俺のペットは異世界の姫

香月 咲乃

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2 警戒

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「人違いだ」

 夕翔は花奈と名乗る少女の言い分を完全否定した。

「人違いなんかじゃないよ。小さい頃、ゆうちゃんと公園で遊んでたの。覚えてない? 狛犬を祀る神社の近くの公園だよ? ゆうちゃんの家の前にあった公園」

 花奈の発言に夕翔は黙り込む。

 ——確かに昔、神社と公園の近くに住んでたけど……。俺にはその頃、友達なんて1人もいなかったはず……。

 幼少期、夕翔は心臓に重い病気を抱えていた。
 外出を禁止されていた当時、家を時々抜け出して公園に行ったことはあったが、いつも1人だった記憶しか夕翔にはない。

「君のことは知らないよ。頼むから、警察を呼ぶ前に出てってくれ」

 夕翔は『110』の番号が表示された携帯画面を花奈の方に向け、いつでも押せる状態であることをアピールした。
 花奈はその携帯を見て首を傾げた。
 自分の立場が危ういことは感じとっているが、それが何を指し示しているのかは理解していない。

「ゆうちゃん、ちょっと落ち着いて……。何もしないから……」

 花奈はできるだけ逆撫でしないように言葉を選ぶが……。
 逆に、その落ち着いた態度に夕翔は焦りを募らせる。

 ——これで逃げないってことは……!?

 最近、警察系の海外ドラマにはまっていた夕翔は、その影響で過剰反応してしまう。
 可能な限り目だけを動かし、部屋の状況を探る……。
 
 ——あれは……。

 夕翔はデスクの上に置かれた時計に目を止めた。
 
 ——確か、時計はベッドの棚に置いていた気が……。まさか、爆弾とかしかけられてないよな……?

 夕翔はありえない勘違いをしていた。

「——ゆうちゃん、大丈夫?」

 夕翔は急に話しかけられて震え上がった。
 花奈は夕翔の様子がおかしいので、心配していただけだが……。

「も、目的は金か? その机の一番下の引き出しに金がいくらか入ってる。それを持って早く出てってくれ!」

 夕翔は咄嗟に嘘をついた。
 その机に金は一切入っていないが、この部屋から逃げる時間は稼げるはずだ、と考えていた。

「お金はいらないよ……」

 花奈の返事に夕翔はうろたえる。

 ——どうしたらいいんだ……。

 一方の花奈は夕翔の発言にショックを受け、目を潤ませていた。

「怖がらなくて大丈夫。ゆうちゃんに危害は絶対加えないから……。お願い、私の話を聞いて」

 恐怖で混乱していた夕翔は、黙って頷くしかなかった。
 花奈は夕翔の反応にホッとし、ゆっくり話し始める。

「あの……昨日はありがとう。助かったよ。ゆうちゃんのおかげで人の体に戻れたから」

 花奈はにこりと笑いかけた。
 身に覚えのない夕翔は、首を傾げる。

 花奈は眉根を寄せ、右手人差し指で右頬をぽりぽりとかく。

「どこから説明しよう……。まずは、勝手にお布団に入ってごめんなさい。あと、下に干してあった服も借りてごめんなさい。ゲージの中は狭くて寒かったから……」
「……ゲージ?」

 夕翔は昨晩の出来事を振り返る。

「……ゲージって……犬の……?」
「正解! この私が、昨日ゆうちゃんに助けてもらった犬だよ」

 夕翔の思考が一瞬停止した。

「……そんなわけあるか」
「これなら信じてくれる?」

 花奈は妖術を発動し、ベッドの上で犬に変身した。

「嘘だろ!?」

 犬の花奈はTシャツの首元から顔を出しただけで体全体は見えなかったが、昨日保護した犬であることはすぐにわかった。

「嘘じゃないよ」

 変身場面を目の当たりにし、夕翔は犬が花奈であることを信じるほかなかった。
 しかし、まだそれ以外のことは信用していない。

 花奈は再び人の姿へ戻り、袖や裾に手足を通す。

「……昨日は犬の状態で言葉を話さなかったよな?」
「妖力がほとんどなくて。話せる力がなかったの」
「……どこから来たんだ?」
「別の時空にある、ヨウ星ってところから来たよ」
「真面目に答えてくれ……」
「真面目だよ? 時空間の往来は普通できないから、知らないのは当然」

 ——混乱してきた……。

 夕翔は額に右手を当てる。

「それで、なんのために俺の家に来たんだ?」
「ゆうちゃんのお嫁さんになるため。結婚しようって言ったのは、ゆうちゃんだよ?」
「冗談はいい加減にして……」

 花奈は俯いた。

「何も覚えてないんだね……。でも、私はこの18年間、ゆうちゃんの言葉をずっと信じてた。変わらずゆうちゃんのことが大好きだったの」
「ちょっと待て……。18年……? 何かの間違いだろ?」
「すべて本当の話だよ?」

 花奈は涙目で訴えかけるが、夕翔は首を横に振った。

「やっぱり人違いだよ……。俺は友達を作る時間もなかったんだから。それに、女の子は基本苦手なんだ」
「妖力反応で調べた結果、あなたが私の好きな戸塚夕翔だって確定してる。ちゃんと顔に面影が残ってる」

 花奈は幼少期の夕翔と目の前の夕翔を重ね合わせ、懐かしんでいた。

「そんなこと言われても……」
「——私、逃げてきたの!」

 花奈は突然、語気を強めた。

「え?」
「私、好きでもない人と結婚させられそうになったの。私が唯一好きになった人はゆうちゃんだけ。絶対にその思いは揺るがないから!」

 花奈は立ち上がり、夕翔に近づく。

「これで少しは思い出せるはず……」

 花奈は夕翔の顔を両手で固定した。

「ん!?」

 夕翔は離れようとするが、花奈の力が強すぎて動けない。

 花奈はためらうことなく唇を合わせた。

 ——体が……熱い……。

 夕翔の心臓の一部が突然光り、身体中へその光が駆け巡る。
 そして夕翔の頭の中へ、断片的な映像が流れ込んできた。

 ——公園のベンチに座る夕翔の隣には、1人の少女が座っていた。
 ——その少女は茶髪で肌が白く、夕翔に笑いかけている。

 夕翔はなぜか、その映像が自分の忘れた記憶だと理解する。

「——何か思い出した?」

 いつのまにか、夕翔はデスクの椅子に座っていた。
 花奈はベッドに座っている。

「少しだけ……」

 夕翔は花奈の顔をじっと見つめ、忘れていた少女の面影を見つける。

「本当に、公園で遊んでたんだな……」
「うん。ゆうちゃんは歩くのがやっとだったから、お話だけだったけど」
「なんで俺は忘れてたんだ?」

 花奈は一瞬だけ顔を曇らせる。

「原因はわからない……」
「そっか……。でも、思い出したからといって、結婚しようなんて気にはならないけど……?」

 夕翔は申し訳なさそうに答えた。
 口には出さなかったが、得体の知れない生物と関わりたくない、というのが本音だった。

 花奈は涙をこぼしながら夕翔に抱きつく。

「そんなこと、簡単に言わないで!」
「ごめん……。でも、無理なものは無理なんだ」
「もう一度、好きになって欲しいの。私、頑張るから……」
「無理だよ……」

 夕翔は自分の体から花奈を引き離した。
 花奈は簡単に引き下がるつもりはなかったので、犬に変身して夕翔の膝の上に飛び乗った。

「家族になろうって言ってくれたでしょ?」

 夕翔は眉根を下げる。

「犬だと思ったからな……」
「私は犬でもあるよ? お願い、私に機会を与えてほしいの」

 花奈はつぶらな瞳で訴えかける。

 ——そんな可愛い顔で見ないでくれ……。俺は犬には甘々なんだよ……。

「はあ……」

 夕翔は葛藤しながらため息をついた。

「すこしだけ……。でも、無理だったら——」
「——ありがとう!」

 花奈は夕翔の言葉を遮り、うれしそうに尻尾をブンブン振りまくる。

「はあ……猶予は与えたけど……、これからどうするつもりなんだ?」
「え? 一緒に住んでアピールするつもりだけど?」

 花奈は可愛い目をキラキラさせていた。

「え、無理……」

 夕翔は顔を歪ませる。

「うえ!? ゆうちゃんは、身寄りのない私を捨てるつもりなの? この世界の住人じゃないのに?」
「捨てるって言い方はないだろ……。魔法みたいな力でどうにかなるだろ?」

 花奈は目を潤ませる。

 ——そんな目で見ないでくれ……。

「図々しいと思わないのか?」

 夕翔は指で花奈の鼻先を軽く突く。

「違う世界で1人で生活するのは難しいよ……。ゆうちゃんも私の立場だったら、頼ると思うけど?」

 ——確かにな……。

「本当にしばらくだけだぞ? さっきみたいな幼い外見の女の子と行動してたら、警察に怪しまれるんだからな……。無実の罪で捕まりたくないんだよ……」
「わかった。ゆうちゃんのために行動は慎むよ。そのためにも、こっちの世界のこと教えてね~」

 犬の花奈は顔を夕翔の胸にすりすりする。
 夕翔は反射的に花奈の首筋を撫でてしまう。

「逃げてきたっていうけど、本当に大丈夫なのか? 無理に結婚させられるってことは、身分が高いんじゃ……?」
「大丈夫、大丈夫~」

 花奈は誤魔化すように目一杯尻尾を振って愛想をふりまく。

「はあ……。不安しかない」
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