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15 出会いをもう一度
しおりを挟む「——私がここまで打ち明けたのには、訳がありますのよ。ケリーさんは私とお付き合いする気がない、と察しましたわ。実は、私も同じ考えですの。残念ながら、私は男性に全く興味がありませんから。私たちがお付き合いしていると噂が流れれば、邪魔者は寄ってこないでしょう?」
「そういうことですか……。鈍くて申し訳ありません」
ケリーは軽く頭を下げた。
サラはニコリと笑いかける。
「よくってよ。取引さえ承諾して頂ければ。……如何ですか?」
「少し考える時間を頂けますか? 急な話なので……」
ケリーは信用できる相手かどうか見極めきれなかったので、答えは先送りすることにした。
「ええ、良いお返事をお待ちしておりますわ。では、私はこれで……」
その場を離れようとしたサラは、突然ふらついて倒れそうになる。
「——大丈夫ですか!?」
ケリーは慌てて腕を掴む。
「ちょっとドレスが苦しくて、気分が……」
「では、そちらのバルコ二ーで涼みましょう。ボクも少し酔いをさましたいので」
「ええ、エスコートしてくださる?」
ケリーは頬を少し赤くさせながら、慣れない手つきでサラの手を取った。
広いバルコニーに差し掛かった時、そこに2人の人影が見えたのでケリーは足を止めた。
男性に女性がしな垂れかかっているようだ。
ケリーは邪魔にならないように「別の場所へ」と小声でサラに言いながら、方向転換する。
しかし、サラは抵抗してケリーの手を引っ張り、近くの壁へもたれかかった。
『——先生。私……以前からお慕いしておりました。よろしければ……』
バルコニーにいた女性が男性に向かって告白していた。
ケリーはサラに目配せして離れる合図をするが、サラは人差し指を口に当て、静かにするよう促した。
その後、面白そうに聞き耳を立てている。
ケリーはため息をついた。
——付き合うしかないか……。なんか、嫌だな……。
『——申し訳ありません』
バルコニーにいる男性が女性に対してそう返事をした。
ケリーは会話の内容より、男性の声に興奮し始める。
——この声……、アダムだ!
ケリーは全神経をバルコニーへ向ける。
『——僕には忘れられない女性がいるのです。一生その方だけを僕は……。すみません、勇気ある申し出をして頂いたのですが……』
それを聞いた女性は、涙目でバルコニーから去って行った。
サラはその女性が去ったのを見届けると、突然、バルコニーへ向かう。
「え!?」
ケリーも慌ててサラを追いかけてバルコニーへ向かった。
*
アダムは会場を背にしてバルコニーの手すりに寄りかかり、星空をぼーっと眺めていた。
「——あらあら、モテる殿方はお辛いですわね」
サラの声に反応したアダムは振り向く。
「なんだ、サラか——えっ!?」
ケリーが急に現れたので、アダムは驚いていた。
「あっ! お話中のところすみません、すみません!!!」
ケリーは驚いたアダムに慌てて謝罪した。
「ふふふっ。アダム、ご紹介いたしますわ。この方は魔植物研究室の新人研究員として配属された、ケリー・アボットさんですわ。私と共同研究をしますの」
「はじめまして、アダム・スコットです。魔法教育学部の教員をしています。気軽にアダムと呼んでいただいて構いませんよ」
アダムは優しい笑顔を向け、ケリーに握手を求めてきた。
ケリーはアダムの笑顔に見とれながら握手を返す。
——アダムの手……温かい。前に見た時よりも元気そうで良かった。
ケリーは感極まり、涙が出ないように堪えていた。
「あら? ケリーさん、緊張していますの? 本当に人見知りだったのですね。ふふふっ」
アダムの手を握ったまま黙っているケリーを見て、サラはクスクス笑っていた。
「あっ! すみません……」
ケリーは慌ててアダムの手を離した。
「ケリー・アボットです。ケリーとお呼びください。アダムさんは、サラさんと同じく今期から副教授になった若手有望株と伺っております。お会いできて光栄です!」
アダムは首を横に振った。
「いやいや、僕は運が良かっただけだから」
「ご謙遜を。運だけで階級7は難しいと思いますよ。是非、そうなる秘訣を教えていただきたいです」
「僕はがむしゃらに仕事をしていたからな……気づいたらこうなってたって感じなんだ……。いい助言が欲しいなら、サラの方が最適だよ」
アダムは横目でサラに視線を送った。
「少なくとも研究に関しては、助言を与えられることはないと思いますわ。むしろ、優秀なケリーさんから助言をいただきたい、と私が思っているほどですから」
アダムはサラの話を聞いて、何かを思い出したように口を開いた。
「あ、そうか、聞いたことがある名前だと思ってたけど……ケリーくんが話題になってた新人研究員だったんだね。歴代最高評価で採用されたから、学院中が大騒ぎだったよ。確かケリー君の前は……、エバだったな……」
アダムの顔は懐かしむような表情に変わっていた。
「——アダム!? あなた、そのお名前を出しても大丈夫なの? 体調は?」
「大丈夫。最近はなんともないんだ」
アダムはサラに笑いかけ、サラはホッとしていた。
「はぁ、よかったですわ」
——よかった。悪魔はちゃんと約束を守ってくれたんだ。
ケリーもサラと同じようにホッとしていた。
「あ……ケリーくんには、わからない話だったね。ごめん、気にしなくていいから。それより若い男性研究員は大歓迎だよ。僕ができる範囲でサポートするから、気兼ねなく頼ってほしい」
「はい、ありがとうございます!」
ケリーは恥ずかしいくらいに大きな声で返事をしてしまった。
「ハハッ」
「クスクス」
2人が仲睦まじく笑っている様子に、ケリーは嫉妬と不安を抱き始める。
「あの……、おふたりは恋人なのですか?」
「ブフッ」
サラの吹き出し方は、その雰囲気には似つかわしくないほど酷かった。
「くっくっ……、ケリーさん、勘違いですわ。私たちはそういう関係ではなくてよ? 先ほどもお伝えしましたが、本当に男性には興味がないのです。あえて言うなら……親友といえばいいでしょうか……?」
アダムは黙って頷いた。
サラはケリーに顔を近づけ、小声で話を続ける。
「取引相手のケリーさんには打ち明けますが……、私は女性が好きなのですよ。お付き合いしている女性もいますの」
「え!?」
サラはケリーから顔を離し、アダムに向かって口を開く。
「ろくでもないアダムには全く興味はありませんの。ほほほほほっ」
そう言われたアダムは苦笑する。
「サラ……、いくら僕でもその言い方は傷つくよ?」
2人の仲の良さは、たとえ友人であってもケリーの嫉妬心を消すほどのものではなかった。
もう少し2人の親密さを知りたいケリーは、質問を続ける。
「サラさんは確か、この学院出身者ではありませんよね? おふたりはいつからの仲なんですか?」
「私は異国からの移住者で、アダムと職員歴は同じですわ。仲良くなったのは、入ってしばらくしてからですわね。ふふっ。アダムがいけないことをしていた時、私がたまたま見かけまして……脅して仲良くなったのですよ。当時はお友達がいませんでしたから」
「お、脅したんですか……?」
予想外の答えに、ケリーは軽く仰け反る。
「サラ……他の言い方があるだろう?」
アダムは額を手で押さえて困っていた。
「あら、そうかしら? ケリーさんが私と親交を深めてくださるなら、詳しく教えてもいいですわ」
ケリーは食い気味に何度も頷いた。
「サラ……勘弁してくれ……。ケリーくん、サラの言うことはあまり気にしない方がいい」
「は、はい……」
「ケリーさん、どうです? 私との取引に前向きになられました?」
サラは妖しい笑みをケリーに向ける。
「……その取引、承諾します」
——アダムが仲良くしている人なら、信用していいかもしれない。いろいろ役立つ情報も手に入るはず!
「あら、嬉しいわ~! これからよろしくお願いいたしますわ!」
サラはケリーの両手を取り、上下に手を振った。
「一体、何の話をしているんだい?」
アダムは不審な目をサラに向けていた。
「アダムには内緒ですわ! ねっ、ケリーさん!」
「はい!」
ケリーはアダムをからかうような視線を送った。
アダムはそのケリー表情を見て固まる。
そして、突然目を潤ませ、涙を一筋こぼした。
「ど、どうされました?」
アダムはケリーの呼びかけで我にかえり、慌てて涙を拭いて笑顔を作る。
「……あ、ごめん。目にゴミが……。ごめん……」
「——アダム、そろそろ部屋に戻ってはいかがです? 疲れが見えますわ。どうせ今日は徹夜明けでしょう?」
サラは心配の表情を浮かべていた。
「……そうだね。僕は先に失礼するよ。あ、ケリーくんには……これを渡しておくよ。端末のアドレスが書いてあるから、いつでも連絡してくれ。食事にでも行こう!」
アダムの笑顔は無理やり作ったものだった。
「はい。では、ボクの名刺も……」
「ありがとう。じゃあ、先に失礼するよ」
アダムは名刺を受け取った後、会場を後にした。
そんなアダムをケリーは見えなくなるまで見つめていた。
「——さん、ケリーさん! 聞こえてます? 私もその名刺を頂きたいわ?」
サラはケリーの袖を引っ張って呼びかけていた。
「す、すみません。もちろんです!」
「私も渡しておきますわ。悪いようにはしませんので……。では、私も失礼しますわ」
サラは意味ありげな言葉を残し、どこかへ行ってしまった。
騒ぐ気になれなかったケリーは、そのままバルコニーに留まる。
バルコニーの柵に背中をもたれかけ、星空を眺めた。
——『悪いようにはしません』か……サラさんは悪魔みたいな人だな。
ケリーはその晩サラの言葉が引っかかり、アダムの余韻にあまり浸れなかった。
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