俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

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23 ガーサ大渓谷2

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 ロディユとポセは様子を確認するため、大渓谷上空へ再び転移して戻ってきた。

「ポセさん……さっきと風景が……」
「——まったく違うな」

 ここから離れていた時間はわずかだった。
 その間に毒湖の周りの山は完全に崩れ落ち、湖は埋まってしまっていた。
 その光景を目にした二人は驚きを隠せない。

「ひどい地響きだったが、ここまでとは……」
「——ポセさん、あれ!」

 ロディユが遠くを指差した場所には、二人の人影。
 戦闘中のようだった。

「ポセさん、一人は紫の聖石持ちだよ!」
「あれが悪神か。ただならぬ力を感じるぞ」

 ポセは口角を上げた。

「でも、誰と戦っているんだろう?」
「人間……ではないか?」
「え!? 人間が悪神と互角に戦えるわけが……。もしかして、変異者なのかな?」
「おそらくな。我があの二人の邪魔をする。ロディユは隙を狙って聖石を回収してくれないか?」
「わかった。気をつけて!」

 ロディユは近くの岩陰へ急いで移動した。





「——仲間に入れてもらうぞ!」

 戦闘中の二人が剣を相手に向けてぶつかり合う直前、ポセは上空から二人の間に矛を投げ飛ばした。
 二人は瞬時に反応し、仰け反りながらポセの矛を避ける。
 ポセは勢いよく着地し、矛を地面から引き抜いた。

「邪魔をするな!」

 銀髪の人間の男がポセに怒鳴った。

「あ゛ー! あ゛ー!」

 アンラ・マンユは、まるで魔獣の雄叫びのような声を発した。
 その左目からは大量に魔力漏れが起こっており、わずかに毒霧が発生している。
 そして冠の中心には、紫の聖石が禍々しい光を放っていた。

 ——このままだと、ここも毒霧でひどい状況になるかもしれん。

 ポセは人間の男に顔を向ける。

「そこの人間! この戦い、我に譲れ! 代わりに後で相手をしてやる!」
「なんの真似だ! 邪魔をするな!」
「もう、お前の手に負える状況ではなくなっている! 奴の異変に気付いているだろう?」
「それがどうしたっ! 俺がようやく追い込んだんだ! 邪魔をするな!」

「——黙れ」

 ポセは低い声で人間の男に命じた。 

「なっ!?」

 人間の男の体はポセの声で突然硬直し、遠くへ吹き飛ばされた。
 男は声が出せなくなり、腹ばいで倒れたままだ。
 ポセが発した命令——『畏怖の令』は、かつて神だった頃より威力は弱まっていたが、この男には問題なく有効だった。

 ロディユはすかさず、ポセとアンラ・マンユを巨大な防御壁で覆った。
 そして、動きを完全に止めた人間の男には、小さな防御壁で拘束しておく。

 ポセが一対一で戦う準備は万端だ。

「——よしっ! ポセさん、お願いしますよ~!」

 ロディユは小声でそう呟き、アンラ・マンユの隙ができる瞬間を待っていた。

「あ゛ー!!!」

 邪魔されたことで怒り狂い始めたアンラ・マンユは剣をポセへ向け、勢いをつけて飛び込んできた。
 ポセはそれを矛の柄で受け止めながらいなし、反対側の三叉の刃でアンラ・マンユの太ももを突き刺す。

「ゔがーーー!!!」

 アンラ・マンユは痛みで叫びながらよろけるが、すぐに立ち直る。
 そして、宙返りをしながらポセの背後へ回った。
 ポセはいなした矛の柄を軸にして回転し、剣を突き刺そうとするアンラ・マンユの攻撃をかわす。


 その頃、倒れた人間の男は——。

 ——くそっ! どうなってる!!!

 かろうじて視界に入る二人の戦いを見ながら、声にできない悔しさを胸の内で叫んでいた。


 獣のように姿勢を低くしたアンラ・マンユは、足の鋭い爪による攻撃も絡めながら、剣でポセを突き刺そうと必死だ。

「——がうっ!」

 ポセは久しぶりの強敵を前にして、思わず口を緩ませる。

「身に余る力、我が断ち切ってやる!」

 ポセはそう言うと、手に持っていた矛を消した。
 それに気を取られたアンラ・マンユは、下から発生した多数の矢に反応が遅れる。
 ポセの矛は消えたわけではなく、その矢へ変形していた。
 遅れて気づいたアンラ・マンユは、数本の矢を腹や腕に受けながら後方宙返りで背後へ回避。
 ポセは宙返り途中のアンラ・マンユの真上へ転移した。
 そして、元の形に戻した矛の柄で側頭部を殴りつけた。

「がはっ」

 アンラ・マンユは、その一撃で白目をむいて気を失う。
 ポセは念押しの攻撃——地面に叩きつけるように矛の柄で腹を突いた。
 その衝撃で悪神の象徴——四本の角が全て折れてしまう。

 ——今だ!

 ロディユは完全に沈黙したアンラ・マンユを小さな防御壁で隔離した。
 そして、アンラ・マンユの元へ駆け寄り、恐る恐る顔を覗き込む。

「ポセさん、気を失ってるよね?」
「ああ」

 不安を抱きながらロディユはヘアバンドを外し、自分の聖石へ意識を向ける。

 ——この人の聖石と融合して、お願い。

 ロディユの願いに呼応するように額の聖石が光った。
 アンラ・マンユの冠の聖石も光を帯びる。
 しかし、その光は怒りに満ちたように禍々しいものだ。

 ——安心して、もう心配はいらないから。一つになろう。

 紫の聖石は、ロディユの声、ロディユの聖石に同調し始めた。
 少しずつ怒りが消えていく。

 ——そう、それでいいよ。

 紫の聖石の光は、完全に穏やかな光に変わった。

 すると、冠から紫の聖石が消える。

 直後、ロディユの額の聖石は濃い青色へと変化した。

 その変化は融合が成功したことを意味していた。

「ポセさん!」

 無事に聖石を融合させたロディユは、側で静かに見ていたポセへ笑顔を向けた。

「よくやった! また聖石の色が変わったぞ」

 ポセはロディユの頭に優しく手を乗せた。

「うん!」

 ロディユは鏡で色の変化を確認した後、ヘアバンドで額を再び覆った。

「悪神はこの状態で運ぼう。角を回収してくれ」
「途中で目を覚まして暴れない?」
「大丈夫だ。暴れても大したことはない。角が全部折れているからな」

 ロディユは側に落ちていたアンラ・マンユの角を回収し、カバンに入れた。

「悪神は魔人と雰囲気が似ているね……」
「気づいたか……。こいつの肉体は神だが、魔人と同類の魔力を有していた。自分で肉体改造をしたか、あるいは、ヘラが意図的に……」
「うん……」

 ロディユは寒気を覚える。

「それで、この悪神をどうするの? かなり目立つと思うけど……」
「こいつを交渉の材料として使おうと思う。暴れれば我が対処する」

 ポセの発言にロディユは肩を落とした。

「面倒だね……。暴れ出すたびにヒヤヒヤしそう」
「まあ、そんなに心配する必要はない。もう聖石を身につけていないからな」
「それもそうだね」
「ロディユの防御壁を破れるとは思えんが、もし、暴れて手がつけられなかった場合は、始末する」
 
 ポセは無垢な笑顔をロディユに向けた。

「笑顔でものすごく怖いこと言ってるけど……。普通の人格に戻ってくれることを願うよ」

 ロディユはアンラ・マンユを運びやすくするため、防御壁を魔法の鎖で繋げた。

「あとは……。あの人間はどうするの? 相手をするなんて言ってたけど、できればやめてほしいな。時間がもったいないよ」
「あー、あいつか……忘れていたな」

 ロディユとポセは、面倒臭そうに倒れている人間の元へ足を向けた。





「——我はポセ。お前の名は?」

 ポセは拘束されている人間に声をかけた。
 硬直状態は解放されているが、ロディユの防御壁があまりに狭いせいで腹ばいのままだ。

「……ジークだ」

 ロディユはその名前を聞いて、眉をピクリとさせた。

「僕はロディユです」

 意外なことにポセも何かに気づいたようで、口角を上げていた。

「ジーク、我の配下となれ!」
「なぜ俺が? まずは俺と戦え! 俺が勝ったら、お前が俺の下僕になれ!」
「ふははははっ! 威勢の良いやつだ。気に入った。力を示してみろ……と言いたいところだが、時間がもったいないと言われてな。またの機会にしてくれ」

 ポセは爽やかな笑顔をジークに向けた。

「意味がわからない!」
「お前はすでに我に一度負けたであろう?」
「あんな卑怯な方法は無効だ! 第一、俺はお前と戦ったという認識はない!」

 戦闘馬鹿の会話はこれ以上無意味だ、と思ったロディユは割り込むことに。

「——落ち着きましょう、ジークさん。一つお聞きしても?」
「なんだ?」

 ジークは、むすっとした表情を向ける。

「あなたは変異者ですね?」

 ジークは眉を一瞬ピクリとさせる。

「……お前に教える筋合いはない」

 それを聞いたロディユは、ニコリと笑う。

 ——ポセさんと一緒で嘘をつけない人みたい。やりやすそうだなー。

「取引しませんか? ゲルマ王国国防軍所属のジークさん。それとも……王女の婚約者ジークさんかな?」
「な!? なぜ、そんなことを知っている? 顔は公表していないぞ!」
「はったりです。名前と反応から推察したんですよ」
「なに!?」

 ジークは狼狽する。
 ロディユは笑みを浮かべたままだ。

「それで、取引ですけど……」

 ロディユはカバンからアンラ・マンユの角を取り出し、ジークに見せた。 

「アンラ・マンユの力、欲しくないですか? そのために、ここで戦っていたんですよね?」

 ジークは黙ったまま、その角をじっと見つめる。
 変異者のジークは、生物の一部を取り込むことで自分を強化する能力を持っていた。

「この角をあげます。代わりに僕たちの仲間になってくれませんか?」
「仲間? 俺に何をさせるつもりだ?」
「今、世界を破滅させようと画策している者たちがいます。その者たちを倒すため、あなたの力を貸して欲しいんです。興味はあります?」

 ジークは婚約者の王女の顔を思い出し、拳を握りしめる。

「いいだろう。私は国を守るために強くなり続けなければならない。そのためには、その角は必要だ」
「ありがとうございます。では、契約の魔法陣を……」

 ロディユは、ジークの首に首輪のような魔法陣を描いた。

「念のためです。全てが終わったら、消去しますから」
「お前の方が曲者だな……」

 ジークは首をさすりながら、怪訝な表情を浮かべた。

「はっはっはっ! 頭脳戦でロディユに敵うものはそういないだろう」
「ッチ、子ども相手だからと気を抜いてしまった……」

 拘束を解かれたジークは立ち上がり、ロディユから四本の角を受け取る。

「敬語は必要ない」
「じゃあ、ジークさんよろしくね」
「はっはっはっ! よろしくな!」

 ポセは力強くジークの背中を叩いた。

「はぁ、お前は曲者だが……こいつとちがって、会話は普通にできそうだな……」

 ジークは叩かれた勢いで体を屈め、側にいるロディユに呟いた。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。でも、ポセさんは単純で物分かりがいいから、話しやすいと思うよ?」
「その発言……。あの脳筋を馬鹿にしてるとしか思えないぞ?」
「気のせいだよ~」

 二人は腰をかがめたまま、後ろのポセをちらりと覗き込んだ。
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