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29 宿で密談2
しおりを挟むサラの提案にケリーは首を傾げた。
「ケリーとしての人生をやめるということですか? ようやく今の立場を確立したのに?」
サラは首を横に振った。
「いいえ、今の生活はほとんど変わりません。時々、別人を演じてアダムに近づくのですよ」
「上手く使い分けられるでしょうか……」
ケリーはしばらく考え込んだ。
——ケリーとしてアダムと交流するのは、今後難しくなるのは明らかなんだよね。でも……。いや、迷っている場合じゃない。私はアダムと結ばれるために転生したのだから。
ケリーは目力を強め、サラを見る。
「やります!」
サラは優しく微笑んだ。
「辛い状況の中、すぐに決断できるところがケリーさんの素晴らしいところです。私はこれからも全力でサポートしますわ。まず手始めに、2週間後に開かれる夜会に参加するはどうでしょう?」
「夜会?」
「はい。仮面を纏う珍しい趣向の夜会です。親戚主催ですから、私の個人的な知り合いを呼んでも問題ないのですわ。当然、アダムも誘います。アダムは『ある女性を探す』という使命がありますから、私が誘えば絶対に参加しますわ」
ケリーは頷く。
「仮面ありなら、アダムの警戒も緩くなりますよね。私と話をしてくれるかも!」
「そうですわ。そこからアダムとの接点を見つけましょう!」
「はい!」
「ケリーさん……しつこいようですが、アダムの心の扉はとても重いです。最愛の人を失った傷はあまりにも大きすぎたのですわ。それでも、それを開けられるのはケリーさんだけです。大変だと思いますが、その扉をこじ開けてください」
「はい、アダムのためにも頑張ります!」
ケリーは力強く頷いた。
「念入りに計画を立てないと……」
「お手伝いしますわ!」
その後、2人は寝る間も惜しんで話し合った。
*
翌日、早朝。
2人は寝ずにずっと話し込んでいた。
「——ふぁ~。流石に眠くなってきました」
「そうですわね。お昼までにここを出ればいいですから、少し寝ましょうか?」
「はい……ふぁ……眠いけど、先にシャワー浴びたいな~」
ケリーはあくびをしながら、両腕を上に伸ばす。
「私もそうしますわ。綺麗な状態じゃないとお布団に入りたくないですから」
「同感です」
そうして、2人は各自の寝室へ向かった。
*
ケリーは寝室に入ると、1人掛けソファーに上着などをかけて下着姿になった。
バスルームへ向かい、浴槽と洗面台にお湯をためる。
お湯が溜まるのを待っている間に下着類の洗濯を始めることに。
胸を抑え込んでいた下着などを脱ぎ、洗面台に放り込む。
横の台に置かれた洗剤を少し入れ、魔法を発動——。
水が回転し始め、すぐに泡が立つ。
——あとは綺麗な水ですすいで乾燥すれば、完了っと……。
そんな時、突然、バスルームの扉が開いた。
「わっ!?」
ケリーは慌てて近くにあったバスローブで身体の前を隠す。
「ケリーさん……」
「サラさん?」
サラは申し訳なさそうに、扉の隙間から顔を出す。
「髪、びちょびちょじゃないですか!?」
「勝手に入って申し訳ありません。私の寝室のシャワーが冷たい水しか出なくて……」
サラは震えながら説明した。
「急いで入ってください! お湯がたまってますから」
「感謝しますわ」
サラはドアの内側のフックに脱いだバスローブをかけ、早足でお湯に浸かる。
ケリーはその間にバスローブを着た。
「はぁ~。ケリーさん助かりましたわ」
サラは首まで湯につかり、あまりの温かさにうっとりとしていた。
「災難でしたね」
ケリーはそう言いながら、サラを見ないように洗濯の続きをする。
「本当ですわ。高級とは名ばかりですわね」
サラは口を尖らせた。
「私、家族や恋仲の侍女以外に裸を晒すのは初めてですわ。浮気になってしまうのかしら……」
それを聞いたケリーは一瞬固まる。
「こ、今回は不可避の事故ということで……」
ケリーは急いで洗濯物をすすぐ。
「そうですわね。私は不貞が許せない性分ですから、一線を越えることはありませんわ。でも……もし、エバさんだったら、無理やり襲われても受け入れてしまうかもしれません……」
サラはケリーをうっとりと見つめ、舌なめずりした。
「ご冗談を……。私は寝室で待っていますから、ゆっくり入ってください」
「ご迷惑をおかけしますわ」
ケリーは急いですすぎ終わった洗濯物を乾燥用の空気に包み込み、浮かせた状態で浴室から出て行った。
*
しばらくして、サラがバスルームから出てきた。
「ケリーさん、ありがとうございました」
「お気になさらず」
ケリーはソファーから立ち上がった。
「そうだ、今日はお世話になりっぱなしでしたから、対価を渡した方がいいですよね? ちょうど渡しやすい場所ですし」
「まあ、いいのですか? とても嬉しいです!」
サラは、ケリーの少しはだけたバスローブから見え隠れする胸元に目を止める。
「あの……」
「どうしました?」
「とても横暴な申し出だとわかっているのですが……。直接口で血を吸ってもいいですか?」
「え?」
ケリーは固まる。
「私、一度でいいから直接吸い取ってみたかったのです」
サラはそんなことを言いながら、ケリーにゆっくり近づく。
ケリーは少し後ずさりするが、足を止めて緊張を解く。
「ふっ……いいですよ。リリスの体でよければ」
ケリーはエバの体だったら拒否しただろうな、と考えながら答えた。
サラは驚いて両手で口を押さえる。
「本当にいいのですか? こんなことをして、私を嫌いになりませんか?」
「嫌いになりませんよ。むしろ、リリスの血を吸い取ってもらって、浄化してほしいくらいです。新しい女性に変わりたいから」
サラはその言葉を聞いて感極まる。
「ありがとうございます! 私はあなたの魂を守るため、リリスの血を浄化させてみせます!」
2人とも、そんなことは無理だとわかっていた。
そう言い聞かせることでエバの魂は本当に救われる、と信じたかった。
——言霊は存在するのだから……。
ケリーはそんな思いを抱きながら、バスローブを下ろして肩を露出させる。
そして、目を閉じた。
「ケリーさん、感謝しますわ」
サラは前からケリーに抱きつき、右肩に優しく噛み付く。
エバの魂が浄化されることを祈りながら。
「ん……あ……」
ケリーは声を漏らす。
血が吸い取られる感覚は不思議なものだった。
本当にエバの魂を蝕んでいたリリスがどこかへ行ってしまうような気がした。
それは、感じたことのない快感だった。
***
昨夜、アダムの部屋。
アダムはレストランから帰宅後、冷蔵庫の前で座り込んでいた。
真っ黒の液体——毒物が入った瓶を右手に握りしめ、それをぼーっと見つめている。
そんな時、上着のポケットに入っていた端末が音を鳴らす。
「はぁ……」
アダムは瓶を床に置き、端末を出す。
予想通り、サラからのメールだ。
アダムは仕方なく読み始める。
唯一信頼できるサラだけは、どうしても無下にできない。
『今回の件は、私がなんとか解決しておきます。その代わりといってはなんですが、あのことを真剣に考え直してくれないかしら。私にチャンスを——』
アダムは左手で顔を覆った。
指の隙間から涙が零れ落ちる。
「サラ、僕はもう生きていても仕方ないんだ……」
サラはケリーに伝えていなかったが、アダムはずっとエバを探すことを諦めていた。
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