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33 サラの説得
しおりを挟む仮面夜会から3日後。
アダムとサラはいつもの高級レストランに来ていた。
「——夜会でお話ししていた女性とは、その後どうなったのです?」
「誰のこと?」
アダムはサラの質問に首を傾げた。
「庭でお話ししていた女性のことですわ」
「……あー、その人か。たくさん参加者がいたから、誰のことかわからなかったよ」
サラは顔を曇らせた。
ケリーが嬉しそうに今回のことを知らせてくれていたので、アダムの無頓着な反応に胸を痛める。
「その方はどうでしたか?」
「うーん……。不思議な人だったかな」
「他には?」
「特には……あ、そういえば、その人から不思議な光をもらったんだよ」
アダムはネックレスにぶら下がる石をサラに見せた。
サラは「これが例の光か」と思いながらそれをじっと見つめる。
「その人がこの緑色の光をくれたんだ。幸運をもたらすとか言ってたよ」
「それで? 何かいいことはありましたの?」
「いいことかはわからないけど、不思議な夢を見たよ」
「夢?」
「うん……少年の声だけだったけど。『大丈夫、心配いらないよ』って僕に話しかけてきた。悪夢以外の夢を見たのは数年振りだよ。久しぶりにちゃんと眠れた気がする」
サラはホッとして頷いた。
「少し顔色が良かったのはそのせいだったのね。いいことが起こる前兆だと思いますわ」
アダムは首を横に振った。
「僕はあまり非科学的なことを信用していないから」
「悪魔に会ったあなたがそんなことを言うなんて。もしかすると、生まれ変わったエバさんに会える日が近いのかもしれませんわよ? これを機に探してみてはどうです?」
アダムは俯いた。
「見つかるわけない……。生まれ変わったエバの外見は変わってしまっているんだから。きっと中身も変わって……全くの別人になってるよ」
「呆れたご回答ですこと。探してもいないのに、なぜそうやって決めつけるのです?」
アダムは黙ってしまった。
「エバさんを『同年代の人間に生き返らす』と悪魔に指定できただけでも幸運だと思うべきですわ。生き返ったエバさんが可哀想だと思いませんの? 本当にエバさんを愛していますの?」
サラは我慢できずに語気を強めた。
ケリーのことを考えると、アダムの態度はどうしても許せなかった。
「サラには、エバを奪われた僕の気持ちなんてわからないだろ!」
アダムは声を荒らげた。
「この数年間、覚悟を揺がすほど地獄だったんだ……。もう生きているのが辛いんだ……」
アダムは頭を抱える。
思い出したくない過去の記憶が、アダムの中に流れ込んできた。
その記憶は約5年前のことだった——。
魔法学院図書館禁忌書庫。
アダムはエバを亡くしてから、特権を利用してここを度々訪れていた。
「——生命復活の方法をご存知?」
アダムは禁呪の本を読んでいる時、面識がなかったサラに話しかけられた。
「え?」
「エバさんにもう一度会いたくありませんか?」
それから2人は頻繁に会うようになり、エバ復活の準備を進めた。
その数年後。
アダムは悪魔を召喚した。
エバ復活の対価としてアダムは命のほとんどを悪魔に渡し、すぐにでもエバを探すつもりでいた。
……しかし、誤算があった。
召喚の代償で、アダムはエバや悪魔召喚の記憶をすべて忘れてしまった。
無理に思い出そうとすると、呼吸困難などの発作を起こして気を失った。
アダムはその恐怖に怯え、意味がわからない絶望と嫌悪の感情がずっと身体中に渦巻いていた。
そしてある日、突然エバと悪魔のことを思い出す。
悲しいことに、エバを思い出しても嬉しいという感情が一切芽生えなかった。
不明だった負の感情の原因がわかり、苦痛が増しただけだった。
*
「——アダム……それでも、私は引きません。エバさんを探すべきです」
サラの言葉で我に返ったアダムは、頭を抱えたまま口を開く。
「僕は……怖いんだ……」
「もう失うものはないでしょう?」
サラは痛いほどアダムの気持ちを理解していたが、ケリーのために語気を強める。
「僕はあの頃のエバを愛しているんだ……。生まれ変わったエバを愛する自信はない」
「エバさんが可哀想でなりませんわ! 復活を願ったアダムがそんなことを言うなんて! 身勝手だと思わないの?」
サラは感情的になり、目を潤ませていた。
「お願い……エバさんのために……」
声を震わせてながら願うサラを見て、アダムはハッとする。
「悪かった……」
アダムはサラに頭を下げた。
「サラは今まで……僕に気遣ってエバについて何も言ってこなかったな。僕はそれにずっと甘えていた。サラがここまで言うなら……。少し、時間をくれないか? ちゃんと前を向いて考えたい。ずっとこのことから逃げていたから」
「わかったわ。でも、あまり待たせないで」
***
数日後、昼過ぎ。
休日だったアダムは、魔植物園に来ていた。
生前のエバとよくここを訪れていたが、別れてからは一度も来ていなかった。
——怖い。
アダムは恐怖でいっぱいになり、体を震わせる。
——それでも、エバのために決意しないといけない……。
アダムは唇を噛み、ある場所へ足を進めた。
ドクン……、ドクン……。
鼓動が早まる。
心が張り裂けそうだ。
そして、目的の場所へたどり着いた。
アダムはゆっくり視線を上げる。
——あった。大好きな魔植物、エバカラー。
数年経った今でも、そこにはエバカラーが植えられていた。
アダムは目を潤ませる。
もしここになかったら、アダムはエバを探さないと決めていた。
でも、エバカラーはそこに変わらず根を張っていた。
——エバ、待たせてごめん。意気地なしでごめん……。
いつの間にか、アダムの震えは止まっていた。
しばらくアダムがエバカラーを見つめていると——。
「——その魔植物がお好きですか?」
後ろから話しかけられたアダムは、ゆっくり後ろを振り向く。
「急に声をかけて申し訳ありません。あなたが熱心にエバカラーをずっと眺めていたので、思わず声をかけてしまいました」
声をかけてきたのは、つばの広い帽子を深く被った女性だった。
その女性の赤茶色のロングヘアーを見て、アダムは言葉を詰まらせる。
——エバ……。
「どうかなさいましたか?」
アダムが何も言わないので、その女性は不安に感じているようだった。
「あ、すみません……。エバカラーは好きですよ」
「私も大好きなんですよ。前会った時に言い忘れましたが」
「え?」
その女性は、左手中指にはめた指輪をアダムに見せた。
指輪の石の中には、緑色の光が輝いていた。
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