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18 伊月へのメッセージ
しおりを挟む犬神山。
花奈は、夕翔の動きがよく見える高い木の上に立っていた。
「みんな見て、モモが妖力を無駄に使いすぎてたけど、ゆうちゃんがちゃんと制御し始めたね。動きはまだモモに頼りっぱなしだけど……」
最初が怖がっていた夕翔だが、今は楽しそうに鬼型幻影から逃げ回っていた。
『やはり、この山に来て正解でしたね。妖力の感覚が鋭敏になっているようです』
花奈の両肩には2体ずつ式神が座っており、右肩に座るイチがそう答えた。
「あと3日で、ゆうちゃんはどれくらい力をつけてくれるかなー?」
夕翔はすこしでも妖術の扱いに慣れたいため、わざわざ有給休暇を取得してこの地に来ていた。
『姫様、何をそんなに焦っておいでで? 夕翔様の修行は順調ですのに』
イチの隣に座るフウに指摘され、花奈は苦笑した。
他の式神たちも気になっていたようで、花奈の言葉を静かに待つ。
「この世界に来てもう半年以上も経ってるから、そろそろ犬神家が総出で動きそうだなと思って。国王の式神が見境なく襲ってきたから、荒っぽくなりそうな気がするんだよね……。被害を出さないためにも、ゆうちゃんの力が必要なの」
『誰がこちらに来るとお思いですか?』
ミツが花奈に質問してきた。
「伊月が動くと思う」
『あの手紙があるからですね?』
「そうだよ」
——私はただ、ゆうちゃんと一緒に生きたいだけ。生まれた時から何もかもが決まった人生なんて……。伊月もそう思うよね?
花奈は、木と木の間を軽快にジャンプしながら移動する夕翔を愛おしそうに見つめていた。
***
犬神家、書庫。
異世界へ安全に渡るための方法を見つけ出せずにいた伊月は、途方に暮れて書棚に頭をコンコンと打ち付けた。
——私が姉上みたいに優秀だったら……。
『——そうじゃないでしょ?』
ふと、伊月の脳裏に花奈の言葉がよぎる。
『伊月はもっと自信を持った方がいいよ。父上より凄い能力を秘めてるのに、どうしてそれがわからないの? 人と比較して自分を貶めるのは、いい加減やめなさい』
——姉上……。
それは数年前、花奈に言われた言葉だった。
母親の目があったため、伊月は花奈とあまり話はできなかったが、心の底から慕っていた。
——確か、あの時……。
まだ神子としての自覚がなかった幼少期、花奈と会話した内容が伊月の頭の中に流れこんできた——。
『——姉上、この国はこのままで大丈夫だと思いますか?』
『犬神家だけが国王の資格を持つなんておかしいよね。平民の中には妖術の才能を持つ者がたくさんいるのに、教えようとしないし……今の犬神国はいい国とは言えないと思う。伊月はこの国がおかしいと思ってるなら、国王になって変えればいいじゃない? 私はできれば、平民たちの妖術の教育とか、妖術の研究に没頭したいなー。そう考えると、国の将来を心配する伊月の方が国王に向いてるよね!』
——そう、私はその頃から国王になることを意識していた。でも、周りの評価は違って……。母上は自分の尊厳を保つために私を推しているだけで……。
『人目ばかり気にして自分の意思を曲げるのは良くないよ。伊月は頭が硬すぎるから、物事をもっと柔軟に考えたらどうかな? そのままだと父上と同じになるよ』
——そっか、そうだよね、姉上。
伊月は手に持っていた書物を書棚に戻し、花奈の部屋に向かった。
*
花奈の部屋。
部屋に入った伊月は、全く整理整頓されていない状況を見てため息をついた。
——姉上ったら……。掃除くらいしてから出かければいいものを……。
伊月は部屋の中を軽く見回し、枕元に置かれた本に目を止めた。
何の変哲も無い子供向けの本だが、なぜか気になってしまった。
本を手に取ると——。
突然、本の紙がパラパラとめくられ、あるページで止まった。
その仕掛けは花奈が施したもので、伊月の妖力だけに反応するようになっていた。
そこには手紙としおりが挟まれていた。
しおりには押し花になった黄色の花の蕾が貼り付けられている。
伊月は手紙を読み始めた。
『伊月へ。
あなたが私を連れ戻すために異世界へ渡るかもしれないと思い、この手紙を残します。
伊月ごめん、何も言わずに逃げ出したことを。
この国が嫌になったわけじゃないの。
私はずっと想いを寄せる人がいて、その人と結ばれたくてここを離れることにしたの。
このまま異世界で生活することになるかもしれないから、犬神国をお願いね。
あなたの希望通り、国王になって。
異世界へ渡る方法だけど、押し花のしおりを利用して。
今は蕾の状態で未完成だけど、あなたが1番願うことをその花に言えば、開いてくれるから。
その花は伊月の妖力に適した植物で、それに書き込んだ魔法陣に妖力を注げば無傷で異空間の往復が可能だよ。
ちなみに嘘をつくと、書き込んだ魔法陣は消えるから注意して。
最後に。
嗣斗のことお願いね。
私より伊月の方が仲がいいのだから、頑張って振り向かせてみたら?
……最後に無神経なことしか言えなくてごめんね。
花奈より』
「ふふっ」
伊月は初めてもらった花奈からの手紙を読み、目に涙を浮かべながら笑っていた。
——もう、姉上ったら……。どこまで無謀なの……。「この世界に戻って来て」なんて言えなくなったよ。好きな人のために危険を冒すなんて……本当にその人のこと好きなんだね。応援するよ。
伊月は涙を拭いた後に立ち上がり、父親の執務室へ向かった。
*
父親から異世界へ渡る許可を得た伊月は、自分の部屋に戻っていた。
部屋に入ってすぐ、伊月は軽く吹き出す。
「ふふっ」
——父上に意見したのは初めてかも……。あの驚いた顔……。
伊月は強い口調で異世界へ渡る方法を「帰ってから教える」と宣言し、父親を納得させていた。
そう伝えたものの、伊月は花奈のために忘れてしまった、と言うつもりだ。
伊月はしおりをじっと見つめる。
——まさか花に魔法陣を描くなんて……。誰も思いつかないよ。姉上らしいなー。
伊月はゆっくり口を開いた。
そして、1番の願いを口にする。
「嗣斗さんと結ばれたい」
すると——。
花はしおりの上でゆっくりと開き始めた。
黄色の光が蕾の中から大量に放出され、あまりの眩しさに伊月は目を閉じる。
そして完全に開いた瞬間、伊月はその場から消えた。
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