悪魔がくれた体じゃ恋愛は難しすぎる!

香月 咲乃

文字の大きさ
30 / 46

30 夜会準備

しおりを挟む

 日がほとんど沈みかけた頃。
 サラの屋敷前。

 玄関前広場に1台の馬車が止まった。
 馬車から降りたのは、長袖水色ワンピースを着た1人の女性。
 つばの広い白の帽子を深くかぶっていた。

 屋敷内から出てきたサラの侍女が応対する。

「エリーゼ・コストナー様、お待ちしておりました。お嬢様のお部屋へご案内いたします」
「ありがとうございます」

 エリーゼは長い赤茶色の髪を軽く後ろに流した。

 侍女の後ろについてエリーゼが屋敷内の廊下を歩いていると——。

「——エリーゼさん!」

 待ちきれなかったサラは、部屋から出てきてエリーゼのもとへ駆け寄る。

「サラさん、こんばんわ」

 エリーゼは照れながら挨拶した。

「素敵なお召し物ですわね。よくお似合いですわ」
「ありがとうございます。サラさんのドレスも素敵です」

 サラが着ていた夜会用の真紅のドレスは、白い肌によく似合っていた。

「さぁ、こちらにいらして!」

 サラは嬉しそうにエリーゼの手を引っ張った。

「は、はい!」





 サラの部屋。

「ここは私しかいませんから、くつろいでくださいね」
「はい、では……」

 エリーゼは帽子とを脱いだ。

「ふふふ。ケリーさん、エリーゼとしてなれましたか?」

 ショートヘアーの髪を手櫛で整えながら、ケリーは眉根を寄せる。
 ケリーがエリーゼとして変装したのは今回で3回目だ。
 前の2回はアリスと寮でこっそりと行っていたので、公にするのは今回が初めてだった。

「まだですね……。この女性っぽい声に違和感しかないです。学院を出た後、別のところで着替えないといけないのも大変ですねー。それより、本当にあの部屋を使ってもいいんですか?」

 ケリーは中心街にある集合住宅のことを言っていた。
 そこの一室はサラが個人的に借りている部屋で、しばらく自由に使っていいとのことだ。

「構いませんわ。対価ですもの。エリーゼさんとしての生活拠点も必要でしょ? アダムを連れ込んでも構いませんので」

 ケリーはそれを聞いて顔を赤くする。

「ふふふっ。照れたところがお可愛いですわ」
「……ですが、対価としてもらい過ぎな気がしますよ?」
「あら、もらっているのです。ちょうどいいと思いますよ」
「それならいいですが……。着替える前に対価をお渡ししますね」
「ありがとうございます!」

 サラはケリーの言葉で一気に高揚した。

「あれから、私の恋人にもお願いするようになったのですよ。やはり、いつもより美味しく感じますね……」
「そうなんですか」

 ケリーはそう言いながらワンピースの肩のボタンを外し、左肩を露出させる。
 サラは少し息を荒げながら、後ろから優しく噛み付いた。

「はぁ、あ……」

 ケリーは声を漏らす。
 その表情はうっとりとしていた。
 血を吸われることでリリスから浄化されるような感覚に陥り、ケリーにとって快感でしかない。





「——さあ、今からお着替えですわ!」

 サラは目を輝かせながら、ケリーを大きな衣装部屋へ引っ張って行った。

「うわ~! すごい数のドレスですね!」

 100着を超える色とりどりのドレスが隙間なく掛けられており、ケリーは驚いていた。

「お好きなものを選んでください。試着し放題ですわ」
「迷います……」

 ドレスをほとんど着たことがないケリーは、選ぶ基準がさっぱりわからず、キョロキョロするだけだった。

「それなら、カツラを被った方がよさそうですわね。どれが似合うかわかりやすいと思いますわ」
「それもそうですね」

 ケリーは奥にある鏡の前で手に持っていたカツラ身につけ、魔法で定着させた。

「ふふふ、私が選んだだけありますわ。そのカツラはとてもお似合いです」

 サラは意味ありげな視線をケリーに送る。
 そのカツラはエバを連想させる髪だった。

「ケリーさんは鏡の前でそのまま立っていてください。選んで差し上げます」
「お願いします」
「う~ん……ピンク色が良いかもしれませんわ! でも、淡いグリーンもいいですわね~」

 サラは片っ端からドレスを手に取り、興奮気味にケリーに合わせていく。

「人の衣装合わせなんて初めてですけど、とても楽しいわ! ケリーさんだからかしらねっ」
「よかったです」

 ケリーはサラに合わせて微笑んでいたが、内心はそれを楽しむ余裕はなかった。
 アダムに嫌われた時のことが頭から離れず、ずっと気持ちは沈んだままだ。
 こんな状況の中、別人を装ってアダムと普通に話せるだろうか、と不安が募っていた。

「——ケリーさん、怖いのですね。でも、今日は仮面があります。気にする必要はありませんよ」

 最初からその不安に気づいていたサラは、ケリーにドレスを当てながらそう呟いた。

「やっぱりバレてましたか」
「ええ、私の前では無理しなくていいのですよ」

 サラは普段、人の感情に敏感すぎてわざと空気が読めないような態度をとっている。
 ケリーを含んだ一部の人間の前でしか今のような本性を現していない。

「サラさんは私に優しすぎます。つい、甘えてしまいます……」

 ケリーの目には涙がうっすら溜まっていた。

「まだ出発までに時間はあります。今のうちに負の感情を流しておくのも悪くないと思いますわ」
「はい……」

 ケリーはその場に立ったまま、声を殺して泣いた。





「——ケリーさん、このドレスが1番似合うかと」

 ケリーの涙が落ち着いた頃を見計らって、サラはドレスを手渡した。
 ケリーはそれを前に当て、鏡を眺める。

「すごく素敵なドレスです」

 スモーキーピンク色のドレスで、フワッと広がる素材。
 肩やデコルテは露出され、ケリーの豊満な胸を強調したデザインだ。
 背中は薄茶色のリボンでレースアップし、腰より下のスカート部分は大きく広がっていた。

「ケリーさん、ヘアメイクは私が愛する侍女のアイリスにお願いいたしますわ」
「はい」

 サラは、先ほどケリーを案内してくれた侍女——アイリスを呼び、隣にあるヘアメイク部屋へ移動した。





 アイリスはケリーの髪を髪留めで数カ所固定し、メイクから始めた。
 ベースメイクでのっぺりした状態から、徐々に鮮やか色が付け加えられていく。
 ケリーはアイリスの邪魔にならないよう口をずっと閉じたままだ。

 ——まるで私が私でなくなっていくみたい……。

 化粧の経験がほどんどなかったケリーは、鏡に映る自分を不思議そうに眺めていた。

「ふふふっ、エリーゼさんったら……どんどんお美しくなっていきますわ~」

 サラは側で紅茶を飲みながら楽しんでいた。


 メイクを終えたアイリスは、ケリーの髪を整え始める。
 あえて赤茶の髪を目立たせるため、サラの指示でハーフアップに。

 そして、ケリーは見事に美しい女性に変身した。

「エリーゼさん、とてもお美しいですわ!」

 ケリーは鏡をじっと見つめる。

 ——本当にこれが私? 自画自賛で恥ずかしいけど、鏡に映る自分は本当に綺麗……。

「サラさん、アイリスさん、ありがとうございます!」

 サラとアイリスは笑顔を返す。

「これで殿方はイチコロですわ~! ほほほほほっ」
「サラさん、今日は仮面を被ったままですよ?」
「そうですが……。万が一仮面が外れてしまっても、誰も気になさらないと思いますわ」

 サラは悪戯な笑みを浮かべた。

「ならいいんですが……」
「さあ! この仮面を被って会場へ向かいましょう!」
「はい!」

 ——アダム、待ってて!

 ケリーは心の中でそう叫んだ後、金色の羽の装飾がついた白い仮面を被った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!? このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!! 前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡ 「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」 ※※※ 現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。 今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました! ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...