俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

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51 奈落の戦い2

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 奈落の王は大きく雄叫びを上げた後、目から黒い稲妻をポセへ向けて放った。

 ポセは飛んで避ける。
 攻撃が当たった地面は爆発し、大きな穴が空いていた。

「——ポセイドン様!」

 爆発の直後、ベルゼブブが部隊を引き連れて一斉に飛び出してきた。
 そしてすぐさま奈落の王へ攻撃を開始する。

 一方のポセはワームイーターには乗らず、奈落の王の方へ一直線に走り出す。
 その上空は応戦する虫と奈落部隊が激しくぶつかり合っていた。

『ミンナ、ダメダ。中ヘ、モドレ』

 奈落の王は虫たちが一気に散らばったので、攻撃を続けられなかった。
 口の中へ避難していた虫たちは逆流するように大量に出てきて、奈落の王の体を包み込んでいる。
 互いに守ろうと必死のようだ。

「捕食をやめさせろ!」

 ポセはベルゼブブたちに向けて必死に叫ぶが、上空は虫の羽音と攻撃の音が入り乱れ、命令が届かなかった。

「ベルゼブブ! やめろ!」

 ベルゼブブは、奈落の王を守る虫へ向かって攻撃を集中し始めていた。

「ならば……」

 ポセは、ベルゼブブと奈落の王の間に巨大な水の滝を出現させた。
 それが壁となってベルゼブブの攻撃は届かなくなる。

「ポセイドン様、なぜ邪魔を!?」

 ようやく手を止めたベルゼブブは、近づいてきたポセに語気を強めた。

「皆の者! 攻撃を中止しろ!」

 ようやく兵士たちの耳にポセの声が届き、一斉に手を止めた。
 すると、奈落の虫たちもその場で攻撃を停止する。

「我々は敵同士ではない。思い違いをしていた!」

 兵士たちは意味がわからず、動揺の表情を浮かべている。

「奈落の王よ、聞いてくれ! 我々は攻撃を止める! すまなかった! もう虫たちにも攻撃をしない! だから、話を聞いてくれ!」

 しばらく、間があいた。

『——ナニガ、ノゾミダ?』

 滝の向こうから、奈落の王が応えた。
 ポセはその言葉を聞いてホッと息をつく。

「我と共に竜峰山に住まないか? そこは破壊を必要としない世界だ」
『トモダチハ?』
「もちろん、友も一緒に連れてくるといい。どうだ?」
『ワタシハ……、モウ、ハカイシナクテ、イイノカ?』
「必要ない。神の命令はもう聞かなくていいのだ」
『ソウカ……。ナラバ、イク』
「わかった。では、我の手を取ってくれ」

 ポセは滝を消し去り、奈落の王へ手を差し出した。

 二人の会話を聞いていたベルゼブブは、急いで近くの兵士に指示を出し、違う場所で戦闘中の兵士を止めに行かせる。

 奈落の王のカサカサの手がポセの手をそっと握る。
 ポセは両手で優しく握りしめた。

「友の虫たちへこの力を繋げてくれ」

 奈落の王の体から白糸のようなものが出て、枝分かれするように広がる。
 それは奈落の門まで広がり、奈落の虫がすべて繋がった。

「ベルゼブブ、みんなによろしく伝えてくれ」
「畏まりました!」

 ベルゼブブはその場で深く頭を下げた。

「では、参ろうか、奈落の王よ」

 ポセはゲニウスに強く願った。

 ——ゲニウス。奈落の王と一緒にそちらへ行きたい。

『——聞き届けた』

 ゲニウスの声がポセの中で響いた瞬間、ポセと奈落の王、奈落の虫たちは一瞬でその場から消えてしまった。





 ポセたちが奈落で戦っている時。
 第一部隊指揮官待機場所。

 一人で椅子に座っていたルシファーは、ポセが奈落対策について話していた時のことを思い出していた——。


『——最良の方法は、我が奈落の王を竜峰山に連れていくことだ』

 その話を死精霊経由で聞いたルシファーとオーディンは、素晴らしい案に違いないと確信した。
 しかし、その後に続く言葉ですぐに反対意見に変わる。

『具体的な方法だが、我はゲニウスと同じ竜峰山の者となる。ルシファーにその支援を頼みたい——』
「待ってください! ポセイドン様、『竜峰山の者になる』とは、どういうことでしょうか?」
『竜峰山でしか存在できない者になるということだ。そこから出るには、召喚してもらう必要がある。それをルシファーに頼みたいのだ』
「ポセイドン様とはもう会えなくなる、ということですか?」

 ルシファーは少し声を震わせながら質問した。

『そうだ。召喚は一度きりだから、それが最後になる』
「その様な申し出はお引き受けできません! 私が代わりに——」
『——現状では、我しか竜峰山に行けないのだ』

 それを聞いたルシファーは、他にいい方法がないか必死に考える。

『我は今からルシファーの元へ行く。我と召喚契約を結んで欲しい。その後、我は竜峰山に行く』
「なりません……」
『ルシファー頼む、時間がないのだ。お前だから頼めるのだ。我は死ぬわけではない。ただ竜峰山から出られなくなるだけだ。ルシファー頼む——』

 ルシファーは両手で顔を覆う。

「……畏まりました」
『感謝する、ルシファー』



 ルシファーはその後もポセとの懐かしい過去を思い出しいると、眺めていた左手掌から、『五角形の模様』が完全に消えるところを目にする。
 それは、ポセが竜峰山に行ってしまったことを意味していた。

 ——ポセイドン様、こんな突然の別れは二度と来ない、と思っておりました……。

 ルシファーは人知れず、涙を流した。


***


 ポセと奈落の王、その虫たちは、ゲニウスの部屋に移動していた。

「——奈落の王よ。今日からここがお前の住処だ。虫たちも一緒ゆえ、賑やかになりそうだな。狭い場所ではあるが、自由に過ごすがいい」

 ゲニウスの言葉を聞いた奈落の王は胸を撫で下ろし、一筋の涙を流した。
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