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7 竜峰山1

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 ロディユたちを包んでいた光が消えた。

「キュー!」
「ロディユ、何か見えないか?」
「ポセさん、あれって……」

 ロディユたちがいる場所は先ほどまでいた洞窟ではなかった。
 赤黒い空と岩だらけの大地。
 そして、いやでも目につく巨大な山。
 その山は、竜が羽を大きく広げたような形をしていた。

「——おそらく、竜峰山だ」
「アクア、あれが竜峰山なのか?」
「キュー!」

 ロディユの腕に抱きかかえられたアクアは、嬉しそうに答えた。

「アクアはこの山にいたのかな? 僕が生まれた時、そこから召喚されたとか……?」
「ありうるだろう。ここは異界だからな」

 その発言にロディユは鳥肌を立てた。

「どうしてわかるの? カストル大陸と雰囲気が似ているけど……」
「なんと言えばよいものか……。違う流れ……双子星とは異なる魔力の感覚を感じる」

 ポセは難しい表情を浮かべていた。
 ロディユは腕時計型の通信機から地図を出して確認してみる。

「ポセさんの言う通りかも……」 

 地図を何度検索しても現在地が不明であることを示していた。

「それにしても、不気味な雰囲気の山だね……」

 ロディユは恐怖で寒気を感じていた。

「キュー!」
「あ! アクア!?」

 アクアはロディユの腕から離れ、竜峰山の方へ飛んで行った。

「ロディユ、掴まれ」
「うん!」

 ロディユはポセが差し出した左腕に掴まる。
 ポセはアクアを追いかけるようにして飛び立った。

「ポセさん、山の口の部分が赤く光り出したよ!」
「入り口かもしれんな」

 距離が縮まっていくにつれ、口の部分がゆっくり開いていることにロディユは気づいた。
 アクアは大声で鳴き始める。

「アクアどうしたんだろう?」
「誰か入口から出てきたぞ」
「本当だ」

 入り口と思われる部分に白い服を着た人物が一人立っていた。

「戦闘にならなければいいけど……」
「弱気だなロディユ。我らの力を示せと言ってくるかもしれん。その時は我らが勝ち、中に入る権利をもぎ取るのだ!」
「ポセさんって戦うことが好きなんだね……」
「ふははははっ! 我は戦闘馬鹿だからなっ!」
「あ、残念。戦うつもりはないのかもしれない。ほら……」

 二人がまだ離れているにもかかわらず、その人物は胸に手を添え、深々と頭を下げていた。

「なんだ、つまらんな」
「いいじゃない……。時間の節約だよ」

 ロディユたちは竜峰山の口部分へ着地すると、その人物は頭を下げたまま挨拶する。

「お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ」

 ロディユは女の声を聞いて動揺した。





 女はロディユたちを先導するように階段を下っていた。
 階段の通路は細く、ごつごつした赤黒い岩で覆われている。
 ポセは興味深そうにきょろきょろ眺めながら歩き、その肩にはアクアが嬉しそうに座っている。
 一方のロディユは、前を歩く女をずっと気にしていた。

 女は階段広場で足を止めた。
 その先には扉が一枚。
 女は頭を下げて壁へ寄り、口を開く。

「——この扉の先には、我が主人の部屋へ続く広場があります。お進みください」
「わかった」

 ポセはそう言うと、扉を開けて先へ進む。
 ロディユは女とすれ違うが、すぐに足を止め、振り返る。

「あの……、あなたは、もしかして……お母さん……?」

 女の声が母親とそっくりだったので、ロディユはどうしても確かめたかった。

「……」

 女は何も答えず、頭を下げた状態を維持していた。
 頭を覆う白いフードからは、長い白髪がチラリと見えるだけだ。

「——ロディユ、何をしている? 早く来い!」
「キュー!」

 出口の向こうから、ポセとアクアがロディユを呼んだ。
 
「すぐ行く!」
「案内、ありがとうございました」

 ロディユは礼を言った後、後ろ髪を引かれる思いで出口を抜けた。





 出口の先には、赤色の巨大な両扉が待ち構えていた。
 ロディユは見上げながら、「大きい……」と声を漏らす。

「行くぞ」
「うん」
「キュー」

 巨大な扉はゆっくりと外側へ開き始めた。

「——中へ」

 低くて重い声が轟いた。

 ——この声……夢の?

 ロディユはそんなことを考えていると、アクアは赤黒い部屋の中へ真っ先に飛び込んだ。

「アクア! もう、先に行くなよ……」

 ロディユは中から漏れ出る威圧感に恐怖を抱き、唾をゴクリと飲み込む。

「大丈夫だ、行くぞ」

 ロディユは黙って頷いた。
 ポセはロディユの背中を軽く叩き、一緒に暗い部屋の中へ進んだ。





 二人が入った部屋の中は薄暗く、何も見えない状態だった。
 ロディユは見失ったアクアを見つけようと、目を凝らして辺りを見回す。

 ——ん?

 背後からわずかに漏れていた光が弱くなっていることに気づき、慌てて背後を振り向く。

 ——あ……。閉じ込められた……。

 ロディユの中に絶望感が広がった。

「——平伏せよ」

 部屋の奥からずしりと重い声が轟いた。
 ポセはその言葉を耳にした直後、体が勝手に反応し、床に頭をつけて平伏してしまった。
 立ったままのロディユはポセの行動に驚き、同じ体勢になろうと膝を曲げる。

「貴方様は立ったままで、よろしいのですよ」

 中腰の状態でそう言われたロディユは、急いで背筋を伸ばす。

 ——なぜ、僕だけが丁寧な扱いを受けるんだ?

 横で平伏しているポセは、その威圧感のすごさに笑みを浮かべていた。

「青い髪の男、面を上げよ。名を名乗れ」

 たくさんの小さな炎がその部屋の天井に浮かび上がった。
 部屋はさきほどよりも明るくなり、ようやく声の主の姿が露わになる。

 ——巨大な白竜。

 太くて長い二本の角は、畏敬の念を抱かせるにふさわしいもの。
 羽は閉じているが巨大であることは容易に想像でき、通常の竜の二倍はあるだろう、とロディユは考えていた。

 ポセは顔を上げると、息を思いっきり吸い上げ、腹の底から声を発した。

「我が名はポセ!!!」

 ロディユも続いて「僕はロディユです!」と大声で名を名乗った。

 その後、白竜はゆっくり口を開く。
 黄色い炎を口と目から漏らしながら。
 それを目にしたロディユは、その目が夢で見た炎だと直感していた。

「——ロディユ様、お初にお目にかかります。私はゲニウス。この竜峰山の守護者です。ようやくお会いでき光栄に存じます」
「ぼ、僕を待ってたんですか?」

 ロディユは驚きの表情を浮かべていた。

「左様でございます。ロディユ様が彼の方の力に目覚める時を待ち望んでおりました。そしてポセ、よくロディユ様をここまで連れてきた。感謝する」
「彼の方の力とは、なんのことでしょうか……?」

 ロディユは恐る恐る質問してみた。

「すでにお気づきになられているのでは? わずかではありますが、ロディユ様から彼の方の力を感じます。これから眷属とともにそれを育て、双子星の平和を取り戻していただきたいのです。そしてポセよ、お前はロディユ様の力となれ。そのためにお前を目覚めさせたのだからな」
「具体的に何を求めるのだ?」

 ポセはゲニウスの威圧に物怖じせず、堂々と質問をした。
 横で震えが止まらないロディユはポセを尊敬する。

「彼の方の聖石を五つ集め、虹の聖石を完成させろ。さすれば、ロディユ様の中に眠る彼の方の力——『神の力』が完全に解放される」
「聖石がどこにあるのか、教えてはくれまいか?」
「青はロディユ様の額に。緑は猛毒が広がる森。紫は深い谷底の城の中にある。赤・黄は最も高い浮遊島」
「あ……彼の方とは……誰のことですか?」
「彼の方とは、双子星のコアに眠る白竜——マスターエルダー様でございます。神化した彼の方の強大な力は、世界を守るための力。ロディユ様、あなたが唯一その力を継承する方でございます」
「なぜ、僕なのですか? この人の方がより強い力を持っています」

 ロディユはポセの方がその力にふさわしいと考えていた。

「その者は、彼の方の一部を持ってはいますが……彼の方を貶めた者の一部も持っております。虹の聖石を使いこなす器ではございません」

 ポセは言葉の意味が理解できず、首を傾げた。

「我が何者なのか、知っているのか?」

 ゲニウスは二人の前にそれぞれ、小さな炎の塊を出現させた。

「『記録の炎』に手を。彼の方が残した記録をご覧ください」

 ポセは何のためらいもなく、炎に手を触れる。
 それを見てロディユも慌てて炎に手を触れると……二人の体は、その炎に包まれてしまった。
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