45 / 46
45 アリスと移住生活
しおりを挟む引越しの翌朝。
エリーゼはあくびをしながらリビングへ。
「姉さん、おはようございます!」
「おはよう……アリス……これ一晩でやったの!?」
リビングの様子にエリーゼは驚く。
寝る前は荷物が散乱して殺風景でな感じだったが、今は綺麗に整理整頓され、暖色を基調にした温かいインテリアに変わっていた。
いかにもアリスらしい柔らかい雰囲気だ。
「はい! 玄関やキッチンも全てですよ! 私の部屋も含めて見てください!」
アリスの目は赤く、血走っていた。
——もしかして徹夜したんじゃ……?
「うん……」
朝食前にアリスの部屋観覧ツアーが始まった。
「まずは、玄関からで~す」
エリーゼは背中をグイグイ押されながらリビングから廊下へ出た。
玄関に近づくと、急に明るくなったのでエリーゼは天井に目を向ける。
天井には、ガラスでできた『つぼみ型照明』が1つぶら下がっていた。
「照明つけた?」
「はい! 玄関に照明がありませんでしたので、私が錬金して取り付けました。自信作なんです! 人が近づいたら、つぼみが開いて点灯するようにしましたよ!」
「へぇ~、面白いデザインだね。売れそう! 錬金の腕、かなり上がったね~」
褒められたアリスは頬を赤くする。
「ありがとうございます。次は靴箱を——」
玄関の説明を受けた後、エリーゼの部屋以外の案内が続いた。
各部屋にはテーマカラーが決められており、クッションや絨毯、タオル類、ファブリック類は全てアリスの手作りだった。
椅子やテーブルなどの大きな家具は、床の色に合わせて塗り直し、細部にまでこだわりを見せている。
洗剤類もアリス自作で、肌に優しいものだけで調合していた。
「——余計だったかもしれませんが、姉さんの寝室のカーテン、クッション、布団カバー類も作りました。室内用の靴もありますよ!」
全て水色系の爽やかな色で統一されていた。
寝室の壁が白、床も白っぽいフローリングなので、センスのないエリーゼでも良いと思える組み合わせだ。
「ありがとう。今日中にセッティングするよ。ちなみに……昨日は寝たの?」
「興奮し過ぎて全く眠れませんでした。なので、姉さんの分まで用意してしまったんですよ~」
アリスは頬に両手をあて、うっとりしていた。
——自分の服を自作していたのは知っていたけど、ここまで創作に興味があるとは……。
「アリスが楽しかったならよかった。でも、あんまり無理しないでね。生活が落ち着いたら、勉強漬けになるんだから」
「はい、大丈夫です。そろそろ、朝ごはんにしませんか? 簡単なものしか用意できませんが……」
「寝てないアリスは休憩してて。昨日、見つけたパン屋のサンドイッチを買ってきてあげるから」
アリスの表情が明るくなる。
「それなら、私も一緒に行きたいです!」
アリスは目をキラッキラに輝かせていた。
——徹夜明けとは思えない元気さ……。アリスは食べ物に目がないもんね~。
「じゃあ、一緒に行こう!」
「はい!」
*
2人が訪れたパン屋は噂通りの人気店で、店先には列ができていた。
「うわ~、結構待つかもね」
「そうですね。買うだけですし、待つのは10分くらいじゃないですか?」
「目当てのサンドイッチが売り切れそうで心配だよ~」
「そうですね……」
アリスの顔にも焦りの色が見えていた。
出て行くお客さんは皆、袋いっぱいに買い込んでいるので、不安を増長させる。
「——アリス~、お腹が空きすぎて辛いよ~」
列に並んでいる間にパンの香ばしい香りが漂ってくるので、胃が刺激されっぱなしだ。
今まさに、空腹の限界に達しようとしていた。
「あと2人待てば店に入れますよ? それくらい我慢して下さい!」
「ぶ~」
「私だってお腹がすいてるんですから~」
「ア~リス~!」
エリーゼは空腹を紛らすため、アリスの頭を執拗に撫でたりして絡み始めた。
「う~、やめてください~」
「あ! 店内に入れるよ!」
アリスはその言葉を聞くなり、エリーゼの手を振りほどき、逃げるように店内へ。
——もう少しアリスのサラサラの髪を触っていたかったのに……。
エリーゼは頬を唇を突き出したまま入店した。
『——魚のサンドイッチが出来立てだよ~! よかったら買ってくださいな~!』
店内に入ると、店員の女性が魅力的な情報を叫んでいた。
エリーゼは慌ててサンドイッチが置かれた場所へ。
アリスも遅れてその場所にたどり着く。
「アリス~! 2個ゲットしたよ~!」
「よかったです~。待ったかいがありましたね!」
「うん!」
2人は自家製ジャムが練りこまれたパンなどを購入し、家へ戻った。
*
スコット家。
「——焼きたてでおいしい~」
エリーゼはお湯が沸くまでの間、キッチンでつまみ食いしていた。
「あ! 一緒に食べ始めたかったです……」
ダイニングテーブルで待っていたアリスは、寂しそうにしていた。
「え? 先に食べていいのに」
魔法学院にいた時、2人はほとんど一緒にご飯を食べていなかったので、アリスの反応にエリーゼは戸惑う。
「そんな~。久しぶりに姉さんと2人で食事ができるんですよ……」
アリスは俯いた。
エリーゼは眉尻を下げる。
「ごめん。一緒に食べよう! 姉妹だもんね!」
「はい!」
アリスの表情は笑顔に戻る。
——いつまで一緒に食べてくれるかわからないんだから、アリスが望むまで、できるだけ食事は一緒にとらないとね。
「はい、紅茶できたよ~。さぁ、食べよう!」
「ありがとうございます。いただきま~す!」
2人は1番人気の『白味魚フライのサンドイッチ』を最初に食べる。
「は~! サクサクして美味しいよ~」
エリーゼの顔はうっとりしていた。
「本当です! 衣の中の魚はふわっとやわらかいですし、この酸味のある赤いソースがそれを引き立ててます~」
アダムみたいな解説をするアリスに、エリーゼは吹き出す。
「アリスは、きっとアダムと食の話で盛り上がるね」
「え?」
アリスは口をもごもごしながら首を傾ける。
「アダムは食通だから、結構こだわりがあるの。アリスがさっきサンドイッチを褒めたみたいなことをいつも言ってるんだよ~」
「そうなんですね。お話しするのが楽しみです! 姉さんは食に関して無頓着で話しがいがありませんでしたから……。勉強と魔植物以外のことは本当に酷いですもん」
——アリスの私に対する評価って、かなりひどい気がする……。
「そ、そうかな~?」
「そうですよ? お洋服なども、もっと気を使って下さいね? しばらく男性として振舞っていましたから、女性としていろいろな面で欠如しています。そのままだとアダム兄さんに嫌われます」
「え……」
エリーゼは顔を青くする。
——確かに自覚はあったけど、そこまで言われるなんて……。でも、アダムは私のこと可愛いって言ってくれるもん!
「大丈夫です。私の言った通りにして頂ければ、素敵な女性になれますから! 綺麗って言われたいですよね?」
「うん……」
エリーゼは照れながら返事をした。
——アダムに綺麗って言われたらどれだけ嬉しいか。『愛してる』だけでも十分嬉しいけど、外見で褒められるのも嬉しいに決まってる!
その後の数ヶ月間、エリーゼは美しさに磨きをかけ、アリスはイタリ魔法大学院の入学試験勉強に明け暮れた。
***
数ヶ月後——イタリ魔法大学院、合格発表の日。
スコット家、リビング。
アリスは端末に映し出された試験結果を見て、エリーゼに抱きつく。
「姉さーん……」
アリスはエリーゼの胸に顔を埋めて号泣していた。
「アリス、お疲れ様……」
エリーゼは泣き崩れるアリスの頭を優しく撫でた。
アリスの試験結果は不合格だった。
正確に言うと、『正規学生』としての試験結果が不合格だった。
正規学生は給料や無料の寮が提供されるために合格基準が高く、競争率もかなり高い。
エリーゼのような研究員レベルの者がこの試験を受けるのが一般的なので、魔法学院すら卒業していないアリスにとっては当然の結果だった。
ちなみに、アリスは落ち込んで泣いているわけではない。
それは、『補欠学生』として合格していたからだ。
補欠学生は無給、かつ、寮に入れない学生を指す。
しかし、授業料なしで正規学生と同じ授業を受けられるので、何の問題もない。
準備期間が短かったにもかかわらず、補欠合格できたことに2人は大満足していた。
進級試験で高得点をとれば正規学生に上がれるチャンスがあるので、そこで頑張ればいいだけのこと。
賢くて魔法能力が高いアリスなら、その夢も叶うだろう、とエリーゼは考えていた。
「——アリス、今日はお祝いだよ! アリスが前から行きたいって言ってたレストランを予約しているから、楽しみにしててね!」
アリスは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! そうだ、明日からは私が先生になりますので、覚悟していてくださいね!」
「お願いします!」
エリーゼはアリスに深く一礼した。
1週間後にアダムが移住してくる予定なので、エリーゼはアリスから料理を教えてもらうことになっていた。
服装や所作は女性らしくなってきているが、料理がまだ壊滅的な状況なのは変わらない。
せめて料理の手伝いは軽くできるくらいにはなっておきたい——それがエリーゼの目標だった。
——だって、アダムと並んで料理とかしたいじゃない?
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
転生令嬢はやんちゃする
ナギ
恋愛
【完結しました!】
猫を助けてぐしゃっといって。
そして私はどこぞのファンタジー世界の令嬢でした。
木登り落下事件から蘇えった前世の記憶。
でも私は私、まいぺぇす。
2017年5月18日 完結しました。
わぁいながい!
お付き合いいただきありがとうございました!
でもまだちょっとばかり、与太話でおまけを書くと思います。
いえ、やっぱりちょっとじゃないかもしれない。
【感謝】
感想ありがとうございます!
楽しんでいただけてたんだなぁとほっこり。
完結後に頂いた感想は、全部ネタバリ有りにさせていただいてます。
与太話、中身なくて、楽しい。
最近息子ちゃんをいじってます。
息子ちゃん編は、まとめてちゃんと書くことにしました。
が、大まかな、美味しいとこどりの流れはこちらにひとまず。
ひとくぎりがつくまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる