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50 奈落の戦い1

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 ポセ、ルシファー、奈落部隊追加兵は、冥界門前に到着していた。
 兵士は魔人のみの構成で、ベルゼブブが指揮することになっている。

「ベルゼブブ、ポセイドン様の補佐を必ず最後までやり遂げろ」
「はい、必ずやご期待にお応えいたします!」

 ベルゼブブはそう言って一礼すると、すぐに兵士たちのところへ行ってしまった。
 ルシファーを気遣ってのことだ。

「ポセイドン様……」

 ルシファーの顔はどこか寂しそうで、ベルゼブブに見せていた強気の表情は消えていた。

「ルシファー、あとは頼んだ」
「はい……」
「らしくない顔をするな。兵の士気が下がるであろう?」
「わかっております……」
「お前に見送ってもらえて我は嬉しいぞ。お前は最も信頼する我の部下だからな。お前がいるからこそ、後を頼めるのだ。オーディンの補佐を頼むぞ」
「畏まりました。ご武運をお祈りいたします!」
「うむ。では、行ってくる!」

 ルシファーは深々と頭を下げた後、ポセの背中を寂しそうに見つめる。
 握りしめるその左手掌には、五角形の模様が描かれていた。





 ポセとベルゼブブを先頭にして奈落部隊は冥界門を抜けた。
 その先には、ヘカテーが頭を下げて待っていた。

「ポセイドン様、お待ち申し上げておりました」
「現状は?」
「先に来たエントゥロ部隊が奈落から湧き出た虫を押し戻し、内側から結界を張っています。奈落の虫に攫われた冥界人は全て救出済みで、奈落の王はまだ動いていない様子です」

 ヘカテーは不安な表情を一切見せていなかったが、横にいたダニエルはわずかに震えていた。

「ハデス不在時に二人ともよくやってくれた。あとは我らに任せてくれ。お前たちは避難するがいい」
「はい。この階段を降りた先に奈落の門がございます。私たちは二重扉になっている冥界門の間に待機しております。何かあればお声かけください」
「わかった。我らが必ず冥界を平穏に戻す。しばらく待っていてくれ」
「はい、お願いいたします!」

 ヘカテーとダニエルは深々と頭を下げ、冥界門へ向かった。

「ベルゼブブ、指示を」
「はっ」

 ベルゼブブは後ろに控える兵士の方を向いた。
 
「セレネ隊は兵士全員に毒回復魔法・呪い分解魔法を付与! さらに、ワームイーターを召喚!」

 毒・呪い・魔獣召喚を得意とするセレネ隊兵士の五人は、兵士五十人分・ポセ・ベルゼブブへ指示された魔法を付与し、人数分のワームイーターを召喚した。
 ワームイーターは、たくさんの小さな羽を持つ蛇状の魔物。
 虫を好物とし、さらにはその排泄物は解毒剤になるため、奈落では最適な生物だ。

「奈落の虫は殲滅して構わん。奈落の王が動き出した場合、注意を引きつけるだけでよい。では、行くぞ!」

 兵士たちはベルゼブブの掛け声に雄叫びを上げ、ワームイーターにまたがる。
 そして、ベルゼブブを先頭に地下へ向かった。





 奈落の門前。

 すでに開いている門は、エントゥロの使役する虫で隙間なく埋められていた。
 ベルゼブブはその一つに軽く触り、「エントゥロ」と声をかける。
 すると、その虫が『はーい』と寝ぼけた少女声で応答した。

「ベルゼブブだ。部隊を中へ入れてくれ」
『はーい。転移魔法陣を作りまーす』

 エントゥロの声で壁の一部だった虫八匹がそこから飛び立つ。
 それらは兵士全員を包み込む大きさの『直方体』を形作るように各頂点に静置した。

『転移魔法陣展開』

 エントゥロの指示で、その虫たちは直方体状の魔法陣を展開し、兵士全員を包んだ。

『起動——』

 その声で、全員が奈落の中へ転移した。





「これは、すごい量だな……」

 ベルゼブブの横にいたポセがぼやいた。

「はい、こんな量の虫を見るのは流石に初めてです……」

 中は厚い霧に覆われているかのように、虫で溢れかえっていた。
 兵士たちはベルゼブブから貸し受けた虫の結界の中にいるため、直接奈落の虫からの攻撃は受けずに済んでいる。

「ベルゼブブ様~」

 ムカデ様魔物の上に乗って飛んてきたエントゥロは、ベルゼブブに声をかけてきた。

「状況は?」
「虫の半分は掌握済み」
「半分? まだこんなにたくさんいるのにか?」
「これは、私の虫……。奈落の虫を食べると増える」
「おい……それは問題じゃないか?」
「大丈夫。私の虫たち、合体する。今は小さく分裂して、門の方へ来れないようにしてる」

 ベルゼブブはホッと息を吐く。

「そういうことか……。それで? 私たちは何を倒せばいい?」
「奥に大きい虫がいっぱいいる。手伝って欲しい」
「奈落の王は?」
「それも奥。さっきまで寝転がってた」
「——さっきまで?」

 ベルゼブブは眉間にしわを寄せた。

「今は立ち上がって、虫を食べ始めてる。早く対処するべき。そこにいる虫は完全に殺すことが大切。中途半端に生かしておくと再生したり、分裂したりする」
「わかった」

 ベルゼブブは後ろにいる兵へ体を向けた。

「——全員聞け! 予定通り、部隊の三分の二はエントゥロの後へ続いて虫を殲滅! 完全に殺しきらないと痛い目にあうぞ! 残りの兵士たちは私とポセイドン様に続け!」

 兵士たちは勢いよく返事をした後、エントゥロに続いて虫の群れの中へ飛び込んでいった。

 移動を始めてすぐ、ベルゼブブは気になっていたことをポセに質問してみる。

「——ポセイドン様、奈落の王は虫を食べないはずでは?」
「栄養源となる冥界人がいないからではないか? 代わりに虫を食べるしかなっかったのだろう。もしかすると、兵士も食われる可能性がある。そうなる前に一気に畳み掛けるぞ」
「はい!」






「——もうすぐ目的地に到着する。みんな、準備」

 エントゥロの虫の大群を抜けると、そこには人間くらいの大きさの虫が地や天井を這っていた。
 一部の兵士はその多さに息を飲む。

「ワームイーター、捕食を許可する!」

 ワームイーターの召喚者たちは捕食禁止を解除した。
 兵士たちはそれを従え、一斉に攻撃を開始する。

 奈落の虫は危機を察知して小さく分裂し、羽を生やして散開。
 兵士たちは逃げ惑う虫たちを魔法や武器で次々に倒し、倒し切れない残骸はワームイーターが食べていった。

 攻撃を開始してまもなく、奈落部隊は圧倒的な優勢状態になっていた。 

「——なにか、おかしい」

 奈落の王の部屋へ向かっているポセは、兵の戦いぶりや奈落の虫たちの様子を見ながら呟いた。

「ベルゼブブ、奥へ行けば行くほど、虫が弱くなっている気がしないか?」
「ポセイドン様もそう思われますか?」
 
 横にいるベルゼブブも、何も抵抗してこない奈落の虫に違和感を抱いていた。

「冥界人が攫われたと聞いていましたので、かなり好戦的な虫だと思っていたのですが……。毒と呪いだけが脅威なのでしょうか?」
「それは——」

 ポセは何かを耳にし、会話の途中で口を閉じた。

『——ヤ、メロ……』

 ポセはベルゼブブと視線を合わせ、頷き合う。
 そして、スピードを上げて最奥へ向かった。





 最深部へ近づくと、ベルゼブブは兵士をその場に待機させ、ポセと一緒に様子を見に行くことに。
 相変わらず奈落の虫は奥へ急ぐように移動しているだけで、全く襲ってこない。
 兵士は警戒しながらも、その場で休憩する形となっていた。

 ワームイーターに乗ったまま、ポセとベルゼブブは壁の奥を覗くと——。
 そこには、奈落の王が大きな口を開けて立っていた。
 虫たちはその口の中へ自ら入っていき、奈落の王の腹はパンパンに膨らんでいる。

『トモダチ、ハヤクココヘ、ニゲロ』

 その言葉を聞いた二人は、一旦、その場を離れる。

「ポセイドン様、いかがいたしましょうか?」
「もしかすると、奈落の王は破壊行為を目的としていないのかもしれん……。話し合ってみようかと思う」
「話が通じる相手でしょうか?」

 ベルゼブブは怪訝な表情を浮かべた。

「やってみないとわからない。ベルゼブブはここで兵士と待機だ。何かあれば応戦しろ。それまでは警戒だ」
「はっ」
「では、行ってくる」

 ポセはワームイーターをその場に待機させ、一人、奥へ飛んで行った。





 奈落の王の間。

「すこし邪魔させてもらう。心配するな、攻撃はしない。そちらが攻撃してこない限りは」

 ポセは口を開けた状態の奈落の王に向かってゆっくり話しかけた。

「オマエ、トモダチ、クッタヤツノ、ニオイ、スル」
「それは……」

 ポセは苦しい表情を浮かべる。

「ワタシノ、トモヲ、カエセーーー!!!」
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