている奈美が、自身のした事の重大さに気づく事はなかった。それが罪だとは思っていなかった。間違いなく幸せのみに包まれていたのだから。それ以外は何も感じてはいなかった。もう誰かに盗られる心配はない。永遠に自分だけのモノになったのだから。
アタシが温めてあげるね。
これからも、ずっと。
壊れた奈美は、幸せに包まれながら愛しい優矢に寄り添い、シーツごと優しく抱きしめ、愛してるよと何度も囁いた。そして、感謝した。何度も何度も感謝した。次に、神様に感謝した。何度も何度も感謝した。感じた事のない幸せに、身震いもしながら。
そして、今も。
それは、続く。
「ねぇ、アナタぁ………」
洗濯物を綺麗に畳み終えた奈美は、もう何処にも行けない誰にも会えない二度と動けない優矢に話しかける。
「寒くない?」
「寒いでしょ?」
「寒いよね?」
そう話しかけると、いそいそと服を脱いで裸になる。
「アタシが、温めてあげる」
赤い染みが広がる、もはや赤いシーツと言える白いシーツにくるんだ優矢にピタリと寄り添った奈美は、シーツごと優矢をギュッと抱きしめた。
「愛してるよぉー」
その瞳はあからさまに潤いを増し、
「はう、ぐ………」
欲望のままに愛しい優矢を抱きしめ直し、
「はあ、はあ………」
身体を小刻みに揺らして擦り付ける。
「んっ………っ」
吐息は次第に荒くなり、
「ん………んっ」
溢れ漏れる声は大きくなり、
「んぐっ!」
強くなり、
「んんっ!」
激しさを増して部屋に響き渡る。
「はぐっ、ん、んっ」
止め処なく上昇していく快感を貪り続け、
「あっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あああっ!」
強く深く、
「はぁ、はぁ、アナタぁー」
何度も何度も擦り付けていく。
「あぐっ!」
満たされゆく淫欲を満たしきるまでそれは続き、
「アナタぁ、はう、う、アナタぁー」
やがて、
「も、もう、アタ、シ、あああ!」
止め処なく上昇していた快感が、
「アナタぁ、アナタぁ、アタシぃ!」
遂にその頂点を迎えようとする。
「あああ! も、もう、あああ! あっ、あああっ、あっ!」
そして、
「あああっ、あが、あ、っ、んっ!」
奈美が求めた淫らな欲望は、
「っ………っ、んっ、ん、んっ、んくっ、んっ」
不規則にビクンビクンと幾度か震えた後、
「んっ、っ、っ、はうう………はあ、はあ、アナタぁー」
一先ずの終焉を迎えるに至った。
「はぁ、はぁ、はぁ………ん」
荒かった呼吸は、
「はぁ、はぁ………っ」
徐々に穏やかさを取り戻していき、
「愛、してる、よぉ………」
部屋は再びの平穏に包まれる。
………。
「ずっと………さ」
暫しの沈黙の後、吐息交じりの甘い声で優矢に囁いた奈美は、幸せそうに目を閉じて余韻に浸る。
「こうしてたいなぁー」
優矢に話しかけられたかのように話しだした奈美のその声から、徐々に柔らかさが消えていった。
「アタシはずーっと、ユウヤだけのモノだよぉー。だって、ユウヤのおかげだもん。全部、ユウヤのおかげ。手に入れたのよ、幸せを、ね………ふふっ」
更に、その声が妖しく震え始めた。
「愛してるよぉ、ア、ナ、タ」
………、
………、
………、
ぐふふ。
………、
………、
………、
ぐふっ、へへへ、
ふへつ、ふえっ、ぐへへ!
奈美はもう抑えられない。
………、
………、
だから、
抑える事を止めた。
「あはは!」
奈美は笑いだす。
「あははは!」
その笑い声が大きくなっていく。
「ぎゃは、あは、あは、あはは!」
そして、
「ぎゃぁーっはっはっは!」
狂ったような。と、言うより。
完全に狂った笑い声をあげた。
「ぐわぁーっはっはっは!」
それが部屋中に響き渡る。
「ふふっ、ふふふっ、ふふふっ、ふふふふっ、ふふっ、ふふふふっ、ふふふ、ぐふふふ」
その表情は狂気に満ち満ちてはいるのだが、
「アタシのモノだぁあああー!」
しかしながら、心の底から嬉しそうにそう叫び、
「ぐふっ、ぐふふっ、いひふっ、ひふふふっ、ぐへっ、ぐへへへっ、ふふふ、ふひっ、ぷぁはは!」
心の底から嬉しそうに笑う。
「ア、アタ、アタ、アタシのモノなんだぞぉおおおー!」
手筈は整えてある。
「アタシのだぞぉおおおー!」
後は、優矢が住んでいた部屋の荷物が期日どおりに届くのを待ち、都合が悪いモノがあれば隠滅するだけだ。
「だ、だ、誰にも渡さないぞぉー!」
後処理はゆっくりで良いのだ。
「ぎゃぁーっはっはっは!」
時間なんて腐るほどあるのだから。
「ああぁーっはっはっは!」
それこそ笑いが止まらない。
「ぐわぁーっはっはっは!」
奈美はこれで十全だと思っていた。
「ヤッタぞぉー!」
奈美のその精神は、
「いひ! いひひ、うふ、うふっ、ぐふふ、でへへ!」
もう、
随分前に壊れてしまっていたから。
「全部だぁー!」
奈美は幸せで仕方がなかった。
「全部、アタシだけのモノだぁー!」
それ以外、何も考えていなかった。
「はぁ、はぁ………幸せ。ぐふっ♪」
だって、
それはそうだろう。
奈美はこの先、
誰にも知られる事なく、
故に誰にも邪魔される事なく、
優矢に愛されたまま、
永遠に愛され続けたまま、
独り占めする事に成功したと思っているのだから。
………。
………。
………。
三億円を。
第十一話 望み≠願い 完
「えへへー♪」
その奈美は、時折その優矢を見つめては自身のお腹に手を当て、傍に居る事を実感しながら幸せに満ち溢れた微笑みを浮かべるという動作を何度も何度も繰り返しているのだが、まさにそのとおりで奈美は今、間違いなく幸せの中に暮らしていた。
「ねぇ、アナタぁー」
奈美が照れながら話しかける。
「アタシがもうすぐお誕生日だって事、覚えててくれてる?」
少し甘えるように。
「とうとう、三十路に突入だよぉー」
そして、溜め息を一つ。
「でも、でも、年齢なんて関係ないよって言ってくれたよね? 随分前の事だったけど、アタシはちゃ~んと覚えてるんだから」
再び、甘えるように。
「ああーっ、そんなの忘れてたとか言うつもりでしょー? 知らないフリしたってダメなんだからね」
まるで、会話を楽しんでいるかのように………いいや。楽しみながら話し続ける。
「あう、う………今日も冷えるね。ホントに暖冬なのかな。ねぇ、アナタ。寒くない? アタシは寒いの苦手。って、知ってるよね? あ、そうだ。あのさ、もうすぐ終わるから、そしたら、そしたらさ、その………そっちに、行ってもイイ?」
そして、甘えた声でそう告げると、可愛く微笑み、
「って言うか、ダメって言われても行っちゃうもぉーん。えへへ………すぐに終わらせちゃうから待っててね」
会話を終えたかのように、ではなく。会話を終えて。洗濯物を畳む手を速めた。
「うんしょ、うんしょ………」
自身でも信じられないくらいに幸せな奈美の脳裏に、今日この時に至るまでの様々な記憶が浮かび始めた。
………。
………。
奈美は幼い頃からずっと身体が丈夫ではなかった。なので、すぐに風邪をひいたり、ひくと必ずと言っても間違いではないくらいにこじらせたり、高熱が何日も続くといったような事態に常に苛まれていた。そんな時、両親が共に殆ど家に居ない毎日だったので、看病するのはいつだって優矢だった。
そういう状況であった為に奈美は学校を休む事も多く、故に外に出る機会も少なかったので人見知りな性格が極端に激しくなってしまい、接する相手は自然と優矢に限定されていった。
奈美が望めばいつだって傍に居てくれようとしてくれる優しい優矢とのほぼ二人きりの毎日を暮らしていく内に、奈美は優矢さえ居れば構わないと思ってしまうまでに優矢のみを欲するようになっていった。そしていつからか、奈美は優矢を意識するだけでドキドキと胸が高鳴っている自分に気づく。
例えばあれが欲しいとか、あれがしたいとか、あれが食べたいとか、あそこに行きたいとか、そういったささやかな贅沢を話し合うだけだったとしても、そのどれもが優矢と一緒にそうしたいと望んでいた。
とは、言うものの。
何をするにも優矢と二人きりであったのは両親が共稼ぎで家に殆ど居ないからという理由であって、決して両親に愛されていなかったのではなく、分け隔てなく人並み以上の愛情を注いでくれたと奈美は今でも思っているし、少なくとも奈美にとって両親は、理想の夫婦でもあった。だからこそ、気づいてしまったのだ。その理想に自分と優矢を当てはめて夢に見ていたから。奈美は優矢を愛してしまっていたのだ。そして、それが戸惑いから切なる望みに変化するのに時間はさほどかからなかった。
奈美が自身の想いにもっと正直になりたいと思い始めたのは、詰まるところ恋人の先にある夫婦という関係性にまで発展させたいと望み始めたのは、両親が事故で揃って亡くなった頃だった。丁度と表現して良い事ではないのだが、重なってしまった事で助長されたのは間違いない。それは、奈美は小さな養護施設で働くようになって少し経った頃で、まだ学生だった優矢は唯一親交のあった母の両親である母方の祖父母が預かる事になったのだが、優矢とこの家で二人きりで暮らす事を密かに望んでいた奈美は、優矢への想いは隠してではあったがその旨を祖父母に伝え、何か困った事があった際は助けてほしいと頼んだ。そして、奈美の体調も心配だった優矢も当然と言えば当然の事、その考えに同調した。すると祖父母は、可愛い孫二人を心の底から心配しつつもそれを自立心と受けとり、少しでも困った事があれば遠慮なく連絡するようにという心優しい条件の元、快く了承した。
こうして二人は、表面上は姉弟でも実は夫婦の契りを交わした仲という禁断の毎日を、家の中では誰にも憚る事なく、あからさまに求め合い、それはそれは仲睦まじく幸せに暮らしていたのだが、徐々に徐々にすれ違いを見せ始め、優矢が想いを思いで抑えだし、それを見誤って焦ってしまった奈美が暴走し、その暴走の結末に絶望して自殺未遂まで引き起こし、優矢の誤解を招くに至り、それが決定的な引き金となって離れて暮らすという事に繋がってしまった。
駆け引きを間違えて独りぼっちになった奈美は、優矢に棄てられてしまったと思い悩んで深く悲しみながらも、それでも尚・・・・優矢を諦めるつもりは全くと表現しても、それは間違いではないという程にまで皆無であった。
虚無な日々が続き、もはや愛想笑いの仕方さえ忘れてしまいそうにまでなっていたある日、奈美の脳に心を躍らせる考えが浮かんだ。奈美にとってまさにそれはクモの糸であった。希望の光を見つけたと思った奈美は、時間が少しでも早く進んでくれる事を望みながら独りぼっちの日々をすごし、やがて待ち望んでいた両親の命日を迎える。
漸く優矢に再会する機会を得た奈美はそこで、何かあった時の為に連絡できるようにしておこうという表向きの理由を持ち出す事により、優矢の携帯電話のナンバーとアドレスを手に入れる事に成功した。
優矢にメールを送信する。
優矢から返信が届く。
優矢に電話する。
優矢の声を聞く。
そういった機会を少しずつ確実に増やしていき、繋がりを実感すると、毎日が劇的に楽しくなっていった。しかしそうなると、次第に次が欲しくなる。それが叶うと、更なる次が欲しくなる。そこまではまだ、些細な幸せを健気に望んでいただけだと言えたかもしれない。が、しかし。この結末に至るキッカケとなったアイテムに巡り合った時、奈美の心に趣の違う新たな欲望が芽生えた。
望む世界は同じでも、
見える景色が変わった。
がらり、と。
そして、それはすぐに独占欲へと膨らみ、どうすればそれを達成できるのかという考えに囚われていく。それにより、望むゴールが少しだけ変わり、それが原因で精神が壊れていくそのスピードが増してしまった。
独りきり、奈美は考える。
ユウヤはもうお嫁さんだとは思ってくれないだろうし、恋人だとさえ思ってはくれないだろうけど、まだ姉だとは思ってくれてる筈だ。両親が結婚という形を選んだのだから、だから赤の他人なんかではないのだから、例え露見したとしてもそこまで邪険にはしないだろう。何よりも、ユウヤは誰よりも優しい。現に、ユウヤに邪険な扱いをされた覚えもない。だから、そこを突けば自分だけのモノにできるかもしれない。自分の意のままにできるかもしれない。けれど、もうこれ以上は嫌われたくないし、可能であるのならば再び………ううん。絶対に愛してもらいたい。
しかも、永遠に。
心変わりする事なく。
奈美は更に考える。
アタシ達には沢山の想い出がある。特にこの家にはそれが詰まってる。姉と弟というカードを捨てずに我慢してきた事も効果を増大してくれるだろう。姉であるというカードは諸刃の剣、言い換えればジョーカーなのだ。このカードがある限り、ユウヤはアタシを見捨てる事はしない。だからこそ、沢山の想い出と思い出が詰まってあるのだ。だから、それを思い出させるように仕向け、更に情で訴えれば、優しいユウヤならきっと受け入れてくれる。妊娠を企んだあの時だってそうだったし、以前はあんなに愛してくれたのだから。でも、これでは今までと変わらない。時間が経てばまた捨てられてしまうのと同じ事になってしまうかもしれない。もうそんなのは絶対にイヤだ。魂胆が露見してはならないのだ。嫌われた状態で独占しても後悔するだけ………。
そんなの絶対にイヤだ。
もうこんな毎日はイヤだ。
奈美は遂に辿り着く。
では、ユウヤに永遠に愛してもらいつつ独占するにはどうすればイイのか? それは、愛してくれてると判ったその時に、殺してしまえばイイのだ。そうすれば、ユウヤが心変わりしてアタシを捨てるなんてコトはもう起きない。そして、その上で独占できる………ふふふ。
完璧だよ、うん。
と、奈美は思った。
元々が既にもう不安定な精神状態で長い日々をすごしてきた奈美は、このようにしてどんどん壊れていき、遂に待ち侘びた狂気の夜を迎えるに至った。
優矢への愛情が勝ってしまって何度か計画が破綻しかけたが、最終的にはうまく運ぶ事ができたと言っても良いであろう運びとなった。あの夜のあの時、もうサイコパスまで僅か数ミリといった状態にまで陥っていた奈美は、今だと思うや否やそれまで完璧に隠し続けていた独占欲を剥き出しにし、更にはそれをあからさまにまで解放させた。すると、自由を得たその独占欲は、アッと言う間に奈美を支配し、支配したその瞬間から優矢の背中をジーッと見据えていたその表情がスーッと豹変していき、奈美は誰かに話しかけられたかのように一つ頷く。奈美はこの時、完全に崩壊した。
もうすぐだ。
もうすぐ自分のモノになる。
自分だけのモノになるんだ。
落ち着け。
落ち着いて行け。
冷静に狙いを定めるんだ。
奈美を支配し続ける独占欲は、キッチンにあるのとは別にその日の朝から用意して隠し持っていた刃物をパンツのポッケから取り出させ、鞘を抜き、柄をしっかりと掴ませながら優矢に向かって足を出させ続け、その勢いを増していき、丁度振り返った優矢に突き立てたその刃物と共に飛び込んだ。
優矢の身体に鋭利な刃がズブズブとめり込んでいく感触を実感した時、もう完全に壊れている奈美は、不意に優矢が自分の中に入ってきてくれる時の感触を思い浮かべた。奈美は何故かその時、入れるのも迎えるのも同じ感触なんだなと妙に納得した。そして、こう思った。優矢は今、幸せに違いないと。何故ならば、優矢が入ってきてくれる時、奈美はいつだって幸せだったから………そう思えると、奈美は漸く安堵を感じた。
ユウヤはもうこれで、
アタシを嫌いにはならない。
だから安心して、
自分のモノにできる。
これで、
アタシのモノだ。
奈美が優矢に刃物を突き刺した事は誰も知らない。当事者の優矢でさえ気づいていない。優矢に嫌われずに独占欲を満足させる事に成功した奈美は、その瞬間にその顔をニヤリと歪ませた。
うふふ………。
嬉しくて声が震えた。嬉しくて嬉しくて声が震えを増していった。嬉しくて嬉しくて嬉しくて声を上げて笑ってしまいそうになったので、奈美はそれを必死に耐えた。何を言っているのか判らないくらいに声が震え続けた。
ねぇ、ユウヤ?
二階、行こっか。
もしも、その時の奈美の歪んだ表情を誰かが見たとしたら………その誰かはその表情を決して忘れられないだろう。毎夜、悪夢として浮かんできては魘されるという形で。或いは、不意に脳内を支配するトラウマという形で。
奈美の歪んだその笑顔は、
もう人間のそれではなかった。
刃物を深く突き刺した個所を隠すように優矢に寄り添った奈美は、二階にある優矢の部屋に行く時も、優矢のベッドに揃って倒れ込んだ時も、ベッドやシーツや優矢や奈美が徐々に赤く赤く染まっていっても、絶対に優矢に嫌われてはいないと確信していた。
これでもうずっと一緒だね。
アタシの、ユウヤぁ………。
完全に壊れてしまっている奈美が、自身のした事の重大さに気づく事はなかった。それが罪だとは思っていなかった。間違いなく幸せのみに包まれていたのだから。それ以外は何も感じてはいなかった。もう誰かに盗られる心配はない。永遠に自分だけのモノになったのだから。
アタシが温めてあげるね。
これからも、ずっと。
壊れた奈美は、幸せに包まれながら愛しい優矢に寄り添い、シーツごと優しく抱きしめ、愛してるよと何度も囁いた。そして、感謝した。何度も何度も感謝した。次に、神様に感謝した。何度も何度も感謝した。感じた事のない幸せに、身震いもしながら。
そして、今も。
それは、続く。
「ねぇ、アナタぁ………」
洗濯物を綺麗に畳み終えた奈美は、もう何処にも行けない誰にも会えない二度と動けない優矢に話しかける。
「寒くない?」
「寒いでしょ?」
「寒いよね?」
そう話しかけると、いそいそと服を脱いで裸になる。
「アタシが、温めてあげる」
赤い染みが広がる、もはや赤いシーツと言える白いシーツにくるんだ優矢にピタリと寄り添った奈美は、シーツごと優矢をギュッと抱きしめた。
「愛してるよぉー」
その瞳はあからさまに潤いを増し、
「はう、ぐ………」
欲望のままに愛しい優矢を抱きしめ直し、
「はあ、はあ………」
身体を小刻みに揺らして擦り付ける。
「んっ………っ」
吐息は次第に荒くなり、
「ん………んっ」
溢れ漏れる声は大きくなり、
「んぐっ!」
強くなり、
「んんっ!」
激しさを増して部屋に響き渡る。
「はぐっ、ん、んっ」
止め処なく上昇していく快感を貪り続け、
「あっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あああっ!」
強く深く、
「はぁ、はぁ、アナタぁー」
何度も何度も擦り付けていく。
「あぐっ!」
満たされゆく淫欲を満たしきるまでそれは続き、
「アナタぁ、はう、う、アナタぁー」
やがて、
「も、もう、アタ、シ、あああ!」
止め処なく上昇していた快感が、
「アナタぁ、アナタぁ、アタシぃ!」
遂にその頂点を迎えようとする。
「あああ! も、もう、あああ! あっ、あああっ、あっ!」
そして、
「あああっ、あが、あ、っ、んっ!」
奈美が求めた淫らな欲望は、
「っ………っ、んっ、ん、んっ、んくっ、んっ」
不規則にビクンビクンと幾度か震えた後、
「んっ、っ、っ、はうう………はあ、はあ、アナタぁー」
一先ずの終焉を迎えるに至った。
「はぁ、はぁ、はぁ………ん」
荒かった呼吸は、
「はぁ、はぁ………っ」
徐々に穏やかさを取り戻していき、
「愛、してる、よぉ………」
部屋は再びの平穏に包まれる。
………。
「ずっと………さ」
暫しの沈黙の後、吐息交じりの甘い声で優矢に囁いた奈美は、幸せそうに目を閉じて余韻に浸る。
「こうしてたいなぁー」
優矢に話しかけられたかのように話しだした奈美のその声から、徐々に柔らかさが消えていった。
「アタシはずーっと、ユウヤだけのモノだよぉー。だって、ユウヤのおかげだもん。全部、ユウヤのおかげ。手に入れたのよ、幸せを、ね………ふふっ」
更に、その声が妖しく震え始めた。
「愛してるよぉ、ア、ナ、タ」
………、
………、
………、
ぐふふ。
………、
………、
………、
ぐふっ、へへへ、
ふへつ、ふえっ、ぐへへ!
奈美はもう抑えられない。
………、
………、
だから、
抑える事を止めた。
「あはは!」
奈美は笑いだす。
「あははは!」
その笑い声が大きくなっていく。
「ぎゃは、あは、あは、あはは!」
そして、
「ぎゃぁーっはっはっは!」
狂ったような。と、言うより。
完全に狂った笑い声をあげた。
「ぐわぁーっはっはっは!」
それが部屋中に響き渡る。
「ふふっ、ふふふっ、ふふふっ、ふふふふっ、ふふっ、ふふふふっ、ふふふ、ぐふふふ」
その表情は狂気に満ち満ちてはいるのだが、
「アタシのモノだぁあああー!」
しかしながら、心の底から嬉しそうにそう叫び、
「ぐふっ、ぐふふっ、いひふっ、ひふふふっ、ぐへっ、ぐへへへっ、ふふふ、ふひっ、ぷぁはは!」
心の底から嬉しそうに笑う。
「ア、アタ、アタ、アタシのモノなんだぞぉおおおー!」
手筈は整えてある。
「アタシのだぞぉおおおー!」
後は、優矢が住んでいた部屋の荷物が期日どおりに届くのを待ち、都合が悪いモノがあれば隠滅するだけだ。
「だ、だ、誰にも渡さないぞぉー!」
後処理はゆっくりで良いのだ。
「ぎゃぁーっはっはっは!」
時間なんて腐るほどあるのだから。
「ああぁーっはっはっは!」
それこそ笑いが止まらない。
「ぐわぁーっはっはっは!」
奈美はこれで十全だと思っていた。
「ヤッタぞぉー!」
奈美のその精神は、
「いひ! いひひ、うふ、うふっ、ぐふふ、でへへ!」
もう、
随分前に壊れてしまっていたから。
「全部だぁー!」
奈美は幸せで仕方がなかった。
「全部、アタシだけのモノだぁー!」
それ以外、何も考えていなかった。
「はぁ、はぁ………幸せ。ぐふっ♪」
だって、
それはそうだろう。
奈美はこの先、
誰にも知られる事なく、
故に誰にも邪魔される事なく、
優矢に愛されたまま、
永遠に愛され続けたまま、
独り占めする事に成功したと思っているのだから。
………。
………。
………。
三億円を。
第十一話 望み≠願い 完
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