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26 計画実行2

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「ルシファー、お前はポセイドン様に一生を捧げると誓ったであろう?」

 ポセイドンの名前を出した途端、ルシファーは取り乱した。

「それが、なんだというのだ! なぜ今さらあの方の名を出す? もうあの方はいない! これ以上、私を……」
「お前は、ポセイドン様の死を不審に思っていたであろう?」
「当たり前だ! お前もそうだっただろう? 神域の神どもは何かを隠している! ポセイドン様が信頼していた姉のアテナ様ですら、何も説明してくださらなかったのだぞ? 誰を信用しろというのだ?」

 ルシファーは声を荒げ、苦痛の表情を浮かべていた。

「——ポセイドン様は生きておられる!」
「馬鹿げたことを言うな!」

 ミカエルは呆れた表情で首を振った。

「ルシファー! お前は何もわかっていない」
「——お前と話す時間は終わりだ!」

 ルシファーはミカエルへ向けて黒い球体を無数に放った。
 ミカエルは炎の矢で迎え撃つ。

 しかし——。

 途中で2人の魔法は透明の壁のようなものにぶつかり、霧散した。

「なに!?」
「——手ぬるいな……ルシファー」

 その言葉を発したのは、ポセだった。
 ポセはルシファーのすぐ横に姿を現す。

「誰だ!?」
「ルシファー! 口を慎め!」

 ミカエルはルシファーに怒鳴りつけた。

「——平伏せよ」

 ポセは畏怖の令を発動した。
 二人の体は勝手にその声に反応し、ポセに向かって平伏する。

「この『畏怖の令』は……まさか!? ポセイドン様なのですか……?」

 ルシファーは地面に額をつけたまま、質問した。
 わずかに目を潤ませ、震えている。
 その震えは恐怖ではなく、感動からだった。
 
「ようやく気づいたか、馬鹿者。我の元腹心、ルシファーよ」
「恐れながら……私の忠誠は、今も変わらずポセイドン様にあります!」
「ふははははっ。我が死んだ後でもか?」
「はい! 私の命を懸けて、本当のことでございます!」

 ルシファーは誠意を示すため、力一杯叫んだ。

「まあよい、二人の話は最初から聞いていた。お前の想いはすでに通じている。面を上げよ」

 ポセの許可と同時に平伏していた二人の体は自由になり、体を起こした。
 ルシファーは変わり果てた外見ポセに以前のポセイドンの姿を投影し、涙ぐんでいる。

「息災でなによりだ。その魔人面も嫌いではないぞ」

 ポセは穏やかな表情をルシファーに向けた。

「私は……ポセイドン様の死に納得できず、神域を離れました。どうにか、ポセイドン様の死の原因を探ろうと……」
「心配をかけてすまなかったな。だが、我はこうして生きている。現在の姿は弱々しいが案ずるな。今は力を蓄えているところだ。いずれ、元の姿に戻るつもりだ」
「はい……」

 ルシファーは、ホッとした表情を浮かべていた。

「ミカ、翼を……」
「畏まりました」

 ミカは頭を下げた後、立ち上がってローブの内側から八枚の翼を出し、ルシファーに差し出した。

「お前が捨てた翼だ。それを身につけ、再び我の配下となれ」

 ルシファーは、自分の背中に生える十二枚の黒い翼を一瞥した。

「恐れながら……、今はこの黒い翼が私の分身。その翼は双子の姉、ミカエルに託してもよろしいでしょうか?」

 それを聞いたミカエルは、驚いてルシファーを見つめる。

「……この姿であっても、貴方様にお仕えさせていただけないでしょうか? これからは、何があっても貴方様から離れない、そう誓わせていただきたいのです!」

 ルシファーは涙ながらにそう言った後、再び平伏した。
 ポセはしゃがみこんでルシファーの肩に手を置く。

「その誓い、受け取った」

 ルシファーは平伏したまま一筋の涙を流す。

「ポセイドン様、今一度、私に『服従の刻印』をつけていただけないでしょうか? 配下としての証を……」

 ルシファーは右腕の防具を外し、ポセに向けた。
 ポセは綺麗な腕を見て、少し寂しそうな表情を浮かべる。

「我が一度死んでしまったせいで、消えていたのだな。よかろう……」

 ポセは指を少し切って黄金の血を絞り出し、ルシファーの右腕に三叉の矛を模した紋章を描いた。
 そして、ポセの魔力を注ぎ込む。
 ルシファーはその刻印の儀式で痛みを感じながら、喜びで体中を熱くさせていた。

「これで契約完了だ」

 ルシファーは目を瞑って大きく息を吸い、再びポセの従者になれたことを実感していた。

「ポセイドン様、ありがとうございます!」
「構わん。ミカ、翼をいくつかもらってもいいか?」
「構いませんが……?」

 ミカエルは首を傾げた。

「ジークに使わせたいのだが、良いか? 残りはお前の翼として使え」
「愚弟の能力でよければ、ご自由に」
「はっはっはっ! ルシファー、聞いたか? 愚弟と言われたぞ? これからは、その汚名を返上するために我に尽くせ!」
「はい! それが私の最高の望みでございます!」

 ルシファーは満面の笑みを浮かべた。

「ミカが言った通り、我々にはあまり時間がない。神域が油断をしている隙に潰しにかかろうと思う。ルシファー、早速仕事だ。この気を失っている邪神を連れ、地底域のアスガルドへ行け。オーディンを仲間にしてこい。そして、すべての魔人たちが同盟軍に入るよう説得してくれ」

 ポセは布に包まれ床に転がっていたアンラ・マンユを指差す。

「畏まりました!」
「それと、もう一つ仕事だ。別の部屋にいる人間の男——ジークをしばらく世話してくれ。七罪と手合わせさせるなどして、鍛えあげてくれ」
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