俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

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48 罠

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 第一部隊待機場所、指揮官控え天幕。

 ルシファーは死精霊経由でポセに戦況報告をしていた。

「——無事に第一の作戦を終了いたしました」
『ご苦労、すみやかに第二の作戦へ移行してくれ。巨大砲が放たれる前にな』
「畏まりました、ポセイドン様」

 側にいたメフィストフェレスは、これから何が起こるか知っていたため口角を上げた。

「では、少しだけ外に出てくる」
「ここで御身の勇姿を堪能させていただきます」

 メフィストフェレスは胸に手を添え、恭しく礼をする。
 ルシファーは軽く頷いた後、結界の外へ転移した。

 転移したルシファーの視線の先には希望の塔のみが建っていた。
 周りには、誰一人残っていない。
 ルシファーは胸の前で手を合わせた。
 その手を徐々に離していき、黒い球体を出現させる。
 離れれば離れるほど、その球体はどんどん大きくなっていく……。
 ルシファーは両手掌の上に黒い球体をのせ、頭上に掲げた。

 そして球体はどんどん拡大し、希望の塔の半分の大きさにまで膨らむと——。

 その巨大な球体は、突然消えた。

 直後、辺り一帯の闇と光が反転。

 暗黒の空に光が広がる。

 そして、空の光が失われた。

 同時に、希望の塔は跡形もなく消え去る。

 希望の塔以外は無傷の状態だった。

 この攻撃の間、不気味なほど静寂に包まれていた。

 
「——これがルシファー様の『宵の明星』……。美しい。この静寂がたまらなく美しい!」

 瞬きせずに様子を眺めていたメフィストフェレスは、うっとりとした表情を浮かべていた。





 同盟軍総司令本部。

 冥界の門番・ヘカテーからポセへ、死精霊を経由して緊急の連絡が入った。
 それは、ルシファーが希望の塔を破壊したすぐ後のことだった。

『——冥界門番のヘカテーと申します。ハデス様と連絡が取れないため、ポセイドン様に急ぎお伝えしたいことが……』
「なんだ?」

 ヘカテーの声は明らかに動揺していた。

『私にしか開けられないはずの奈落の門が……、勝手に開いたのです……。私には閉じる方法がわかりません!』
「どういうことだ?」
『門が開いた後、その鍵穴が消えてしまったのです!』


***


 冥界。

 地下の奈落から上部の冥界へ、奈落の虫が大量に溢れ出していた。
 地を這う細長い虫、大きな羽音を立てる虫、ぴょんぴょんと飛ぶ虫など……大小さまざまだ。
 見たことのない虫たちに冥界人たちは怯え、慌てふためいていた。

「——ヘカテー様!」

 奈落門前で呆然と立ち尽くしていたヘカテーに、ダニエルが虫を払いながら駆け寄ってきた。

「ダニエル……もうおしまいだ。門が開いてしまった……」
「こちらから閉じられないのですか?」
「無理だ。見てみろ……。門が開いた時、鍵穴が消えてしまったのだ」
「そんな……」

 ダニエルの顔は恐怖の色に染まっていた。
 体を震わせながらも、「まだ何かできることはある」と自分に言い聞かせ、目に力を込める。

「ヘカテー様、今、あなたが冥界を引っ張っていかなければならないはずです! ハデス様が「頼りにしている」と、おっしゃってくださったではありませんか!」
「そうだが……」
「いい加減にしてください! まだ冥界の門は閉じられたままです!」

 意気消沈するヘカテーに、ダニエルは語気を強めた。
 ヘカテーはその言葉にハッとする。

「ダニエルの言う通りだ。奈落の王は、目を覚ましたばかりだ。すぐには動き出せない。栄養源となってしまう冥界人を逃がさないと……」
「そうです!」
「同盟軍に至急、救援を求めろ! そして、冥界人を冥界宮の『異界の間へ』避難させろ!」
「はい!」

 ダニエルは、いつものヘカテーの強い語気に勢いよく返事をした。


***


 同盟軍総司令本部。

 ポセは、オーディンとルシファーだけに奈落の情報を伝え、各自の待機場所から死精霊を経由して話し合いをしていた。

「——ルシファー、調査結果を教えてくれ」
『畏まりました。希望の塔の地中深くを調べたところ、塔と双子星のコアが繋がっていた形跡がありました。どうやら希望の塔は囮だったようです。戦うきっかけを作りさえすれば、『コアと繋がった希望の塔を破壊してくれる』とゼウスとヘラは目論んでいたのでしょう』
『コアはおそらく、奈落の門を開けるための鍵だったのだろう。コアを作り出したゼウスしか知り得ない情報だ』

 ルシファーの説明を聞いたオーディンは、悔しそうに答えた。

『ゼウスとヘラは、世界終焉の一つの手段として、奈落の門を我々に開かせたのでしょう。我々はあの二人の余興に付き合わされただけなのですよ……』

 二人の会話にポセが口を開く。

「悔やんでもしかたないだろう。ルシファーが人選した奈落対策部隊をすでに送り込んだ。冥界人は避難中だ。奈落の門を閉じる方法は、ハデスしか知らないようだ」
『ハデスが冥界から出ることも、ゼウスとヘラは計算にいれていたということか……』

 オーディンはそう言った後、深いため息をついた。

「奈落の王か……戦ってみたくなってきたな」
『ポセイドン、お前はアレス以上に戦闘馬鹿じゃないのか?』

 オーディンは、ポセの声を発する死精霊に苦言を呈した。

「まあ、我とアレスは似た者同士だからな」
『そういえば……。ポセイドン、ゲニウスには会えないのか? マスターエルダーの末裔なら、何か奈落の門に関する情報を持っているのではないか?』

 ポセは眉間にしわを寄せる。

「ゲニウスの召喚は、ロディユにしかできないのだ……」
『竜峰山へ行けないのか?』
「そうか! 我がもう一度竜峰山へ行けばよいのか。いい案だ! 試してみる価値はあるぞ!」
『では、頼んだぞ。我々は『奈落の王との交渉』または、『戦闘』の二方向から戦略を練っておく』
「了解した。では、しばらく同盟軍を頼んだ」
『任せておけ』
『畏まりました』
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