俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

文字の大きさ
33 / 57

32 ゼウスとヘラの訪問

しおりを挟む

 ボルックス大陸のはるか上空には、複数の浮遊島が存在している。
 その一帯は『神域』と呼ばれ、限られた者しか立ち入りを許されていない。
 そんな神域でヘラとゼウスしか入れない場所——オリュンポス島がある。
 そこは最も高い場所にある浮遊島で、島全体が強力な結界で覆われていた。


 神域第一浮遊島、天空神殿、鍛冶の間。

 アテナが部屋の扉を開けると、大きな金属音が耳に届く。
 薄暗い部屋の中央で大きな炎が燃え上がっており、その前でヘパイストスは大きなハンマー振り下ろし、剣を鍛えていた。

「ヘパイストス、こんな朝早くから武器を作っているの? 精が出るわね」
「俺の生き甲斐だからな」

 ヘパイストスは下を向いたまま答え、剣を叩き続けている。

「アフロディテを見ていない? ここ数ヶ月会っていないのよ」

 ヘパイストスは手を止めた。
 
「……アフロ……ディテ?」
「そうよ。アフロディテを見ていない?」

 ヘパイストスは剣に顔を下ろしたまま、少し混乱するように目をキョロキョロさせる。

「……アフロディテ、シラナイ」

 アテナはヘパイストスの違和感のある話し方に眉をひそめた。 

「そう……。もし、見かけたら教えて。邪魔したわね」
「…………」

 ヘパイストスはアテナが去った後、作りかけの剣を無言で見つめていた。





 アテナはその後、天空神殿、謁見の間に来ていた。
 玉座の前に片膝をついて待っていると、ゼウスとヘラが玉座の上に浮遊した状態で現れた。
 二人はゆっくりと長椅子に降り立ち、寄り添って座る。

「父上、母上、お久しぶりでございます」

 アテナはその姿勢で頭を下げ、柔らかい笑みを二人に向けた。
 ゼウスとヘラも微笑み返す。

 金髪・赤眼のゼウスは、アテナと親子関係にあるとは思えないほどに若々しかった。
 隣に座るヘラも同じように若々しく、美しい金髪と緑色の瞳を持っている。

「おお、可愛い我が娘、アテナ。美しい顔が見れて嬉しいぞ! さあ、近くに来なさい」
「はい、父上」

 アテナは笑みを浮かべながら、二人の間に入るように長椅子に座った。

「今日も双子星で最もお美しいですわ、母上」
「まあ、アテナったら。あなたも私の美しさを受け継いでいるのだから、自信を持ちなさい」
「こんなに美しい母上が側にいては、難しいですね」
「まあ、お上手!」
「はっはっはっ! 二人は自慢の妻と娘だ!」

 ゼウスは娘の肩に腕を回して抱き寄せた。

「アテナ、最近は地上で何か問題は起きておらんか?」
「天使軍からは何も報告はありません。私の水鏡でも特に不穏な動きは見られません」
「そうか。カストル大陸は見えずらい場所が多いから、重点的に監視しておくのだぞ?」
「畏まりました。そういえば……最近、数人の神や天使たちが神域を離れているようですが、何かご存知でしょうか?」
「内々の仕事を頼んでいるの。心配しなくてもいいわ。アテナは私たちの守護神。私たちさえ守ってくれればいいのだから」
「はい、母上。でも、ミカエルが近頃私に顔を見せに来ないので、少し寂しいのです……」

 アテナは悲しみの表情を浮かべた。 

「ミカエルがあまりにも暇そうだったから、私から仕事を頼んだのよ」
「そうでしたか。本来は主人の私がすべきこと。母上にご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「いいのよ」

 ゼウスが「そろそろ」と言って腰を上げた。

「可愛い娘の元気な顔も見れたことだから、帰るか、ヘラ」
「そうね。アテナ、また遊びにくるわ。そうそう、明日は定例報告がアスガルドから届くのよね? オーディンによろしく伝えておいて」

 ヘラは探るような視線をアテナに送った。

「はい、お伝えしておきます」

 アテナは笑顔で答えた。





 天空神殿、アテナ居室。

 ゼウスとヘラの前で笑みを浮かべていたアテナだったが、部屋に戻ると、冷たい表情に変わっていた。
 一人用のソファーに深く座り、肘掛においた右手に顎を乗せて考え込む。

 アテナは何かを思いつき、左手をすっと伸ばした。

 すると——。

 手の甲に一羽の青いフクロウが止まった。

「——の様子を見てきて」

 指令を受けたフクロウは、手の上から消えた。





 翌日。
 アスガルド、オーディンの居室。

『——オーディン、地上は全てうまくいっている?』
「……俺は万全だ。そして、他の者たちもな」

 オーディンは、壁にかけられた大きな姿見に話しかけていた。
 そこにはアテナが映っている。

『そう……。昨日、母上が私に会いに来たのだけど、「オーディンによろしく」と言っていたわ。くれぐれも軽率な行動は取らないようにね』
「助言、感謝する。そういえば、例の鎖は解けたのか?」
『まだよ。でも、あなたの右目を代償にして得た知識は役立ちそうだわ』
「知恵の神でもあるお前にそう言われると、嬉しいものだな」
『ふふふ。それで? 他に報告することがあるわよね? わざと知らせなかったのかしら?』

 アテナの言葉に、オーディンは口角を上げた。

「あー、そうだったな。この前、アンラ・マンユの討伐が完了したんだ」
『そう、それはよかった。被害が大きかったから心配していたのよ。彼はどんな様子なの?』
「アンラ・マンユの角を誰かさんが派手に折ったおかげで、まだ眠り続けている。だが、おかしな魔力は消えているから安心しろ。おそらく、誰かみたいに人格までは冒されていない。全てが終わるまでは拘束したままにしておく。今は構ってやる時間はないからな」
『そう』
「報告は以上だ。地上は不思議なくらい平和だぞ」

 オーディンはニヤリと笑いかけた。

『地上の管理は引き続きお願いするわ。神域は私に任せておいて』
「気をつけろよ……」
『わかっているわ。じゃあ、身辺には注意を払ってね』

 アテナは水鏡に映る青いフクロウが、オーディンの側にいことを確認した後、交信を絶った。

 オーディンはアテナに言われた通り、を探り始めた。
 椅子の隙間に手を入れた瞬間、異物が手にあたる。
 そこには、先ほどまではなかったはずの『折りたたまれた小さな紙』が挟まっていた。

 オーディンは、紙を開く。
『七つのバツ印』がそこには書かれていた。
 それは、ポセイドン、アレス、アテナを除く十神——デメテル、ヘルメス、ヘスティアー、ヘパイストス、アフロディテ、アポロン、アルテミスがすでにヘラの手に落ちていることを意味していた。

 オーディンは「すでに手遅れか……」と小声でぼやき、紙を手の上で燃やした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...