俺のペットは異世界の姫

香月 咲乃

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6 夕翔の体

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 夕方。
 夕翔の家、リビング。

 花奈はタブレット操作方法を数時間かけて教えてもらっていた。

「——説明はこんなところかな」
「意外と簡単だね」

 花奈はメールだけでなく、ゲームアプリの操作など一通り覚えてしまっていた。

「理解力が早くて助かったよ。花奈の世界にもこんな機械あるのか?」
「似たようなものはあるかな」
「今さらだけど、言葉も難なく理解してるよな……。異世界なのに」
「私も不思議に思ってた。言葉が一緒だなんて、まるで1つの世界が分かれたみたい」
「そうだな」

 そんなことを話していると、花奈の空腹音が部屋中に響いた。
 夕翔はあまりの大きさに目を丸くする。

「もしかして、もうお腹空いた?」
「うん……妖力使ったから。こっちの世界は消耗が激しいみたい」
「まだ夕食作ってないから、お菓子でいいか?」
「うん!」
「ちょっと待ってて」

 夕翔は花奈の頭をポンと軽く叩き、立ち上がった。
 花奈は顔を赤くし、キッチンに向かう夕翔の背中を見つめる。

 ——不意打ちのお触りきた~! もう、そういうのいい! ゆうちゃん好き~!

 敏感になっていた花奈は、ずっと触られた部分がムズムズしていた。

 夕翔はキッチンから小さな器とスプーンを2つずつ持ってきた。

「はい、豆乳プリン。少なくて悪いな」

 夕翔は器とスプーンを花奈に手渡した。

「もしかして、ゆうちゃんが作ったの?」
「うん。昼食のついでに」
「すごいな~」
「本当は店で買った方がらくなんだよ。でも俺はアレルギーがあるから、店のものは食べられないことが多くて。自分で作らないといけないんだ」
「アレルギー?」

 花奈は首を傾げた。

「特定の食べ物を食べると、病気になるんだよ。死ぬ可能性があるから気をつけないといけないんだ。俺の場合は牛乳がダメ」
「そうなんだね。覚えとく」
「よろしく」

 夕翔はスプーンですくったプリンを口に入れた。
 花奈も食べ始める。

「冷たくて、甘くて、おいしい~! この柔らかい感じがいい!」
「口に合ってよかった」
「花奈も料理できるようになりたいな~」
「時間がある時に教えようか?」
「うん!」

 花奈はあまりの美味しさに、一瞬でプリンを平らげた。

 ——これはいい機会だ~!

 隣でまだ食べている夕翔の頬に、花奈は不意打ちでキスをした。

「なっ!?」

 夕翔は目を見広げて固まる。

「ゆうちゃん、ごちそうさま」

 花奈は悪戯な笑みを夕翔に向ける。

「人型のうちにアピールしないといけないでしょ? この世界に来た目的は、ゆうちゃんとの結婚なんだから」

 花奈は夕翔にウインクした。

「はあ……」

 夕翔はため息をついただけだった。

「むぅ……」

 ——恥じらいも感じないなんて……。むしろ、嫌がってるような反応。

『ミツ』

 花奈はミツに念話をした。

『はい』
『ゆうちゃんの呪い探索の進捗は?』
『家中をくまなく調べましたが、問題はありませんでした。あとは、夕翔様の体内だけでございます』
『そう、隅々までお願いね』
『はい。畏まりました』

 ミツは夕翔の部屋から壁や天井をすり抜けてリビングまで移動し、夕翔の背中から体内へ侵入した。

「ん?」

 プリンを食べていた夕翔は違和感を感じ、背中をさする。

 ——やっぱり……。式神をわずかに察知してる。

「ゆうちゃん」
「なに?」
「女の人に興味持ったことはある?」
「ない」
「え!? 本当に? 裸を見て興奮しないの?」
「……しない」
「どうして?」

 夕翔は顔を曇らせる。

「……まあ、花奈なら話してもいいかな。……小さい頃に生死をさまよったことがあるんだけど、その時に体の一部に障害を負ったんだよ。男の性欲に必要な機能が働かない体になってしまったって言えば伝わる?」

 花奈は夕翔の告白にショックを受け、黙って頷いた。
 しかし、『そんなわけがありません』というフウの言葉に冷静さを取り戻す。

 ——確かに不可解……そのことは私がよく知ってるじゃない。だって私が……。当時、ゆうちゃんの体をくまなく確認したけど、なんの異変も見当たらなかった……。

 夕翔は花奈に頭を下げた。

「ごめん。そういうわけだから、俺に花奈の希望を叶えることはできない。花奈を傷つけるだけなんだよ……」

 夕翔は思春期の頃、長身な上に顔も整っていたのでそれなりにモテていた。
 交際のチャンスはいくらでもあったが、体がそのような行動を望んでいなかった。
 むしろ、拒んでいるかように感じていたほどだ。
 周りは女の子に興味津々なのに自分は全く関心が持てず、それがあまりにも恥ずかしくて……誰にも相談できなかった。
 
 夕翔は苦い記憶を思い出し、苦笑する。
 花奈はそんな傷ついた夕翔の表情を見て、抱きついた。

「ゆうちゃん、私頑張る。きっと元どおりになる方法を探すから。これは私のためでもあるけど、ゆうちゃんのためでもあるの」
「どういう意味だよ……。自分ためだけだろ?」

 夕翔は花奈に抱きしめられたまま力なく言った。
 今は辛くてこの抱擁に抵抗するほどの気力はない。 

「違うよ。ゆうちゃんはね、小さい頃私にキスもしてくれたの。結婚しようって言ってくれたの——」
「それは、障害を持つ前の話だろ?」
「その感情を取り戻してほしい。恋って素敵なんだってことを思い出してほしい。恋って万病に効くんだよ?」
「……はあ……、なんか、花奈ならなんでもできそうな気がしてきた……。不本意だけど、花奈を信じてみようかな……」

 花奈は夕翔の前向きな言葉を聞いてさらに強く抱きしめた。

「ゆうちゃん、ありがとう」
「でも、変なことするなよ?」
「しないよー。普通そういうことって、女の私が言うことなんだけど?」

 いままで体のふれあいを拒絶していた夕翔だったが、今だけは違った。
 母親に抱かれているような安心感を花奈の腕の中で感じていた。

「花奈、お願い聞いてくれる?」
「いいよ」
「俺、雨の日は怖くて眠れないんだ。家族を失った事故ことを必ず思い出してしまうから。だから、その日は一緒に寝てほしい」
「人の状態?」
「……とりあえず犬で。昔は一緒に寝てたから」
「そっか。いいよ、一緒に寝よう」


 その日の夜は雨だった。
 花奈は夕翔の願いを叶えるため、一緒のベッドで眠った。
 体を寄せ合い、互いの体温を感じながら。
 夕翔は両親を亡くしてから、初めて雨の日でも安心して眠ることができた。

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