俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

文字の大きさ
32 / 57

31 吸血鬼の村

しおりを挟む

 三人はイリヤの家の前に到着すると、玄関の扉が突然開いた。

「——どうぞ中へお入りください」

 中から若い男の声が聞こえたが、姿は見えなかった。

「二人とも、行くぞ」
「はい」
「うん」

 三人が中に入ると、こぢんまりとしたリビングスペースが広がっていた。

「狭いですが、そちらにお座りください」

 イリヤはカップが乗ったトレーを抱えながらそう言った。
 ポセは一人用ソファーに、ロディユとミカエルは二人用のソファーに並んで座った。
 イリヤはお茶が入ったカップをそれぞれの前に置いた後、テーブルを挟んでポセの前に座った。

「ここはルシファー様が提供してくださった擬似異界です。ここに来てから数百年経ちますが、今まで発見されたことはありません。潜伏先としては申し分ないかと」
「我らを受け入れてくれたこと、感謝する」

 ポセは頭を下げた。
 後に続いてミカエルとロディユも頭を下げた。

「構いませんよ。ルシファー様に少しでもご恩をお返ししたいですから」

 イリヤは微笑を浮かべ、自分の前に置かれていたグラスを手に取る。
 そして、その中に入っている真っ赤な液体を一口飲んだ。

 ロディユはその様子を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

「御察しの通り、これは血液です。ですが、ご心配なく。あなたたちの血を求めることはありません。今は技術が発展して血液が作れますので」

 ロディユはホッとしたように頷いた。

「我々の食事は血液だけです。残念ながら、あなたたちが好むような食物は提供できません。ですので、食材調達や調理はご自身でおこなってください」

 三人は黙って頷いた。

「1つ聞きたいことがあるのだが……」

 そう言ったのはポセだった。

「なんでしょう?」
「吸血鬼は強大な力を持っていると聞く。なぜ、ずっと隠れて暮らしているのだ?」
「誰もが気になっていることでしょうね。理由は、身を守るためですよ」
「ん?」

 意外な言葉にロディユは首を傾げる。

「世間には知られていませんが、多くの吸血鬼たちは神域に連れて行かれ、実験動物として利用されていたのです。辛くも逃げ出した私がそう言うのですから、間違いありません」
「そんな……」

 ロディユは非道な内容にショックを受ける。
 それを知らなかったポセとミカエルは、神域に対して憤りを感じ、怒りに満ちた表情を浮かべていた。

「神域の神は、私たちの不老不死を調べるためにさらったようです。不老不死と謳われる神がそれを調べるなんて、おかしいと思いましたが……。どうやら、高い権力を持つ神の中で、その能力を持たない者がいるようです。あなたたちはすでにご存知のようですが……?」
「——ゼウスです」

 イリヤはロディユの言葉で大きく頷く。

「やはり……。ヘラが秘密裏に行なっているようでしたので、その線しか考えられませんでした。吸血鬼は現在、絶滅の危機にあります。私は生き残った者たちを守らなければならない……」
「吸血鬼は子孫を残せないのか?」

 ポセは疑問を投げかけた。

「吸血鬼は不老不死という能力を獲得した代償に、子孫を残すことができません。別の種族に血を分け与えれば、その者も吸血鬼の力を持つこともあるのですが……。完全な吸血鬼とは程遠い人種に成り下がるだけでした」
「そうなのか……」
「まあ、今は種族の危機についてはこれくらいにしましょう」

 イリヤは一旦間をおいた。

「私たち吸血鬼は微々たる人数ですが、今回の戦いに参加するつもりです」
「感謝する」

 ポセの言葉に合わせて、ロディユとミカエルも深く頭を下げた。





 三人はイリヤと話した後、途中の街で調達していた天幕を村のはずれに建て、食事をとっていた。

「——二人は、吸血鬼が神域にさらわれていたことは知っていたの?」

 ポセとミカエルは首を横に振る。

「知っていれば、すぐにでもやめさせていた」
「私も知らなかった……。神域がここまで腐りきっている場所だとは……」

 ミカエルは眉間にしわを寄せていた。
 
 二人の怒りに気づいたロディユは、悲しい表情を浮かべる。

「今の状況は良くないと思うんだ。みんな、怒りに満たされてしまってる。報復のためではなく、安心できる世界を取り戻すために戦うべきだよ」

 怖い顔をしていた二人は、はっとしてロディユの方を見る。

「今の言葉は、亡くなった母親から言われたんだ。怒りで満たされた力は、正しく使えない。僕たちがこれからやろうとしていることは、正義と言えるかどうかわからないけど……。それでも、憎悪で満たされたゼウスを倒すには、それがいいと思うんだ」
「さすが、マスターエルダーの意思を継いだ男だな。ロディユの言う通りだ。我々はそうあるべきだ。姉上がよく言っていた、どんな場面でも『高潔であれ』と」

 ミカエルも同意するように、大きく頷いた。





 翌朝。

 ロディユたち三人は、イリヤの家を再び訪ねていた。

「——御用とは?」
「僕を鍛えていただきたいのです」

 イリヤは吹き出し、目を細める。

「人間が? 笑わせるな」

 イリヤは、先ほどとは正反対の横柄な態度に変わった。
 ロディユは一瞬尻込みするが、そんなことで屈するわけにはいかない。

「僕をただの人間と思ってもらっては困ります。見た目は人間ですが、マスターエルダーの子孫ですよ?」
「子孫が存在するだと? まさか……」

 イリヤはロディユの言葉が信じられず、視線が鋭くなっていた。

「一滴だけ、血をもらっていいか? 嗜好のためではない。種族を確認するためだ」

 イリヤは棚に置かれていた小皿に視線を向け、魔法でテーブル上へ移動させた。

「構いません……」

 ロディユはカバンからナイフを取り出し、指先を傷つけた。
 そこから血を絞り出し、一滴分を小皿に落とす。

 イリヤは小皿を手に取り、香りを嗅ぐ。
 そして、舌でその血を舐め、しばらく目を瞑った。

「ふっ……ふははははっ! 面白い、本当に竜の血だ。竜人ではなく、純粋な竜の血だ! いいだろう、修行をつけてやる!」
「ありがとうございます!」
「具体的に、何を求める?」
「血の扱い方です。なにせ、僕はこの力を目覚めさせたばかりですから」
「なるほど。では、最初に体内の血の使い方を教えてやろう」
「ありがとうございます!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...