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52 オリュンポス6

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 オリュンポス神殿地下。
 
 一帯はイリアの血霧で覆われており、それはゼウスの周りでより濃くなっていた。

「ん……?」

 アレスが放った炎の海を避けるために上空へ移動したゼウスは、違和感を感じて足や腹へ目を向けた。
 その直後、ゼウスは驚きで目を見広げる。
 足を覆っていた防具が溶け、足の一部が露出していた。
 そして、アレスからの攻撃で負った傷がまだ癒えておらず、傷口から黄金の血がにじみ出ていた。

 その原因は——聖石の力を吸収したクリスタルだった。
 その欠片を含んだアレスの炎の海でゼウスの防具は溶け、その砂を含んだイリアの血霧が傷口に送り込まれたことでゼウスの治癒力を妨害していた。

 ——なぜだ!? 体も、鎧も、この攻撃も……まだ完璧ではないというのか!?

 そんな疑問がゼウスの中を駆け巡っていた。

『モウ……コノチカラ、ツカイタクナイ。オトウサマ……ヤメテ』

 ゼウスの頭の中に女の声が流れ込んできた。
 その声は、赤の聖石を体内に所持していたアフロディテ。
 ゼウスの体内に溶け込んで完全に制御されていたはずだったが……。
 アフロディテの声が聞こえたことが信じられず、ゼウスは焦りを募らせる。

『だまれ! お前は我の道具! 意見など許さん!』

 ゼウスは体内のアフロディテに向かってそう叫んだ後、攻撃パターンを変える——。
 銀塊を目の前に出現させると、それを赤い玉で包み込み、その中で銀を昇華させて一気に拡散させた。

 すると——。

 ゼウスに攻撃していたイリヤの血剣は、その攻撃で全て消滅してしまう。
 さらに、ゼウスを覆っていた血霧は徐々に薄くなっていった。

「——やはり、一人は銀が弱点の吸血鬼か。今の攻撃で片付いたようだな」

 ゼウスは口角を上げた。
 アレスはその表情が気に食わず、睨みつける。

「では、お前ともう一人を一度に片付けさせてもらう」

 ゼウスはそう言うと、再び赤い光線の攻撃を再開した。

『——現状は?』

 アレスはゼウスの攻撃を必死に避けながら、死精霊経由でロディユに話しかけた。

『——移動完了しました。まもなく変化があるはずです』
『よし、もう少し粘るぞ』
『はい!』

 アレスはクリスタルの欠片を再び掌に出現させ、それぞれを小剣に変形させた。
 それを使ってゼウスから放たれる光線を切り落とし、できるだけ自分を覆う防御壁に当たらないようにする。
 先ほどまで使っていた自分の槍よりもそれの方が耐久性・威力が高いことに気づいたアレスは、思わず苦笑してしまう。

 しばらくして——。

 ドクンッ。

 ゼウスの体内で大きな鼓動が生じた。

『……モウ、シタクナイ』

 再びアフロディテの声がゼウスの中で響く。

『黙れ!』

 体内のアフロディテを完全に掌握するため、ゼウスは体内の赤の聖石を魔法の鎖で縛りつけた。

『タスケテ……』

 アフロディテはそれでも声を発し続ける。

『——安心して』

 その言葉に応じる男の声がアフロディテに囁いた。

『俺が止める』
『オネガイ。アカイイシ、トリダシテ……』
『任せて——』

 その会話の直後——。

「——ぐはっ!!!」

 ゼウスは黄金の血を口から吐き出す。
 原因は胸——その内側から体外へ白い手が飛び出していた。
 その手はイリヤのもので、赤の聖石が握られている。

「あ゛ーーー!!!」

 ゼウスは突然、苦痛の叫び声を上げた。
 隙をついたアレスがクリスタルの小剣をゼウスの額に刺し、黄の聖石をえぐり取っていた。

『イリヤ、赤の聖石ももらうぞ』

 アレスは死精霊を経由してイリヤにそう告げると、ゼウスの胸から飛び出るイリヤの手から赤の聖石を回収した。
 そして、その二つの聖石を背中のロディユへ手渡す。

『アレスさん、僕は離脱します!』

 アレスは背中が軽くなるのを感じると、ゼウスから離れた場所へ転移した。


 二つの聖石を受け取ったロディユは、ゼウスから離れたところに移動しており、カバンからアクアを出して左腕に抱いた。

 ——聖石たち、アクア、一つになって……。

 赤と黄の聖石はロディユの思いに応じて光を帯び、右手掌から額の角へ吸収された。
 そして、ロディユとアクアは白い光に包まれる——。

 ゼウスは塞がらない胸の傷を抑えながら、突然出現した光の方へ神器を投げ込む。

 しかし——。

 ゼウスと光の間に浮かぶように現れたイリヤに神器は叩き落された。

「邪魔しないでくれる?」

 ゼウスはイリアの出現に驚いて目を見開く。

「なぜ、吸血鬼が……!? まだ生きていたのか!?」

 ゼウスは狼狽していた。
 その表情を見たイリアは口角を上げる。
 いつかは弱点の銀による攻撃が来ると予期していたイリヤは、魔物の血霧を空中に拡散してずっとゼウスの体内に隠れていた。
 その作戦は功を奏し、イリアは無傷だ。

 そして……。

 ロディユを包んでいた光は急速に拡大し、闘技場全体を包み込んだ。

「——召喚」

 大人のような低い声でロディユが呟いた直後、光は消えた。

 そして、そこには巨大な竜——ゲニウスが出現していた。

 ゲニウスの頭上には大人に成長したロディユが立っており、姿は完全に人とかけ離れていた。
 アレスのようにたくましい体格、額から伸びる虹色の長い角、白い尻尾、白い翼翼……まるで竜と人が癒合したような外見だった。

「我が主人。ご命令を」
「ゲニウス、デュポーンを消滅させて」
「仰せのままに……」

 地面に片膝をついて痛みに苦しんでいたゼウスは、二人の会話を聞くと慌てて光魔法『流星雨』を発動した。

「我はこんなところで死ぬものか! 我は完全な神になるのだーーー!!!」

 ゼウスは最後の力を振り絞り、ゲニウスとロディユへ攻撃を続けた。
 二人はその激しい攻撃に包まれ、完全に姿が見えなくなってしまった。

「消滅——」

 ゲニウスの声がその攻撃の中から轟いた。

 直後、黒い球体がゼウスを包む。

 球体は縮小を始める。

「ヘラ、たす——」

 ゼウスが言葉を言い終える前に、その球体は消滅してしまった。

 あたりはしんと静まり返り、ゼウスの放った攻撃の名残で砂埃が舞っていた。
 徐々にそれは落ち着き、ゲニウスの巨体が見え始める。

「ロディユ!」

 ゼウスが消滅したことを確認したイリアは、アレスと一緒にロディユたちがいる所へ飛んでいった。

「イリヤさん、アレスさん!」
 
 ゼウスから攻撃を受けたロディユとゲニウスだったが、聖石の防御壁で無傷だった。

「それにしてもいい男になったな、ロディユ」

 イリヤはホッとしながら笑みを浮かべる。

「本当ですか? 体が大きくなって変な感じです」
「ようやく、大人の男と言える風貌になったんじゃないか?」
「アレスさん……ありがとうございます」

「——我が主人、ご歓談中失礼いたします」

 3人が話している途中、ロディユの足元からゲニウスが声をかけてきた。

「どうしたの?」
「私は役目を終えました。そろそろ竜峰山へ戻らなければなりません」

 ゲニウスは先ほどの一撃で完全に力を使い果たしており、体は透き通り始めていた。

「うん、ありがとう。ゲニウスの力がなければ、ゼウスを完全に消滅できなかった。すごい技だったよ」
「光栄です。またいつか、お会いできる日を楽しみにしております——」

 ゲニウスはそう言った後、その場から消えてしまった。

 3人はその場で浮いたまま会話を続ける。

「ロディユ、アクアはどうなったんだ?」
「僕と一体化してます。今は意思疎通が取れないですけど、たぶん分離は可能だと思います」
「そうか」

 イリヤは頷いた。

「おい、ゆっくり話している場合じゃないだろ? まだ仕事が残ってる」
「アレスの言う通りだな。合流しよう」

 イリヤはそう言った後、ロディユとアレスを自分の血霧で包み込み、仲間の元へ転移した。
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