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4 道連れ

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 ロディユとポセは食料や生活用品を市場で揃えた後、食堂に来ていた。

「——これは旨いな! ロディユも食え!」
「いや、いらないよ……。もう、お腹いっぱい」

 ロディユが腹をさすって苦しそうにしていると、ポセは体を傾け、ロディユの体を頭から足まで眺める。

「もっと体を大きくした方がいいぞ。そのためには食べるのが一番だ」

 そう助言したポセは、すでに四人前の食事を平らげていた。

「ポセさんは食べ過ぎだと思うよ」
「そうか?」
「カストル大陸は食費が高いから、あまり食べないようにしているんだよ。ポセさんは、そんなに食べてお金は足りるの?」
「ん? さっきの賞金で足りるだろう?」
「え……。さっき、市場で大量に食材を買ってたよね? 高価な魔法カバンとかも……」

 ポセは買ったばかりの魔法カバンから硬貨が入った小袋を出し、中を覗き込む。

「茶色の硬貨が三枚あるぞ」

 ロディユは目を見開いて、「冗談でしょ……」と言いながら、ポセから袋をもぎ取った。
 唾をゴクリと飲み込み、袋を開けて数え始める。
 すぐに顔色は真っ青になった。

「ここの食事代は払えないよ……。どういう金銭感覚してるの!?」
「うーむ……」

 ポセは背中を丸くし、眉尻を下げる。

「ポセさんが行く予定の街へは、各街に配備されている転移魔法陣を使って移動するのが一番いい方法なんだけど……。一回使用するたびに銀貨一枚だから、今のポセさんは利用できないよ」
「他に移動手段はないのか?」
「そのお金じゃ何も使えないよ!」
「何!? 我はどうすれば……」

 ポセは顔を青くし、頭を抱えた。

「カストル大陸の物価を知らないみたいだね。最低でも、ボルックス大陸の三倍はすると思ったほうがいいよ」
「むぅ……」
「闘技場でお金を稼ぐ方法が一番手っ取り早いんだけど、この街は十日に一回なんだ」
「そんなに待てないぞ?」
「じゃあ、何か仕事を探したら? 食べ終わったら仕事紹介所へ案内するよ。アクアがまだ離れてくれなさそうだから……」

 アクアはポセの頭の上で果実を嬉しそうにかじっていたが、ロディユに睨まれた瞬間、背中を向ける。

「うむ。助かる」

 ポセは皿の上に置かれた骨つき肉を両手に持ち、急いでかぶり付く。
 どちらが子どもかわからないような状況に、ロディユはため息をついた。

「アクアの迷惑料として、今日の食事代で足りない分は僕が払うよ……」
「そうか、すまないな」





 ポセは無事に荷物運びの仕事を得たので、街を離れることになった。
 ロディユはさっさと別れるつもりだったのだが……。
 一向にアクアがポセから離れないため、街の出入り口付近で足止めを食らっていた。

「——アクア、いい加減にしてくれ! ポセさんが困っているだろう?」
「キュー! キュー!」

 アクアは必死にポセの頭にしがみついている。

「ポセさん、もう一度力づくで僕のカバンに入れてもらっていいですか?」
「構わんが……」

 アクアは捕まる前にポセの背中の方へ逃げ、ポセのカバンの中へ入ってしまった。

「あ!」
「うわ!?」

 ポセは慌ててカバンの中に手を入れる。
 アクアを捕まえようとするが、うまく避けられてなかなか捕まらない。

「ロディユ、一つ提案があるのだが」
「なに?」
「引き受けた仕事を一緒にやらないか? 金は半分渡す。まだわからないことが多いから、ついでに教えてくれ」
「はい。ついていきます……」

 ロディユは疲れた声で返事をし、一緒に街を出た。





 街の外は、起伏の激しい荒野が広がっていた。

 しばらく歩いていると、「移動方法なんだが……」と気まずそうにポセが話し始める。

「お金ないんだから、歩きしかないでしょ?」
「そうなんだが……。飛行魔法を使いたい。どうだ?」
「え!? 飛行魔法? 僕は浮遊魔法だけしか使えないよ。ポセさんは使えるの?」

 移動方法は徒歩しかないと思い込んでいたロディユは、ポセの発言に驚く。

「使えるぞ、ほらっ——」
「うわっ!」

 ポセはロディユを右腕に抱えるように持ち上げ、一気に空高く上昇した。

「この方が移動が楽だろう? 背中に乗ってくれ」

 ロディユはポセの助けを借りて背中へ移動した。 

「飛行魔法が使えるなら、すぐに言ってくれればよかったのに。移動が一番の懸念材料だったから」
「すまないな。ほとんどの人間は飛行できないだろ? 目立つから控えていた」
「それもそうだね。でも、街の外はずっと暗いから気にしなくていいんじゃない? 魔力飛行船は決まった時間しか飛ばないから」
「そうなのか。数日前までボルックス大陸で人探しをしていたから、わからなくてな」
「そっか。……あ、その山を越えたら谷底の洞窟へ向かって」

 ロディユは腕の通信機の地図を見ながら、配達場所の方向を指示した。

「わかったぞ」





 配達先の洞窟。

 洞窟にたどり着いた二人は、配達客がいる最深部まで歩いて向かっていた。
 通路は二人が横に並んでも余裕を持って歩ける広さで、圧迫感はない。

「外よりも明るいのだな」
「この洞窟の壁には発光魔晶が埋まっているからね。そんなことより、本当に疲れてない? 入り口で休憩していてもよかったのに」
「あれくらいで疲れるはずはない。ここの洞窟はいろいろと楽しそうだから、絶好のチャンスを逃すわけにはいかないのだ」

 初めて洞窟に入るポセは目を輝かせていた。

「ふっ……そっか」

 ロディユはポセの少年のような反応がおかしくて、思わず吹き出す。

「場所はわかるのか? たくさん分岐があるようだが?」
「それは問題ないよ。壁に目印がついているから」
「人間は賢いな」

 ロディユはその発言を受けて、前から気になっていたことを質問してみる。

「もしかして……、ポセさんって人間以外の種族?」
「どうしてそう思う?」
「人間にとって当たり前のことを知らなさすぎるからだよ。それに闘技場で対戦した時、僕に対しても手加減してたでしょ?」
「うーむ……」

 ポセは口をぎゅっと閉じ、考え込む。

「両方とも図星のようだね。ポセさんって嘘つくの下手」

 ポセは後頭部を右手でさすり、困った表情を浮かべる。

「……まあ、正解だ。人間のふりをしないと、大会に参加できなかったからな」
「強い人は闘技場で腕試しをするだろうから、方法としては間違いじゃないと思うけど……。人探しのためにわざわざ大会に出場しなくてもいいんじゃない? それに、よくバレなかったね」
「まあ、参加できた方法は秘密だ。一度、大会に出てみたくてな。我慢できず、つい出てしまった……。だが、今回の一回きりだからな!」

 ポセの子どもじみた言い訳に、ロディユは苦笑する。

 そんな会話をしながら奥へ進んでいくと、ポセはある異変に気づいた。
 小声でロディユに注意を促す。

「ロディユ、止まれ。奥の様子がおかしい」

 さっきまでの頼りないポセと打って変わって真剣な表情だ。

「どうしたの?」

 ロディユは小声で質問した。

「奥で誰かが襲われている……」
「え……?」

 ロディユは返答内容よりも、ポセの変化に驚いたために声を漏らした。
 ポセの青い目は、金色に光っていた。

『うわーーー!!!』

 奥から男性の悲鳴が響いた。

「様子を見に行く。ロディユはここにいるか?」
「僕も行く」
「わかった。気配を消す魔法を付与する」

 ポセは自分とロディユに魔法を発動した後、声が聞こえた方へ急いで向かった。





 進んだ先は配達客が待っているはずの広場だった。
 二人は広場の手前で足を止め、奥の様子を窺う。
 ポセは少し顔を出し、ロディユはしゃがんでポセの膝の後ろから覗く。

 奥には三人の人物がいた。

 二人は人間の男性で、血を流して倒れている。
 そのうちの一人はまだ生きているようだ。
 残りの一人は、生きている男に剣を向けていた。
 その剣を握る人物の背中を見たロディユは、思わず声を上げそうになり、口を両手で塞ぐ。

 ——あの白い翼は……天使!?

『——貴様、正直に言え。石はどこだ?』
『な、何のことを言っている? 俺は燃料となる魔石を発掘していただけだ!』
『ほう……。では、この遺跡の石板にはめ込まれていたはずの『紫の石』は、なぜ消えている?』
『本当に何も知らない! ここには昨日から来ているが、最初からなかった!』
『そうか……』

 天使は剣を振りかぶった。
 ロディユは思わず目を背ける。

『あ゛ーーー!!!』

 男の悲鳴を聞いたロディユは、背筋を凍らせた。

 ポセはしゃがみこみ、落ち着いた様子でロディユの肩に手を置く。
 すると、声を発していないはずのポセの言葉がロディユの頭に流れ込んできた。

『大丈夫だ。我が戻るまで、ここに待機していてくれ』

 涙目のロディユは首を横に振る。
 天使に太刀打ちできるはずがない、と考えたからだ。

『問題ない。すぐに戻る。信じてくれ』

 ポセの目は真剣だった。
 ロディユはその目を見て諦めて頷く。

『大人しくしているのだぞ?』

 ニコリと笑顔を浮かべた後、ポセはその場から消えた。

 ——え!? 転移魔法!?

 ロディユは驚きのあまり、体をビクつかせた。
 焦りと緊張、そして、恐怖で鼓動が早まる。

 ——ポセがどうか無事でありますように。

 ロディユは願うしかなかった。
 ポセが天使相当の力を持っていることを。
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