上 下
28 / 57

27 合流

しおりを挟む

 ロディユは緊張を表に出さないよう必死に平静を装っていた。

「——ほう、これは本当に良い品です」
 
 机を挟んで対面に座る商談相手の魔人は、右目の鑑定魔眼をキラリと光らせる。
 今はロディユから受け取った品——アンラ・マンユの剣を隅々まで調べているところだ。

 この剣が取引の品としてふさわしい物であれば、ルシファーに会えることになっている。
 しかし、先に行動しているミカエルが優先なので、ロディユたちはあくまでも時間稼ぎにすぎない。

「素晴らしい魔剣だと私も思います。これを売却してくれた者が言うには、竜の角から削り出した魔石が柄にはめ込まれているとか……」

 ロディユは、「できるだけ話を長引かせるように」とミカエルから言われていたので、魔剣についての情報を小出しに開示していた。

「確かに……強力な魔力を秘めているようですね……。七罪がお喜びになるのは、間違いないかと——」

 ロディユは心の中でホッとする。

「——しかし、この珍しい魔石……。まさかとは思いますが、悪神アンラ・マンユの剣ではないですよね? あの者は武器に執着していましたから、恨みを買うのはちょっと……」

 芳しくない状況になりつつある、と感じたジークは警戒を強めた。
 基本的には逃げるように言われているが、最悪の場合は商談相手をしてもいい、と許可が出ている。

「——正直に言え」

 魔人は自白魔法を発動した。

「私は運よくそれを仕入れただけ。前の持ち主は存じ上げません」

 前もって聖石由来の防御壁を張っていたロディユには、効果はなかった。
 自白するふりをしながらロディユは落ち着いて誤魔化す。

 背後に立っていたジークは、ロディユの冷静な応対に感嘆していた。

「——見せてみろ」
「ルシファー様!?」

 剣を持っていた魔人は、すぐ横に突然現れたルシファー、ポセ、ミカエルに驚き、椅子を倒しながら立ち上がった。
 ロディユとジークは、予想外の状況に警戒を強める。

「こいつらは信用できる。あとは私に任せろ」
「……は、はい!」

 鑑定していた魔人は、頭を下げながらルシファーに剣を渡した後、恐れをなして足早に部屋を出て行った。
 ポセはロディユに笑顔を浮かべながら頷くと、ロディユは肩の力を抜いた。

「これが、アンラ・マンユの魔剣ですか?」
「そうだ。しばらく預かってくれ」
「畏まりました」

 ルシファーがポセに対して深く頭を下げている様子に、ロディユとジークは目を丸くする。
 その上、ミカエルと顔がそっくりだったので驚きは二重だ。

「ルシファー、紹介する。この少年が我の相棒ロディユ。そして、その後ろにいるのがジークだ」

 ロディユとジークは軽く頭を下げた。
 ルシファーはポセイドンに相応しい人物かどうかを見極めるため、二人の顔を舐め回すように見つめる。

「二人とも信頼できる」
「——左様でございますか……」

 ルシファーはロディユに対して、わずかに嫉妬心を芽生えさせていた。

「ジークは変異者として優れている。ジーク、今日からルシファー率いる七罪に鍛えてもらえ」
「——なっ! 唐突だな! がはっ!!!」

 ルシファーはジークの目の前に転移し、ジークの腹を殴った。
 ポセに対する態度が無礼だ、と判断したためだ。

「口を慎め、ポセイドン様の御前だぞ!」
「ルシファー、早まるな。その者はアンラ・マンユを倒し、ポセさんに認められている。そのような態度もポセさんが許可しておいでだ」

 ルシファーは慌ててポセの方を向く。

「ルシファー、我はこのような性格。言葉遣いなど気にせぬ。むしろ、血気盛んな者の態度として喜ばしいことだ」
「左様でございますか……」

 ルシファーは困った表情を浮かべた。

 ロディユとジークは、ルシファーの極度の低姿勢に度肝を抜かれる。
 様子を察していたミカエルは、「後で説明する」と言って、その場はやり過ごすことになった。

「ポセイドン様、私はそろそろ……」
「うむ。頼んだぞ」
「はい」

 ルシファーはそう言ってポセイドンに頭を下げた後、ジークの腕を掴んでその場から消えた。

「ロディユ、ご苦労だった。こちらはもう済んだから、さきほどの穴蔵へ戻るぞ!」
「うん!」





 ロディユ、ポセ、ミカエルは地下空洞に戻るとすぐ、ルシファーとの間に起こったことについて話し合っていた。
 ようやくカバンから出してもらえたアクアは、ロディユに撫でてもらっている。

「——アスガルドの支援を得られれば、その他の種族と交渉するつもりだ」
「ポセさん、ジークさんを振り回し過ぎでは? なんの説明もなくルシファーさんに任せるのは可哀想だよ」
「そうか? あの男はあれくらいのこと、気にしないと思うがな」
「この状況を『あれくらい』の一言で片付けるんだね……」

 ロディユは無頓着すぎるポセに呆れる。

「ロディユ、そんなに心配せずとも良い。私からルシファーには、すでに事情を説明しておいた。悪評が広がっているルシファーだが、神域にいた時は極みがつくほどポセさんには従順だった。下手なことはしない」
「ミカさんがそういうなら安心ですね。それにしても、魔人は度々問題を起こしていますが、それは神域へ楯突くためですか?」
「魔人は純粋に戦いが好きだ。何か理由をつけてそういう場を設けようとしている。闘技場ができたのも、そんな理由からだ。暴れまわっているのは、魔人の中でも弱い部類のものばかり。七罪にアピールしたいだけだろう」
「ルシファーは無駄な戦いは好まない。常に最良の選択をする賢い男だ」

 ミカエルは、ポセの言葉に同意するように頷いだ。

「ルシファーは神域を恨んでいたが、それはずっと抑え込んでいたようだ。神域が世界を監視することで、情勢が安定していることは確かだからな。ルシファーはその気になれば軍を率いて神域へ攻め入ることもできたはずだ。憧れの存在であるルシファーに魔人のほとんどが追従するだろうからな。それをしなかったのは、考えなしに争いを続けると自然が破壊され、不毛な大地の拡大が進むと考えたからだ」
「意外です。ルシファーさんって本当に真面目なんですね」
「はっはっはっ! この双子は真面目すぎることで有名だった」

 ミカエルはポセの言葉で眉尻を下げた。

「耳が痛いですね……。まあ、そういうことだ。ルシファーの悪い噂は、取り巻きの七罪だと私は考えている。ルシファーは好きにしろ、という考えだろうな」
「我もその考えに同意見だ。あいつは友人や配下を大切にするやつだ。そいつら守るために自分が矢面に立つ。お前もだがな、ミカエル」
「双子はやはり似てしまうのでしょう」

 ミカエルは苦笑いを浮かべる。
 ロディユはミカエルの別の一面を見て、親近感を抱き始めていた。

「それで? これから僕たちはどこへ行くの?」
「ルシファーが信頼している吸血鬼の村に潜伏するつもりだ」
「え!?」
しおりを挟む

処理中です...